十五人目 志賀曲次

 ほんのりと空に夕焼けの気配が差し込んで来て、今日はお客さんは少なかったけど、もうそろそろ帰ろうかな、時間を確認すると、四時。もう少しやって行こう。

 辺りを見回すとさっきのおじさんがまた歩いて来ている。流石に一日に二回はやり過ぎだと、どこにあるのか分からない自分の基準が面談を断る準備をさせる。

 おじさんは微笑みながら声をかけて来た。

「代わりにやろうか?」

「それはつまり僕がツッコまれるってことですよね? その逆転は嫌です。僕がツッコミます。……どうして戻って来たんですか?」

「ん? 戻って来てなどない。私は今来たところだ。そしてその質問には慣れている。さっきまでいたのは弟だ」

「双子ですか?」

「いかにも」

「だとしても同じ格好はおかしいですよね!?」

「双子だからじゃない。家族は全員同じ格好なんだ」

「家庭内ユニフォーム!?」

「その通り」

「だとしても、髪型も髭も同じってのはそれ以上の意図を感じます!」

「フクロオオカミを知っているか?」

「オーストラリアにいるオオカミそっくりな生き物ですよね」

「そうだ。別の場所で独立に生きていても、同じような進化圧を受ければ同じようになるんだ」

「どう言う進化圧を受けたら先っちょだけカールの七三分けロン毛に!? 鼻の下のたわしみたいな鼻髭に!? そもそも誰が圧をかけているんですか!? ダーウィンだって頭抱えて叫びますよ!」

「一つヒントになるのは、私達は二段ベッドで一緒に暮らしていると言うことだ。あとママが怖い」

「フクロオオカミのくだりは何!? 日本とオーストラリアの距離のある二段ベッド……な訳ない! ヒント二つですし! 圧をかけてるのお母さんに誘導しようとしてますし! 髪型も髭もお母さんの趣味なんですか!?」

「そうかも知れない。ママはせんとくんが好きって言ってた」

「せんとくん、って、髪の毛も髭もなーい! そもそも人間じゃなーい! お母さんの線は外しましょう。ならば、兄弟で影響を与え合っているんじゃないですか? 煮詰めたソースのように濃い顔が二つですよ、影響は避け得ません!」

「私達はお互いが大好きだ。だが、私と弟の仕事は真逆だ。君の言う通り影響の与え合いの結果だろう」

「弟さんはアドバイザー。あなたは?」

「代行業だ。話を聞いてくれ」

「やはり、面談に来たのですね」

 おじさんは頷く。

「私は代行業者として神の領域に到達するために、ありとあらゆる依頼を受けている。弟が何を目的にここに来たのかは分からないが、私は私のやっていることの正当性を評価してもらうために来た」

「神の代行って何ですか? いや逆か、代行の神ですね。分かりました。容赦はしません」

 おじさんはもう一度頷く。

「とある絵描きさんに呼ばれた。椅子代行の依頼だった」

「ちょっと待って下さい。おかしいです。椅子の代行って、意味が分かりません」

「椅子に、なるんだよ」

「そう言う仕事なんですか!? 代行業って!」

「あらゆる代行をするのが私だ。だから私は椅子になった!」

「四つん這い?」

「ブリッジだ!」

「苦しみばかりが強くてバランスが悪い! 腕がだるんだるんになりますよね?」

「腕は使わない! 頭だ!」

「首ブリッジ! 苦行感が跳ね上がる! そう言う絵を描くんですか?」

「いや、絵描きさんが私に座って絵を描く」

「それで絵がよくなるんですか?」

「それは分からない。ちなみに街の絵を描くために渋谷のハチ公の近くでやった」

「外!? 衆目の中でおじさんにおじさんが乗っかって絵を描いている、組体操を千年やっても辿り着かない構図!」

「いや、絵描きはおばさんだ」

「だとしたらパッと見、奇妙なカップルですよ! 特殊過ぎる大人の遊びですか!?」

「いや、仕事だ。そして彼女は君が想像している数倍の体積を占める」

「今にも首が折れそうです!」

「流石の私もこの仕事が終わったときに『生還』の二文字が過ぎったよ」

「僕には『圧壊』の二文字が過りましたよ!」

 おじさんは、ふふふ、と格好を付ける。

「大学生に呼ばれたときは、テレパシー代行をした」

「テレパシーが出来るんですか?」

「テレパシーは出来ない。超能力は一つしか持ってない」

「あるんですか!?」

「一日を過ごして帰って来てみると、お互い別々に過ごした筈なのに、服の崩れ方が弟と同じになる」

「無益なユニゾン! それを超能力と呼ぶのはアバタをエクボと呼ぶのより困難です! 一体どうやってテレパシーをするんですか?」

「まさに、テレパシーをする、だ。私がテレパシーになる」

「まさか」

「依頼人が私の耳でこしょこしょっと言ったことを、私が伝える相手にこしょこしょっと伝えるのだ」

「人数の少ない伝言ゲームですよね!?」

「内容の正確性は八十パーセントと言ったところだろう」

「間に他を挟まないのに減衰させ過ぎです!」

「そのときは、依頼人から『好きです、付き合って下さいませんか』とテレパされた」

「テレパす? 依頼人さん! 告白は自分の口でしなくちゃダメですよ! なんでテレパシーで告白しようと思ったんですか!? 実際あなたがしていることはおじさんへの耳打ちですからね!」

