第2話


 現在ケーナ宅の住民は6人プラス1。

 その内奉仕側は3人というアンバランスな構成である。

 これが屋敷であればまだ納得できるのだが、普通に一軒家なのだから不可思議なケースだ。


 奉仕側その1、メイド長サイレン。

 黒髪の清楚なエルフで、常時たおやかな笑みを絶やさない女性である。


 その2、執事のロクシリウス。

 黒髪の猫人族ワーキャットの真面目な性格の青年である。なにかと女性陣の尻に敷かれることが多い。


 その3、メイドのロクシーヌ。

 同じく黒髪の猫人族。人嫌いな上に、毒舌を欠かさないキツい性格で、ロクシリウスとはトコトン仲が悪い。

 そしてケーナとオプスとルカときて、プラス1体がこの家の全住人である。


 外から帰ったケーナたちは、サイレンからホカホカと湯気の立つタオルを受け取った。一応手拭きのためだ。

 ルカ以外は皆魔法が使えるので、水や温水を扱うのに不自由はない。

 上水道などという便利な物はないので、手洗いうがいは別のモノで代用することにしている。

 それが室内を流れる清浄な空気だ。


 本来であれば体を清潔に保つ【清浄】魔法を個別に使うしかなかったのだが、色々制限を取っ払われたケーナが結界系と組み合わせ【清浄結界】を作り上げた。

 これを出入り口となる場所全てに設置すると、村内では風邪を引く人が激減した。


 範囲を限定すれば、使用する魔韻石の量は少なくて済む。

 オプスの「これを設置しておけば、病気になる者を極力少なくできるのじゃ」という説明に納得した村人たちは、扉鳴りの鈴に偽装した魔道具を取り付けることを了承したのである。

