十六人目 田山草履
風が出て来た。風ほど時と場合で愛されたり嫌われたりするものも稀だろう、首筋を通り抜ける心地よさに頬も緩む。しかし今日ももうおしまいだから、帰る準備をしようと立ち上がったら、客が来た。
「君は何に憧れている?」
「それは秘密です」
「僕はカッパに憧れている」
小太りの中年、瞳だけが少年のように輝いている。
「だから肌を緑に塗ってるのですか?」
「クェー!」
「何故に叫びます!?」
「今のはカッパ語で肯定の意味だ」
「いったいどこで習得したんですか!?」
「カッパ・オンライン・ライブ・ビデオ・コミュニケーション・ツール・カッパ・エディション・バージョン3.14」
「長っ! カッパ二回出てくるし!」
「略して『
「略し過ぎです!
「じゃあ、カッパイ、で」
「仄かに卑猥な響きですけど!? それで、画面の向こう側にカッパ先生が!?」
「クェー! 待ってる。僕の先生は超美人。艶やかなクチバシ、サラサラの皿周りの毛、変幻自在な肩のライン」
「クチバシはいいとして、皿周りの毛、って何か別の言い方はないんですか!? ってか、あれ毛なんですか!? だとしたら標準的なツンツンのシルエットはセットしてるんですか!?」
「毛だよ。カッパのヘアスプレーの消費量はヴィジュアル系バンドにも引けを取らない。泳いだってそのままさ」
「水生生物が濡れ髪を力技で克服しおった!」
「ちなみに英語ではエンジェルヘアーって呼ぶ」
「英語圏にカッパ居ないし! エンジェルヘアーってパスタですか!? 頭の皿に乗せて食べるんですか!?」
「クァクァクァ〜!?」
「今のは分かりました。『それはどうかな』でしょ?」
「クェー!」
「正解!? ニュアンス日本語過ぎます! もう一つ、変幻自在な肩って何ですか?」
「カッパは片腕を縮ませることでもう片方の腕を伸ばせる。その動きがセクシーなんだ」
「画面の向こう側で腕を伸び縮みさせる先生、何を狙ってるんですか!?」
ニヤリと男は笑う。
「僕のハートさ」
「確かにがっちり掴んでますけど! ニュイーンと伸びた腕で掴まれたくない!」
「本当はコタツの上のキュウリさ」
「限界真夏におこたですか!?」
「彼女は少々ものぐさでね」
「ものぐさがオーバードライブしちゃってます! 万年床ならぬ万年こたつはむしろ、万年雪の季節の跨ぎっぷりです!」
「そんなところもかわいいじゃないか」
「カッパのかわいさワカラナイ!」
「クチバシに注目」
「誰の!?」
「先生しかないでしょ。イマジン!」
僕はがんばってみるもののアヒルのクチバシしか浮かばない。
「それはアヒル口だ。もっと長く」
「見えてるんですか!?」
「そして幅広に!」
こうかな?
