十四人目 志賀折太
空を見て、往来を見て、木々を見る。誰も寄って来ない。これまでが奇跡的だったのかも知れないけど、暇の中ひたすら暑さに耐え続けるのは堪える。誰も来なければツッコめないと言う当然の真理が絞られる汗と共に流れ出て、自分に問題があるんじゃないかと思えてくる。
「アドバイス要る?」
突然顔を覗き込んで来たおじさん、皺の奥まで見える距離。
「私こそがキング・オブ・アドバイス」
ニカッと笑えば口髭が左右に伸びる。
「じゃあ、暑苦しさから開放される方法を」
「違う!」
「何がですか!?」
「アドバイスは私が必要と認めたときに、一方的にするのだ」
「古典的父性に傾き過ぎですよ! 何のためのアドバイスですか!?」
「君のため」
「なのに一方通行?」
「それ以上に私のため」
「アドバイスの意味が砕け散りそうです!」
「もっと大事な彼のため」
「誰ですか!?」
「秘密」
「ここまで言っておいて!?」
「そう言うときはね、やたらとツッコんだりせずに相手の気持ちの変化をじっと待つんだよ」
僕はビシッと彼を指差す。人をこころから指差したのは生まれて初めてだ。
「それだけは絶対に従わない!」
「ベネ。それでこそ君だ!」
「初対面ですから!」
「細かいことを気にしない! 人間会ったか会ってないかのどちらかしかない。一度会えば旧知と同じだ!」
「世界の分け方が荒々し過ぎて意味を失ってます!」
「君に必要なただ一つのアドバイスは、細部に拘らないことだ」
「既に三つ目だし、二つ目とほぼ同じ内容だし、いい加減さを通り越して、あなたそのものが曖昧!」
「まるで蜃気楼?」
「僕が求めて届かないオアシスのつもりですか!? 自力で辿り着いて見せます!」
「じゃあ妖精?」
「むしろアドバイス妖怪? って、そんなの居てたまりますか!」
「いや、それでいい。そのまま進め」
「今度は真逆! どうしろと!?」
「私の活躍を聞いてくれ」
「相談、ですか?」
おじさんはネクタイを直す。蝶ネクタイだが。
「私のアドバイスがキレキレに効くエピソードの数々に抱腹絶倒するのだ!」
「笑わせに来たんですか!?」
「ものの喩えだ」
「何の!? 地図なしで砂漠の真ん中に放り出された気分ですよ!」
「私は、ライヴ・ライフ・アドバイザー」
「生き生きとした人生のアドバイスをするってことですか?」
「違う。生で生活をアドバイスする」
「生?」
「ライヴストリーミングとか、野外ライヴの方の、今やってるその最中の、生だ」
「生で、アドバイス!? 生活の?」
「そうだ。クライアントの生活に密着し、私が必要と認めたときにアドバイスをする」
「生活しているところに、居るんですか?」
「そう。家の中なら家の中で普通に生活してもらう。私はいい位置からそれを観察し」
「観察し?」
「ここぞと言うところでアドバイスをする」
「アドバイスだけ?」
「手を出しては成長を妨げるからな。例えばシーン、読書。文庫を読んでいるクライアント。黙読。で、私が今だと思ったとき! 『今こそ感動しよう!』とか言う」
「どうやって黙読で読んでいるところが分かるんですか?」
「いい位置がある。目と文字を両方見れる場所だ。そこは、顔と本のほど近く、右手と右耳の中間地点だ!」
「近い! 近い近い近い! そんな近くでおじさんにじっと見られて、むしろキョロキョロされて、集中して読めますか!」
「口臭と体臭には人一倍気を使っている」
「匂いの問題じゃないです!」
「でも、世界で一番落ち着く匂いだよ?」
「顔があることが落ち着かないんです! でも、一番落ち着く匂いって?」
「その人の枕の匂い」
「どうやってそれを身に纏うんですか!」
「かぶる」
「それじゃ本の内容見えないです!」
「意外と透けて見えるんだ。ほんとだよ?」
「自分の枕を被られたクライアントの気持ち! 落ち着く匂いどころかおじさんの匂いの枕の出来上がりです!」
「それはそれで落ち着いてくれるといいな」
「クライアントがあなたの恋人ならそれもあるでしょう、でも、違うでしょ!?」
「違う。そうだ。身内はクライアントにしてはいけない。アドバイザー・二十三の禁じ手の十八番だ」
「禁じ手多いですね。得意技みたいな禁じ手嫌だ!」
「シーン、テレビ。クライアントは大体テレビが好きだ。ゴロゴロゴロゴロしてる」
「テレビ見るときくらいリラックスしてもいいじゃないですか」
「そこは全肯定する。その上でよくするアドバイスランキング。五位。コーラ不足」
「コーラ不足?」
「ゴロゴロするのにポテチばかり食べてコーラを用意しない不届き者に、喝! 炭水化物とコーラのバランスが最高ですよと、囁きアドバイスだ」
「完全に悪魔の囁きですよね!?」
「成約率は八十五パーセント。繰り返すとコーラの箱買いが始まる」
「回し者ですか!?」