 鈴を鳴らして魔を払うなどという迷信レベルの理由を、村人たちに信じさせるオプスの手腕には開いた口が塞がらないばかりだ。


 ルカの後ろをひょこひょこと着いてきた仙獣イズナエことシロちゃんは、入り口前で体を丸めてでっかいもふもふ饅頭と化した。

 出会った当初は綱を引き千切らんばかりに怯えていたヤギたちも、今ではイズナエに慣れたようだ。のんびりと饅頭の傍で草をんでいる。

 時おり、ふくふくと丸まった鶏がイズナエの上に乗っていたりして、饅頭大家族みたいな形状になっていることが多い。


 ケーナ宅では、食事はなるべく揃っている全員でとることになっている。

 食卓に揃った顔を見回したケーナは「あれ、クーちゃんは?」とサイレンに尋ねた。

 サイレンは視線をロクシリウスに向け、欠けている家族の行方を問う。


「はあ、それが。朝の見回りには同行されていたのですが、」

「が?」

「途中で姿が見えなくなりまして……、申し訳ありません」

「またあ?」


 ケーナは呆れ顔で額を押さえた。

 かのクーなる人物はその時、その気分で動き回るため、突発的に行方不明になることも珍しくない。


「このクソ駄猫! クー様1人に気を配ることもできないのなら、いい加減その眼窩が空洞でも構わn、ひたたたたたっ!?」


 すかさずロクシリウスを罵倒しにかかるロクシーヌの頬を、ルカがむぎゅっとつねって引っ張る。


「ひたひれふ、るははは……」


 涙目で懇願してくるロクシーヌに、ルカは頬を膨らませて抗議する。


「ルカ。めんどくさくなったからとはいえ、言いたいことは口にしないと伝わらないわよ」

「めんほくはいっ!?」

 どちらかというと、ロクシーヌから突っ掛かることの多いいさかいであるが、仲裁役を続けてきたルカがめんどくさいものと思ってきたようだ。

 改めて知らされたロクシーヌはショックを受ける。自業自得なのだけれども。

「ケンカしたら、ダメ」

「……もふひはへあひはへん」


 苦笑したケーナに言われて、ルカは素直に不満を口にした。

 ロクシーヌは謝罪して、手を離してもらう。ついでにサイレンから「ズビィシィッ」という音のデコピンを貰い、両目をバツ印に変えてうずくまる。


「全く、ケーナ様に仕えるメイドともあろう者が、食事時になんですか」


 制裁レベルの音じゃねえだろという罰に、オプスの頬が引きつっていた。

 サイレンは平気で主であるオプスに同じような行為をむけるので、その痛さを知っているのかもしれない。


「なんでしたら探しに行ってきましょうか?」と腰を浮かせたロクシリウスを、ケーナは手を振って座らせた。


「どーせあの子にとって、食事はあってもなくても変わらないんだから、放っておきましょ。前もって、その時間に居なければ片付けるとは言ってあるんだし」

「分かりました」


 サイレンはクーの分となっている小皿を食卓から取り下げた。

 ちなみに小皿の上に乗っていたのは、皮を剥かれたリジュの実が1つだけである。


 ちょっとした騒動とも言えなくもない出来事を経由して、ようやく朝食が始まった。

 メニューは各自、食パンにハム数切れと葉物野菜と小さなオムレツの乗った皿。

 ジャムの小瓶が4つ。ロクシーヌが周辺の森から摘んできた、果物や果実を煮詰めたものだ。

 テーブルの中央を占める皿には、ロクシーヌが探索の際に仕留めた獣の肉を蒸して、特製ソースをかけたものがある。これが山盛り。

 随時、サイレンかロクシーヌが各自の皿に切り分けてくれる。


「シィ」

「はい?」


 食事中にケーナはロクシーヌに声をかけた。ロクシーヌをシィ、ロクシリウスをロクスと呼ぶのはケーナしかいない。


「足りないものはある?」

「足りないものですか……」


 首を捻るロクシーヌはサイレンに視線を向ける。彼女はそれに首を横に振って返した。


「今のところは特にないと思います。買い出しですか?」

「うん。ついでにギルドにでも行こうかと思って。ルカは何か欲しいものある?」

「……、ない。と思う」


 ルカはパンをかじったところで動きを止め、目をさ迷わせた。そこでサイレンにじっと見られていることに気付き、パンから口を離して返答する。

 サイレンからお小言がとんでくることはなかったので、胸を撫で下ろすのである。


「まだ見付かってない塔もあるしねー。なんかそれに繋がりそうな情報を探してくるわ」

「分かりました。ケーナ様は泊まりがけですか?」

「たぶん」


 情報が無いなら無いで金策に勤しむ予定だ。無駄足になることはないだろう。

 オプスは思い付きで行動変更を言い出したケーナに、文句を言うこともなく別行動することを申し出た。


「なら我は南へ向かうとするかのう」

「そう。サハラシェードに会ったらよろしく言っといて」

「そうほいほいと王族に会うことなどありえんじゃろ。我にアレと会う関係はないじゃろうし」


 なんだかんだとあってオウタロクエスを統べる女王とケーナは、伯母と姪の関係になっている。

 オプスはそれに関り合いはないため、街にいたところで城に報告が行くことはないと思われる。


「私はヘルシュペルの冒険者ギルドにでも行ってくるわ。情報は堺屋にでも聞くわ」

「普通、大棚の商会に顔繋ぎするだけでも破格なんじゃがのう……」

「持つべきものは孫よねえ」

「人材チートにも程があるじゃろ」


 色々な巡り合わせの結果、ケーナの関係者は権力を有している者が多い。

 かと言ってもケーナはそれを全く当てにしていないのて、権力を持っている者からご機嫌窺いにくることが多々ある。


「なのでこっちは頼むわね」

「「分かりました。お任せ下さい。」」


 ロクシーヌとロクシリウスは声を揃えて頭を下げた。

 こういう時だけは息ピッタリなのだ。それが頭の痛いところである。




「そしてこれがケーナの姿を見た、最後になるのじゃった」

「だから不吉なモノローグを付け加えるなっつーのに!」

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