六人目 尾崎さくら
今日から二日目。テーブルを設置しようと思ったら前回やった場所に人が立っていた。初老に近い女性だ。
「あの、ここ使いますか?」
「あなたが面談をすると言う方ですか?」
「そうですけど」
「私の証明に付き合って頂きたいの。あのね、私は」
「ちょっと待って下さい。餌を目の前にした鯉ですか。場所の設置が先です」
「そうやってツッコむのね。でも私はめげない。私はね」
「待ちましょう! 前のめり過ぎてスキーのジャンプみたいになってます。僕は場所をちゃんとしたいんです」
いつから居たのか極度にフォーマルなこちらも初老の男性が右手を女性の前に差し出して、彼女を制する。
「姫様、ここは言うことを聞くべきかと」
「いや、誰ですか!?」
僕の反射神経が暴走した。男性が真っ直ぐに僕を見る。
「誰と言うのは姫様のことでしょうか。それとも私めのことでしょうか」
「両方です! さらに言えばその関係性もです! でも、先にテーブルを設置したいんです!」
「では、そうされるのがよろしいかと」
姫様も黙って待っている。僕はそそくさと設置し、白衣を羽織った。
「お待たせしました。では、改めて。一体誰ですか!?」
「私は、姫。彼は爺や」
「どう見ても二人は同い年くらいなんですけど? てか姫って、どう言う姫です?」
「爺やは若く見られるの。そしてそのどう言う姫かと言うことこそが、私が証明して欲しいことなの」
「話の見えなさがホワイトアウトしてますよ!?」
「私はことある毎に、自分が姫なのかも知れないと言うことを察知して来たわ。気が付けば爺やも居たし、ほぼ間違いはないと思われるんだけど、そこを評価して欲しいの」
「さらっと、気が付けば爺やが居たって、どう言うことですか?」
「ある朝部屋に立っていたの」
「おびえる! どう言う度量で受け入れたんです!?」
「紳士的だし、何より私のことを姫だと分かっている唯一の人間だから」
爺やは何も言わずに真剣な目をして佇んでいる。下手なことを言ったら飛びかかって来そうな圧力だが、それでやめるならこんな所でツッコミ面談やってない。
「では、姫だと思う現象、ですかね、それを挙げていって下さい」
「部屋にゴキブリが出てくるとパニックになるの」
「大なり小なり日本人なら殆どがそうなります。むしろゴキブリの出るお屋敷って、逆証明の気配が」
「それで、すぐにやっつけなきゃって、手で叩き殺すの」
「姫がしちゃいけないゴキブリの殺し方ブッチギリのトップですよ!」
「殺生をしたら、お墓を作るの。でも多過ぎて、ベランダがお墓で埋まっちゃったの」
「庭ですらない! そんなベランダ絶対に入りたくないです」
「ちゃんと名前を墓標に書くのよ」
「殺してから名前を付けるんですか?」
「戒名って言うのよ」
「絶対意味が違います!」
「手はちゃんと洗うわよ」
「今、そこもちょっと心配しちゃいましたよ!」
「石鹸はつけないけど」
「つけて! 水だけでは落とせないものがあります!」
「魂かしら」
「ゴキブリの魂がついてるならもっとゴシゴシ石鹸で落として下さい」
「でも大丈夫よ。爺やのハンカチで手を拭くから」
「成仏させる能力搭載のハンカチですか?」
「違うわよ。魂は勝手にどっか行くわ。汚れを落とすハンカチよ」
「タオルじゃダメなんですか?」
「ハンカチを出すのが爺やの機能の一つだから」
「機能って、ロボなの? ロボ爺やなの?」
「爺やには七つの機能があるの」
「ハンカチを出す以外にもですか?」
ちょっと期待した。
「ハンカチをしまう、ハンカチを洗う、ハンカチを干す、ハンカチを畳む、ハンカチを隠し持つ、ハンカチを落とす」
「ハンカチ縛り!? 縛り辛そう。じゃなくて、ハンカチ式ロボですか? ハンカチ式ロボって何だ? と言うか最後の二つは遊びの奴ですよね? 決して紛失ではないですよね」
「ハンカチ落としは日常的にやってるわ」
「二人で!?」
「機能的にいつも爺やが落とす役。気が付けば私は自分の後ろにハンカチを落とされたかが100%分かるようになったわ」
「1分の1はいつもあなたです!」
「爺やは五色のハンカチを持ってるわ」
「姫の証明はいいんですか?」
「今はこっちの方が大事よ。白、くすみ白、クリーム色、薄黄色、黄ばみ仕上げ、どう?」
「徐々に使い古されているだけですよね? 黄ばみ仕上げじゃなくて、仕上がって黄ばんでるんですよね?」
「色が濃くなると香りが強くなるのよ」
「それは匂いと言う奴です」
「爺やには三つの技があるのよ」
「姫の証明は?」
