リアデイルの大地より

Ceez

第1話 再開するでしょう。

「半年くらいで200mしか進まないとは思わんかったの」

「実際はそれ以上進んでいるんだけど、100m掘って地底湖にぶつかって、100m掘って地底湖にぶつかって、じゃあ効率悪いわね」

 苦笑いで愚痴を呟く男女2人。


 片方は長身2m近い男性。特徴的なのは浅黒い肌とやや尖った耳、側頭部から伸びる1対2本の角だ。

 魔人族と呼ばれる超越種で、身体能力はどの種族からの追従も許さないほどの隔絶した数値を誇る。

 寿命も天井知らずで不老なのは間違いない。

 勿論メリットばかりではなく、デメリットも多い。

 子孫を残しにくいことに加え、大陸には生存している人数もごく僅かだ。

 他種族との婚姻も可能だが、両親のどちらかの種族が生まれてくるこの世界に於いて、天秤が魔人族に傾くことはまずないだろう。

 名前はオペケッテンシュルトハイマー・クロステッドボンバー。長いのでそのまま呼ぶ者は皆無だ。

 通称オプス。この世界最強の魔人族である。


 片方の女性は身長170に届かず。オプスとは頭1つ分くらい背が低い。

 くすんだ金髪に薄緑の瞳。オプス程ではないけれど、耳は尖っている。

 こちらもオプスとは負けず劣らずに極少種族の、ハイエルフ族だ。

 肉体的な能力は同レベルの人族に劣るものの、魔法系統に造詣が深い。魔法の威力だけならば魔人族を遙かに上回る。

 寿命も同じく天井知らずで、歳を経たハイエルフは隔離した異界に身を寄せあって暮らすという、逸話が残されていたりする。

 名前はケーナ。オプスと並んでこの世界最強のハイエルフである。


 もっかの関心は、辺境の村から東にある険しい山脈に、地下通路を開けることである。

 暇をもて余したオプスの思い付きから始まった、この行き当たりばったりの企画は、開始から半年経った今になって暗雲が立ち込めていた。


「召喚拒否されるとはのう」

「水責めを2回も食らえば拒否したくもなるわよ」

「キチンとアフターケアは施したのじゃぞ」

「それでも徐々に作業行程が増えてったじゃない。ブラック企業ばりだったじゃない」

「ブラックの何が悪いのじゃろうなぁ」

「まずオプスの意識改革から先にするべきじゃないかな?」


 効率重視とするならば、鉱夫を雇えばいい。だがこんなフェルスケイロの東の端にある辺境の村に訪れる者は皆無と言っていい。

 ならば、と【召喚魔法】で呼び出せるドワーフの鉱夫たちを使っていた。

 普通に掘り進むまでは順調だったのだが、地底湖に道を阻まれただけでなく鉄砲水に坑道入り口まで流されたのである。

 ドワーフたちは文句たらたらで、酒でもてなすなどで機嫌を取ったのだ。

 召喚された存在が術者の意向に逆らうなど、本来ならばもっての他だ。

 だがケーナはそちらにまで気を使うために、オプスもそれを曲げる訳にはいかなかった。

 諸事情により、オプスはケーナの意向に逆らうことが出来ないのである。最強の魔人族という看板が揺らぐところだ。


 なんとかドワーフたちのやる気を取り戻し、再び坑道を掘り進める仕事に邁進させたである。

 あるのだが……。

 そして再び地底湖の底をブチ抜き、鉄砲水に押し流されるドワーフたち。

 しかも2回目は水だけでは終わらなかった。


「うーぱーるーぱーが襲ってきたもんね」

「あれをウーパールーパーで済ますオヌシの感性も、修正が必要じゃろう」

「真っ白い体に赤いエラがあったからうーぱーるーぱーでしょ」

「頭が尖っとったじゃろう。体長20mのウーパールーパーなどウーパールーパーとは言わんわ! ドラゴンルーパーといった感じのモンスターだったじゃろうに」

「ペロリされそうなドワーフさんもいたし、あれがトラウマになったんじゃないかな」

