第3話 出発するでしょう。
「さて」
出かけるために外に出てきたケーナは、指を鳴らして転移魔法陣を足元に形成する。
「やめい!」
後頭部に降り下ろされたハリセンが鳴らす「スパーン!」という音と共に魔法陣は霧散した。
「ちょっとオプス、何すんのよ!」
「緊急でもないのじゃから、下を行け下を! 国境や門を通らないと、痛くもない腹を探られるじゃろうに!」
「えー。折角ケイリックに、飛んでもいい部屋を用意してもらったのになあ」
「だ・か・ら、緊急性がある時だけ使えっちゅーとろうが!」
玄関先で始まった定番とも言うべき掛け合いに、ルカを伴って出てきたサイレンは苦笑いだ。
後から外に出てきたロクシリウスが「うげっ」と絶句し、よく分かっていないルカはケーナの腰に抱き付く。
「おかーさん」
「ん? ルカも行く?」
しがみついたままぷいと顔を背けたルカは「行かない」と答えた。
反応が返ってこないため、不思議に思ったルカがケーナを見上げると、感極まった表情だったので即座に敗因を悟る。
「ああんルカ! なんてかわいいの!」
「……、失敗、した」
がばーっと抱きつかれ、頬擦りされるがままのルカの目は死んでいた。ちょっと前の口調も出てしまい、心底後悔していることが窺える。
「それは兎も角、あと見付かっておらんのは何処じゃ?」
「ええと、私のトコはNo.3、オプスのはNo.13。おじーちゃんのはNo.12、京太郎さんトコはNo.9、リオテークさんの所はNo.6、九条のがNo.2でマーベルリアさんがNo.1。約半分ね」
形状を上げるならば、塔、屋敷、日本家屋、闘技場、竜宮城、TV局(亀の上)、哺乳類である。この統一感のなさよ……。
「残りは4、5、7、8、10、11じゃな。面倒なものが残ったものじゃなあ……」
「アリス九號ちゃんとこね。まずはデカイ時計持って、走り回るうさぎを見付けるところからだからねー」
抱きついたままだったので、ルカが「うさぎ」という部分にだけ反応した。
こてんと首を傾げた姿に、ケーナからハートマークがぴよぴよと飛び出す。
「そーそー。ルカくらいの服着たうさぎさんがいるのよ」
「そんなうさぎはやだ」
ボソッと呟かれた言葉にケーナが逆にキョトンとなる。
見かねたロクシリウスが弁明を入れた。
「ケーナ様。人間大の獣など、一般人から見れば脅威ですよ」
「そうなの? ……そうかも」
そのうさぎのことをケーナは知っている。水先案内人としての役割を持っているだけで、人の害になることはない。
何も知らないルカのような一般人から見れば、人間大の獣などは魔物の分類だ。
「広域探索としてギルドに依頼を出した方が早そうじゃの」
「あとはオプスの弟子のカスパーさんとこ」
口に出せばオプスの表情が、嫌なものでも見るように歪む。
スキルマスターNo.11のカスパーは、自称オプスの弟子を広言していた。
オプスの塔が悪意と殺戮の館なら、カスパーの塔は悪意と恐怖の館である。つまりはお化け屋敷なのである。
その威力たるや、心肺停止にまで追い込まれたプレイヤーが出たと噂になったくらい。嘘かホントかは知らないが。
「パスカーさんとこも地下塔だよね」
「山脈の何処かに出入り口があるというダンジョンじゃな。MP不足で移動機能は死んでそうじゃがな」
No.4のパスカーヴィルはNo.8のアリス九號と並んで、地下帝国じみた塔を所持している。
入り口が南東の山脈の何処かを定期的に移動しているため、パターンを見極めなければ毎回探すだけでも大変になるという。
「残り3つがたしか家? 小屋? 城?」
「塔ですらないからのう。並べると、マトモに塔と言える見た目なのはケーナの所だけじゃろうて」
人によって求めたクエストの違いから、守護者の塔とは名ばかりの形状になったのは仕方がない。中には人が入れる形ですらない、という守護者の塔もある。
問題はそれをどうやって探すかだ。形が分かっているなら兎も角、ケーナたちが知っているのはスキルマスターのプレイヤー本人と、どういう
冒険者ギルドに探索依頼を出すとして、何を目印にすればいいのかが分からない。
「おかーさん」
「どうしたの、ルカ」
「出かけないの?」
「ああ、うん。出かける出かける。ついでに堺屋寄って、依頼の品を出してくるわ」
ルカに声をかけられるまで、随分と話し込んでしまっていることに気付く。
見送りに来たサイレンとロクシリウスも、スキルマスターの話には割り込めないらしく、手持ち無沙汰に立っていただけだ。
「ごめんね2人とも」
「いいえ。コミュニケーションを図るのはいいことです。お2人が仲違いすると星が滅びますし」
「「…………」」
洒落になっていない皮肉に、ケーナとオプスの2人が黙りこむ。平然と人形種族の姿をとっているが、実は2人とも見た目どころな話ではない。
ロクシリウスもなんと声をかけていいか黙ってしまい、ルカだけが理由が分からずケーナのマントを引っ張った。
「……え、ああ。わ、私は馬で行くわ。オプスはどーするの?」
「川を下っていく」
「「え!?」」
飛び出した予想もしない単語に、ロクシリウスとルカが声をあげた。
確かに街道を進むよりは、川に沿って移動した方がフェルスケイロには早く着くだろう。
その手段が確立されてないのは、川に住む魔物たちが原因だ。
ライガヤンマのヤゴなどはその筆頭で、奴らは動く物ならなんでも襲う。それが自分より大きな生物でもだ。
「【水上歩行】で行くの危なくない?」
「この前、おぬしの息子に船を作ってもらってのう。心配無用じゃ」
「カータツにぃ? いつの間にそんなもんを……」
ぶつくさ言いながらケーナは【召喚魔法】で神馬のアンヴァルを呼び出した。
「ブルル」
「や、アンヴァル。暫く背中に乗せてね」
顔を寄せてくるアンヴァルの首を撫でてから、ケーナはその背にヒラリと乗る。オプスは川まで徒歩で向かうようだ。
「じゃ、行ってくるから。ルカはお酒の販売をよろしくね」
「うん。いつも通りで、いいんだよね?」
「そうそう。隊商が来たらウィスキー2樽にビール4樽。エーリネさんには要相談」
「はあい」
馬上からルカの頭を撫でたケーナは、オプスとハイタッチを交わすとアンヴァルを促す。カッと蹄を鳴らしたアンヴァルは、あっというまにこの場から消え去っていた。
「では、いってくるでな」
「うん、いってらっしゃい」
「「いってらっしゃいませ」」
大きく手を振るルカと、その後ろで頭を下げるサイレンとロクシリウス。オプスは満足そうに頷くと、ケーナの去った後をゆっくり歩いて追うのであった。
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