「そうね、そっちにするわ」
爺やが明らかに落胆しているのが見えた。
「煙草は『マイルドセブン』を吸ってるわ」
「待って。姫と煙草、おかしい。花魁とキセル、名探偵とパイプ、これはO K。でも、姫がシガレットはおかしいです。紫煙にため息を隠す気怠さなんて、姫じゃない。さらに『マイルドセブン』って販売終了してからどれだけ経ってるんですか? 『メビウス』じゃないんですか?」
「販売終了直前に段ボール買いを大量にしたのよ」
「大人買い通り越して、それが姫買い!?」
「そうよ。姫買いよ」
「品質保てないでしょ?」
「半年以降は紙を吸ってる感じよ」
「じゃあ、新しいの買いましょうよ!?」
「まだたくさんあるから」
「その自らのミスを被り切る『もったいない精神』は見上げたものですが、姫らしくはないですね」
「質素倹約を旨としてるわ」
「武士? 姫って和風なの、もしかして。アントワネット系じゃないってことですか?」
「武士より多分もうちょっと西」
「インドの姫様ですか?」
「もっと西」
「アフリカの姫?」
「もっと」
「ブラジルの姫?」
「もう一息」
「オーストラリアの姫?」
「南にずれ過ぎよ。北上して」
「いや、世界一周してまた日本ですよ!」
「ここよりちょっと西」
「世田谷区?」
「もうちょっとだけ」
「三鷹市?」
「そう、そこ」
「背中の痒いところですか!? 世界一周何でさせたんですか? ……三鷹の姫なんですか?」
「今そこに住んでるの」
「中央線でバビューン、神田で乗り換え、はい上野。だから何ですか!?」
「住みやすい街よ」
「姫関係なくない!?」
「得意料理はインスタントラーメンよ」
「卵や野菜は?」
「入れないわ。素ラーメンよ」
「素ラーメンって初めて聞きましたよ。それはよく食べるんですか?」
「一日二食は素ラーメンを堪能しているわ」
「ほぼ主食じゃないですか! 残りの一食は何を?」
「素ヤキソバよ」
「結局三食インスタント麺じゃないですか! 体に悪いから何か他のもの食べて下さい。と言うより、どう考えても姫の食生活じゃないですから!」
「今、姫界ではインスタントラーメンがブームなのよ」
「よしんばそうだとしても、主食にする筈が、ない!」
「そうね、やり過ぎたわね。でも私は好き」
「それでも色々食べて下さい。ところで失礼ですけど姫を名乗るには結構お年を召されているように思うんですけど、お幾つか訊いてもいいですか?」
「57歳よ。爺やは42歳よ」
「爺やの方がずっと若いじゃないですか! とすると爺やは超老け顔ってことですよね。……その年で姫って、どうなんですか?」
「その人が姫かそうでないかを決めるのは、年齢じゃないわ」
「いや、そうかも知れないですけど、姫ってのは立場の名称であって、行為によるものでもないですよね?」
「でも、その立場に居たら当然身に付いているべき行為はあるでしょう?」
僕達は言葉を一瞬失って、目を合わせる。
僕は導き出された結論にきっと目を輝かせていた。
「行為からの逆算で、姫かどうかを調べようとしていたのが間違いだったんですね。姫かそうでないかを決めるのは、年齢でもなければ行為でもない。その人が姫ならば、姫なんです」
「そうみたいね。私が姫なのは、何をするかではなくて、何であるか、そう言うことね」
「その通りです。通常は社会的な役割として『姫』が存在しますが、きっとあなたの場合はそう言う外面的なものではなく、内面的な、自分での定義によって、『姫』であることが意味があり、重要で、価値のあることなのだと思います」
「それはつまり」
「あなたが自分を『姫』と言うならば、それは『姫』でいいと思います」
「すると爺やは」
「居ても居なくても同じです」
爺やがすごく悲しそうな顔をして、ハンカチを所在なさそうに出したり仕舞ったりしている。
「でも、私に取っては爺やは必要な人。だからそんな顔しないで。これからはよりいっそう、姫と爺やをやって行こう。ね、爺や」
「ありがたき幸せ」
「何でそこだけ武士なんですか!」
二人は礼を言って帰って行った。
彼女が姫だったとして何が起きる訳でもない。姫じゃなかったからと言って何かを失う訳でもない。そうだとしても、僕は自分が納得出来るように評価をした。きっと爺やにとっては鞭のような評価だったと思う。それでも、完結した正しさと言うのは必要なのだと思う。その上で言いたい。あんな姫は嫌だ。
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