第5話 依頼を受けるでしょう。
アンヴァルが街道を駆けに駆け抜けてヘルシュペルの王都に着いたのは、国境を出てから僅か1日のことであった。
途中は街道沿いにあった大きな木の下で野宿をした。
なにやら特殊な樹木だったらしく、ケーナの来訪にことのほか喜んでいた。
夜の間中も、梢や葉の間から“りんりんろんろん”という不思議な音が鳴って、ケーナたちを楽しませていたのである。
アンヴァルは送還させずに待機のままで水と魔力を与え、灯りのために呼び出した炎精霊と
2体と1人は、不思議な演奏でたっぷりの英気を養ったのだった。
「……という木があってね」
「なんですかそれは。寡聞にして存じ上げませんが」
「堺屋で知らないとなると、ハイエルフじゃないと交流してくれない樹木なのかな?」
「お婆様。何か誤解しているかもしれませんが、商会は街道の専門家ではないのですよ。商売が専門なのです」
「うんうん。分かってるってば」
「怪しい理解の仕方ですね」
テーブルを挟んだソファに座り、苦笑しながらケーナと会話しているのは堺屋の大旦那と名高いケイリックである。
細マッチョともいえる身体を隠すのは、ゆったりとしたガウンのような衣服だ。
「で、これがこの前頼まれたやつね」
アイテムボックスから幾つかの塊を取り出して、テーブルの上に並べていく。全て加工した魔韻石による品物だ。ほとんどが灯りのためのものである。
頼まれた時に渡された注文表を、出したものそれぞれに付けていく。
堺屋ではケーナが納入した魔韻石を、注文を受けた先の要望に合致する形状のシャンデリアなどに嵌め込んでいくのだそうな。
「キーワードが細かかったくらいだから、大して苦労もなかったけど」
「けど? なんですかお婆様?」
「灯りの注文しかこないけど、大丈夫なの? 火とか水とか氷などもいけるよ」
「まあ、貴族が求めているのは豪華絢爛ですからね。どれだけきらびやかにというところですか。あちらの方がこういうものを作れば、こちらの方が更に豪華なものをと、どんどん際限がなくなっていきまして。最終的には職人の腕次第となるのですよ」
「それはそれは、職人の人には迷惑極まりない要求ね……」
くっくっくと悪の卸し問屋みたいに笑うケイリックに、ケーナは呆れた視線を向けた。
渡された魔韻石はケイリックが取り出した個別の箱に入れ、呼び鈴で呼び出された執事が纏めて持っていく。
一緒にやってきたメイドがお茶やお菓子のお代わりを持ち込み、ある程度テーブルの上を整えてから退出していった。
「どうぞ、ご遠慮なさらずに」
「うーん。貴族風だわ~」
段になった銀細工の皿に乗った一口サイズの洋菓子たち。病室で見た、漫画やアニメの貴族のお茶会を思い出す。
1つを摘まんで口に放り込み、優しい甘さに浸ってしまう。
「ん~、おいしいっ」
「それはよかったです。お婆様に頂いたケーキを参考に、色々研究させてみまして。今ではこちらのレシピも貴族の方々に好評ですよ」
一度口にしてしまえば止まらなくなって、ひょいぱくひょいぱくと大半を腹の中に納めていってから、唐突にハッと気付く。
「ああっ!?」
「ど、どうしました?」
「ルカの分も取っておけばよかったぁぁぁっ!」
「は、はは……」
頭を抱えて苦悩するケーナに、ケイリックはがくーっと肩を落として乾いた笑いをこぼす。
「ご安心くださいお婆様。お帰りになられる際には、一通り包みますので」
「ほんと! ありがとうケイリック!」
「叔母上もお喜びになるでしょう」
「あー……」
悪戯っぽく笑みを浮かべたケイリックに、ケーナはやや遠い目で天井を見上げる。
この
形式的なものでしかないこの肩書きを、ケイリックは大変気に入ったようで。
ルカの我が儘を、強者にへりくだった子分のように聞く、ということがやりたいらしい。
ちょっと前に一度ルカを連れてきた時には、生活の様子などを聞き出していた。
そして帰り際に羽毛布団を進呈されたことがあった。
その時は「子供はよく寝、よく遊んで育つと聞きましてな。私は叔母上の眠りを手助けすることしか出来ないのが、心苦しいばかりです」と、もっともらしいことを言っていた。
家に帰ってきてからそれが超高級品だったことが判明し、本来の値段を聞いてルカが卒倒するという騒動があったのは、つい最近のことである。
布団の素性を見抜いたのは、丁度村を訪れていたエーリネだ。
彼は堺屋の大旦那様の茶目っ気たっぷりの悪戯に、苦虫を噛み潰したような顔で頭を抱えていたのであった。
「それはそれとして、お婆様がギルドの依頼を受けると聞きましたが?」