「永世中立だ。コカコーラにもペプシにも味方しない。コーラならどちらでもO K。ランキング四位。深夜、裏番組でいいアニメやってるのに気が付かないのに、喝! 電源を切らないで! ザッピングをもう一回、とやはり囁く」
「そんな遅い時間まで居るんですか!?」
「契約次第でいくらでも、ずっと貼り付く」
「影武者ですか!? 日常生活におじさんがずっと付いて回るって罰ゲームでももうちょっと優しさがありますよ! でもって、テレビ今日は終わりのところを誘惑してる! 堕落へのアドバイザーなんですか!?」
「違う。断じて違う。この技術はザッピンゲートと言う」
「ツチノコ程度には実在しそうな名前ですけど!?」
「第三位。休日の朝に起きそうなクライアントに、『大丈夫、もう少し寝ても帳尻は合うよ』と」
「甘える気持ちの外付け機関ですよね!? それをやってるんですよね!?」
「違う。二位。ここからを聞いてから判断してくれ。冷凍庫を開けた一瞬の間にそこを評価して、私が必要と認めたら、『発掘しましょう』と強く伝える」
「つまり、どんだけ古いものが埋まっているか分からないような冷凍庫、ですね?」
「イグザクトリー。これが楽しい。と言っても私は見てるだけだがね」
「手伝わないんですか?」
「アドバイザーは手を出さない。手取り足取りはクライアントの手と足を取ってしまう行為だ」
急に説得力のあることを言うので僕は押し負けた。
「出て来た戦利品をベランダに並べて一斉解凍すると、大体いつもすごい匂い」
「何故に溶かします!? その盛大なハヤニエで何を満たそうとしているのですか!?」
「達成感だけはすごいよ」
「だけって!? 残るは残骸ばかり!?」
「一位! 初めて女の子を連れてくる息子」
「の、部屋にずっと立ってるってことですか!?」
「素晴らしい読解力だ。概ね、邪魔にならないデスクの上に立ってる」
「確かにそこはきっと使わないけど、どんだけ上から見下ろすんですか!?」
「大丈夫。お母さんが心配するような、お父さんが期待するようなことにはならない」
「それは間違いなく、立っているあなたの効能ですけど、息子が望んだ効果じゃないですよね!?」
「アドバイスは的確に入れた」
「どのタイミングで!?」
「『そうだ! そこだ! 手を握るんだ!』とか『ほらほら、見詰めてないで、距離を詰めるんだ』とか、間違いなく最高のタイミングで」
「絶対そこだけは放っておいてくれと言う瞬間ですよね!? デバガメの独り言が伝わっちゃった感じですよ!?」
「雇われデバガメだけどね」
「デバガメ認めちゃダメでしょ!?」
ふぅ、と同時に小さなため息をつく。
「あなたは、もしかしたら私もそうなっていたかも知れない、もう一つのツッコミ者の未来、そのように思います。アドバイスをすると言うことと、ツッコミを入れることは目的の面で違いますが、あなたが矜恃にしている『手は出さない』と言うところはほぼ同じものを僕も保っていると思います」
「うん。私も同じ匂いを君に感じたよ」
「同じではないです。僕が定点でやっていることに対してあなたは貼り付きでやっていて、それは決定的な差異だと思います。そこに優劣はないと思います。ですが」
「ですが?」
おじさんは身を乗り出す。
「僕はツッコミが目的であるのに対して、あなたは相手をよくしようとしています。それが上手く機能しているかは分からないですけど、そう言う意味では積極的な治療をしているとも言えると思います」
「アドバイスが、治療?」
「そうです。広い意味では。通常治療は悪いものを普通にするためのもの。でもよりよくしてもいいと思うのです。だから、あなたのアドバイスは治療の仲間なのではないかと思うんです」
むふん、とおじさんがニヤける。
「じゃあこの勝負は私の勝ちと言うことでいいんだね」
「勝負してません!」
「うん。でもちょっと自信がついたよ。実はクライアントから『詐欺だ』『無茶苦茶だ』と言われることが非常に多くてね」
「姿勢と目的はきっと間違ってないと思います。あとは内容を磨いて下さい。詐欺だ何だはそこにかかってますから」
「分かった。それじゃあ、な」
「ちょっと待って下さい。彼のため、の『彼』って何者なんですか?」
「今日登場したのは、私と君と彼だけだろ? 皆まで言わせないでくれ。じゃあな」
颯爽と去ってゆく後ろ姿を見て初めて短いマントを翻していたと言うことに気付く。
もう一人の登場人物は、おじさんのクライアント。つまりおじさんはクライアントのために自分のアドバイスを磨く目的で、僕のところに来ていたと言うことなのか。無茶苦茶だと思ったけど、芯にあるパッションは真っ直ぐなのだなと思うと、妙に清々しくなった。
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