「オヌシがエンシェントブレード叩き込んで、体液が飛び散ったのを忘れたか。あれも慣れない奴にはトラウマもんじゃったろうに」

「むう」


 他意はないのだ他意は。

 坑道の中だから崩落を気にして爆裂系魔法が使えない。氷系は周囲が水浸しだから除外し、相手が水棲なこともあり水系も除外し。風系も壁を切り崩す可能性があったからダメ。

 なので物理攻撃の最強魔法である【古代神エンシェント遺産ブレード】の出番となったのだ。

 物理攻撃が1番低いハイエルフ族のケーナだからそうなったのであって、これが魔人族のオプスであれば腰の剣を抜くだけで済む。


 まさか真っ向からエンシェントブレードを突き入れたら、破裂するとは思わなかったのだ。

 それにケーナはキーの防護壁で守られていたから被害は免れた。だが、後ろで驚きに傍観していただけの鉱夫たちはその限りではない。

 全身余すところなく破裂したウーパールーパーの体液を浴び、絶叫して逃げてしまったのである。

 そのあとから【召喚魔法】で呼び出そうとしても、反応がないのだ。なんやかんやで向こう側が拒否をしているらしい。

 こんなことは前例がないので、オプスも困り果てていた。

 なので暫くは放っておくことになったのだ。

 これが今回の経緯である。


「キュ~」


 不意に聞こえてきた鳴き声に、ケーナとオプスは振り返る。

 ここは辺境の村の出入り口となる場所であり、塞いでいるように立っている2人は邪魔以外の何者でもない。

 それはここをひっきり無しに通るものがあればこそだ。

 以前からここを日常的に通る者は、村の猟師であるロットルくらいであった。

 ケーナたちが引っ越して来てからは、猫人族ワーキャットメイドのロクシーヌや、同種族執事のロクシリウスが使うようになり。

 月1くらいにはエーリネ率いる隊商が訪れる。

 そして坑道を掘るようになってからは、ケーナやオプスが通う道になっていた。

 なので2人が塞いでいても、何の問題も無い。


 それは兎も角、「キュ~」という鳴き声を発したのは、頭から尻尾の先まで9mはあろうかという白いイタチであった。

 イタチと違うところは、その巨体と目が4つあるところだろう。

 仙獣イズナエ。それがこの獣の名前である。

 今はケーナの末娘によって「シロちゃん」と名付けられていて、本人もその名前を気に入っているようだ。


「どうしたの、ルカ?」

「あ、ええと。……えと」


 ケーナが声をかけたのは、仙獣イズナエの背中に乗る少女だ。

 名前はルカ。

 かつて幽霊船により全滅した漁村の生き残りであり、1年前くらいにケーナの養子となった子である。

 以前は言葉に不自由をしていた症状も改善の兆しをみせ、よく笑うようになった。

 仙獣イズナエとの相性が良かったため、彼をパートナー代わりに引き連れて活動範囲を伸ばしている。

 しかし生来の大人しさはそのままなので、村から出ることは稀だ。


「えと、サイレンさ……、サイレンが、お昼だから、呼んできて、て」

「あら、ありがとうルカ」

「うん」


 ケーナとの会話に恥ずかしそうに俯く。直視出来るようになってから、義母の好感度をちょっぴりプラスさせるパッシブスキル内蔵の笑顔に中々慣れないようだ。


「とりあえずオプス」

「なんじゃ?」

「ここでこうやって愚痴ってても、時間ばっかり過ぎていくだけだわ」

「そうじゃな」


 不毛な愚痴り合いには、オプスも同意したいところらしい。


「お昼食べたら、また考えましょ」

「そうするか……」


 お座りして待っていたイズナエと背から降りていたルカを促して、ケーナたちは家に足を向けるのだった。

 

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