「内容が内容なので、私はものすごいニヤけながら彼女の元に急いだ。一体どんな答えが返ってくるのか、想像するだにワクワクしてしまう」

「そんなこと考えてるから内容が減衰するんですよ!」

「彼女の元に辿り着いた私は、まず依頼人のテレパシーであることを伝え、お耳を拝借した」

「その彼女もよく素直に耳を貸しましたね!」

「『好きです、付き合って!』」

「減衰した二十パーセントが語尾で助かりました」

「彼女は少し考えてから、私の耳にこしょこしょっとした」

「システムの飲み込み早っ!」

「私は依頼人の元に走った。『身の程を知れ』あの可愛い顔がこんな言葉を言うなんてと考えると、笑みが零れてしまう」

「完全に告白の往復を覗いて楽しんでますよね!」

「彼に伝えた『身の程を知って下さいませんか』」

「さっきいなくなった語尾が戻って来てる! 高圧的かつへりくだると言う四次元なアンサーに!」

「依頼人はがっかりしてた。チラリと私を見て、『超能力になんて頼らずに自力で告白すべきだった』と呟いた」

「依頼人さん! あなたが頼ったのはテレパシーの代行であるおじさんであって、決して超能力ではないですから!」

 おじさんは再び格好を付ける。話題の切れ目にそれは必要なのだろうか。

「あるお父さんからの依頼で、親父ギャグ代行をした」

「末路が、悲惨な末路が、克明に見えます」

「家で家族と食事をしていて、シーンとしたときに場を和ませたくなって、親父ギャグを言おうとしてもいいのが浮かばないとき、あるよね?」

「そのシーンがあったとしても、親父ギャグを言う選択だけはしてはいけません!」

「そこでお父さんからの合図と同時に、私が渾身の親父ギャグを言う」

「それにお金払うんですか依頼人は!?」

「もちろん。直近では『そのトナカイは大人かい?』と『カッパはオカッパが似合うね』を言った」

「その場面にトナカイやカッパは居たんですか!?」

「居ないよ」

「何故そのギャグを選んだんです!?」

「言っただろう? 私の渾身だ」

「要するにそれしか出なかったってことですよね!?」

「そうとも言う」

「白い目が突き刺さる姿が目に浮かびます」

「甘い。それは本人が受けるものだ。とは言え、オプションで白い目で見られる代行も付けられる」

「そしたらもうお父さん居なくても同じじゃないですか!」

「代行だからね」

 ふーむ。代行のバラエティはここまで来ていたのか。

「登山代行ってものあった」

「自分で登ることに意味と価値があるやつを代行に!? じゃあ、そのうち新婚旅行代行とかしちゃうんじゃないですか?」

「それもあったよ。他には、健康診断代行も」

「誰の健康を測定しているの!?」

「くるくる回る床屋の看板の代行」

「赤と青と白の三色に斜めに塗られて、日がな一日回っていたんですか!?」

「完璧だ。これまでの中で一番辛い代行だったよ」

 話し終えた感触で、ふうとため息を一緒につく。

「代行、奥と幅が広いことがよく分かりました。そして約束の正当性ですけど、これはあるように思います」

「本当か。それはよかった」

「でも、仕事を何でも受けると言うのは質を高めるのには悪い場合もあると思います。ある人が『仕事は断ることをちゃんとすることで、いい仕事を出来るようになる』と言う旨のことを言っていました。僕なりに解釈すると、断ることで厳選した仕事に注力出来ると言うことだと思うんです」

「それは仕事がたくさん来る人の考え方だよ。私のところに来る仕事を全部やっても時間は大量に余る。それに私はこのバラエティに富んだ代行をすることが楽しいんだ。誇りもある」

「そうですか。では、今日僕が正当性を感じたことと、その守備範囲の広さを、追加の自信に変えて下さい」

「そうするよ。で、君はその仕事を代行して欲しいとは思わないか? 全てのものは代行出来ると思うんだ」

「僕はこれは仕事ではないですけど、好きでやっているし、代行させる気はありません」

「ベネ。だからこそ君を選んだ」

「多くを代行して下さい。でもときには自分に戻って下さいね。それが困難になったら是非またここへ来て下さい」

「君は優しいな。ツッコミストに必要なのは愛と優しさかも知れないね。私もそれに溢れているがね!」

 おじさんは高笑いをしながら帰っていった。翻るマントの感じまで弟さんと同じで、デジャブ感が強くて、目を瞬かせる。優しさと愛と自信と誇りと楽しさがあるならわざわざこんなところに来る必要はないのではないか? それでもやっぱり正当性に疑問があったのかも知れない。ほんの少しのツッコミが背中を押したのだったら、それはとても、いいな。


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