「そして先っぽに、ピンクの口紅を」
「何でですか!」
「だってそれが本物の形だもん」
「ヘアスプレーに口紅って、オシャレごころで塗りつぶされそう!」
「そんなカッパ先生に相応しい男か、いや、オスかを見極めにここに来た」
「確認しますけど、カッパじゃなくて人間ですよね?」
「いつか僕はカッパになる!」
僕は厳かに頷く。
「アピールをお願いします」
「僕の主食は、キュウリだ」
「そのままですね」
「朝から豪華にステーキにする。ナイフを通すと溢れる汁!」
「ただのキュウリの輪切りです!」
「溢れる汁!」
「確かにふんだんな水分ですけど!」
「昼はヘルシーに大豆を発酵させたものと和える」
「モロキュウですね」
「クェー! ボーノ! ボーノ!」
「イタリアンじゃないです、和食です!」
「夜はメロン」
「いや、それも瓜科ですけど!?」
「はちみつにキュウリだよ。またまだ青いな」
「全身緑の人に言われたくありません! そしてそれはメロンじゃなくて、『メロンみたいな味がする』です」
「クァクァクァ〜? やってみると、全然メロンじゃないんだよ、これが」
「じゃあ何でメロンと申告したんですか!?」
「オスは見栄を張る生き物なのさ。そして深夜」
「四食目!?」
「チップスとコーラがやめられない」
「見栄は!?」
「必要な栄養は殆どそこで摂ってるかも知れない」
「野菜たっぷりな一日が見事に帳消しです!」
「大丈夫。寝る前にはキュウリジュースだ」
「そっちは帳消しになりません!」
男はゴソゴソと背中の隙間からキュウリを一本取り出して、パキーンと甲高い音をさせて噛みちぎった。切る見得。
「おやつは生キュウリだ」
「今背中にあるものがチラッと見えたんですけど、背負ってます?」
「クェー! カッパだもの。中、見たい?」
「天然のカッパの甲羅は取り外せないでしょう!?」
「何を言ってる。これはオシャレなアイテムだ。僕も三つTPOで使い分けてる」
「またオシャレ!? いつかカッパが表紙のnon-noが!? な訳ない!」
「今日のは機能美を兼ね備えた逸品だ。僕はLEONに載りたいのに、東スポに撮られた。そしたらムーから連絡が来た」
やれやれと言った表情で甲羅を外す男。カッパの甲羅って、RPGのアイテムでありそうで見たことないな。オシャレグッズだからなのかな。
「見ろ、この美しさ!」
「甲羅の裏側にキュウリがビッチリって、機能が備蓄に全振り!? て言うかその配置じや、背中の汗の蒸気でキュウリが大変なことに!」
「大丈夫。保冷剤もめちゃめちゃ入ってる」
「背中は?」
「キンキンに冷えてる」
「ユーザーをガン無視した機能美に、一周回って賛美を贈りたい」
「ちなみに甲羅本来の機能の防御力は、はみ出る体が大き過ぎてほぼない」
「キュウリ倉庫にそこまで求めるのは、リスの頬袋にヒマワリまるごと入れるようなものです!」
「ヒマワリの種は一部のカッパで大流行している」
「どう言うルートで!?」
「台湾旅行のお土産がヒットした」
「泳いで行ったんですか?」
「飛行機で」
「その格好で!?」
「JAPANのパスポート」
「パスポートもその姿なんですか!? 通るんですか? いや、まかり通るんですか!? 向こうの税関で止められなかったんですか!?」
男はふふんと笑う。
「大使館の人を呼ばれた」
「人選が混乱を象徴してます! 大使館の人もよく来てくれましたね」
「カッパは相撲が好きなんだ、と説明したら、その人と一番やって勝ったら無罪放免の条件となった」
「理解があるのか優しいのか判定が出来ません!」
「負けて強制送還になった。せめてにと、その人がヒマワリの種を持たせてくれた」
「涙の味!」
「そのしょっぱさがキュウリのお供に選ばれたんだ」
「根性ありますね」
僕たちはじっと目を見合う。どうだ、と言う風に男が顔をやや上げる。
「カッパであろうとする一本気は、貫く程にあると思います」
「クェー!」
「でも、カッパの模倣をするだけでは、遺伝子的にカッパでない以上はカッパに並ぶことは出来ないと思います」
「そうなのか」
「ヒマワリの種に大きなヒントがあると思います。それは、あなたの内にあるものならば、本物のカッパを超えられる可能性があります。生物学的には決して同じになれないところを、内面のカッパさで補い、超えてゆくんです」
「なるほど」
「僕は可能性を感じました。やってみて欲しいと思います」
「うん。それはつまり、僕がして来たことをさらに推し進めると言うことだよね」
「そうです」
男は再びニヤリと笑う。
「自信が付いたよ。ありがとう、それじゃ」
男は去っていく。暮れなずむ公園を遠ざかる甲羅から生えた緑の手足。ときどき聞こえる「クェー!」の声。彼本人のクチバシと皿にツッコむチャンスがなかった。それをしなくても彼はカッパだった。多分人間で一番カッパだ。どこかの川でいつか彼がカッパと暮らせる日を、祈願した。
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寸止め知らずの路上面談 真花 @kawapsyc
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