「ちょっとは人の役にたたないとね。せっかく登録したんだし」
ギルドから直接依頼を受けたのは、フェルスケイロに滞在していた最初の方だけだ。
あとは盗賊団を狩った時は、目の前のケイリックから。
学生を護衛した時はコーラルから斡旋されたので、ギルドは通したんだか通さなかったかのかは分からない。
場合によっては無駄に数あるスキルを駆使し、誰も受けない依頼でもこなそうかと考えていた。一般的にそういったものは塩漬け依頼というらしい。
「それならこちらの依頼でもいかがです?」
「なんでギルドの依頼表が出てくるのよ?」
冒険者ギルドで、壁を埋め尽くさんばかりに張ってある依頼表が、ケーナの前に並べられる。その中の1枚を取って、書いてある文字に目を走らせた。
「梢シルクワーム? の繭の採取」
「ギルドには出していたのですがね、受けてくださる方がいなかったもので下げさせて頂きました。こちらで信頼できる方にやってもらおうと思っていたのです。お婆様の冒険者としての意欲発散にいかがですか?」
「依頼料は?」
「繭1つで金貨1枚ですね」
「随分たっかいわねえ」
「それだけ高級品だということですよ」
シルクワームというのは
繭もそれに比例して大きい。平均で直径1mもある楕円形だ。
生息地によって餌の違いからか繭の色が違う。川シルクワームは苔や水草を食べ、繭の色は薄い緑である。梢シルクワームは木の天辺の若芽を餌とし、繭の色は濃い緑だ。
頭に付く名称が適当過ぎるのに呆れるが、この世界の人々はそこに疑問を感じないという。
シルクワームの糸で織られた生地は、使う色が多いほど値段が跳ね上がる。
シルクワームの繭の採取は依頼料が高額になるため、冒険者ギルドでは奪い合いが起きるほどだ。
その中でも梢シルクワームの繭は採取するのがとても難しい。
まず生息しているのが高い樹木の先端付近になるため、発見するのがとても困難である。
採取のために木登りが必須になるが、梢シルクワームの好む森林は凶暴な魔物が多数生息する場所だ。
PTで依頼を受けた場合は、1人が木登りしている間に残った人数で魔物の襲撃に耐えなければならない。
この依頼で壊滅に追い込まれたり、瓦解したりするPTが後を絶たないことから、最難関依頼の1つになっていると言っても過言ではない。
「で、そういう危なっかしい依頼を私に受けろ、と」
「お婆様でしたら凶暴な魔物もあしらえるでしょうし、高いところのハードルも意味はありませんでしょう?」
「むう」
空を飛んで木々の梢を確認しなくても、ケーナであれば木に尋ねればいいだけだ。魔物も、彼女にとって脅威になりうる魔物を探す方が難しい。
「受けるのは
「おや、珍しい。お婆様の頼みとあらば、このケイリック協力を惜しみませんとも。もちろん、依頼料は規定通りお支払いいたしますとも」
安請合いしすぎじゃないかと、その顔を凝視するも孫は不敵な笑みを浮かべているだけだった。
きっと無理難題も「堺屋の名に賭けて」とか言って、無理矢理解決しそうだ。その分の心労は曾孫のイヅークに蓄積しそうなので、「止めてやれ」と言いたくなる。
大きな溜息を吐いたケーナは渋々と口を開いた。
「服を着て巨大な時計を持って走り回る、人間大のウサギを探しているわ」
「服を着て……? お婆様、それは魔物ではありませんか?」
「魔物じゃないから探しているのよ」
「なるほど。分かりました、吉報をお待ちください」
「ええ、お願いね」
梢シルクワームの生息するという森林の場所を聞いたケーナは、冷めてしまった紅茶を飲み干してから席を立つ。
「今から行かれるのですか?」
「早いほうがいいんでしょう」
「いえ、もう昼を回りましたが」
「へっ!?」
ケイリックの私室から見える日本式庭園にかかる影は、だいぶ長くなっていた。
彼の言う通り、夕方には早いが昼には遅い時間帯だ。思っていたより話し込んでしまったようだ。
「本日は泊まっていかれては如何ですか。お婆様が夕食をとると知れば、うちの料理人も張り切ることでしょう」
堺屋の料理人にはスキルで作った料理を幾つか振る舞った記憶がある。その時は随分打ちのめされ、ふらふらになっていたような気がする。
どうやらそこから一念発起して、コツコツと腕を磨いていたようなのだ。
そこまで言われては無下にできないので、「しょーがないわねえ」と観念したケーナは再びソファに腰を下ろすのだった。
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