七人目 武者小路金助

 向こうから神輿が近づいて来た。「ワッショイ! ワッショイ!」の掛け声に蝉の声が押し込まれる。

 僕の目の前で止まる。熱気。下ろされる神輿。中から男が出て来た。

「成金参上。その面談に興味が湧いた」

「自称成金って、自虐? 自慢? 言うなら大富豪かエグゼクティブ辺りにしませんか?」

「成金は自分を飾らない」

「いや、マイカー思いっ切り神輿だし、服だって全身金色! 全部の指に指輪って、色気付いたクジャクもびっくりな飾りっぷりですよ?」

「派手と飾るのは違う。僕は一切飾らず、限りなく派手にいく」

「飾らない派手って矛盾してますよね?」

「だから飾るのはこころの問題。派手は見た目の問題」

「だとして、どうして派手にするんですか?」

「目立つからだ。金を持った者が最後に行き着く先は、目立ちたいこころだ」

「結局派手もこころの問題じゃないですか!」

「死ぬときも誰よりも派手に死にたい」

「派手な死に方って、バトル漫画とかアクション映画のザコみたいな、バーンと弾ける奴ですか?」

「僕、爆散するの?」

「あなたの選択ですよね?」

「そう言う派手じゃなくて、天に召すときの天使をあり得ない数動員したい」

「満員昇天電車!? 次は〜地獄、地獄、って?」

「僕、地獄に行くの? やっぱり大天使にする。数は同じくらいで」

「大きくしても行き先は同じです。そしてギュウギュウ! 大になった分さらに窮屈! 天使だろうと悪魔だろうと数の問題です。根本的な解決になってないです」

「悪魔はやだな」

「どうしてです?」

「剛毛とかツノがチクチクしそう」

「結局すし詰め!?」

「数だけは譲れない」

「百鬼夜行で葬送ですか? 確かに派手ですけど。地獄直行便確定します」

「派手なら、行き先がどこでもそこが目的地」

「詩的ですけど、ボヘミヤンには何かが足りない! 何だろう。魂の叫び? それでどう言った用件ですか?」

 男は居住まいを正す。

「僕の成金トークを聞いて欲しい。これは魂の叫びだ」

「既に体感されてると思いますが、ツッコミますよ? そしてなんちゅう叫びですか」

「それでもいい。誰も聞いてくれないんだ」

「その自明な理由を考えたことはありますか?」

「不思議なことに、お金を払っても誰も聞いてくれなくなった」

「何故に支払い発生前提? お金を払わなければ?」

「最初から聞いてくれない」

「よっぽどの内容なんですね。分かりました。受けて立ちます」

 男はグッと目に力を込めて、軽く頷く。

「僕には一人息子がいるんだ。名前は成金Jr.」

「あなたが『成金』って名前じゃなかったらJr.はおかしい」

「僕は金助」

「惜しい。いや、惜しいのか? 少なくともJr.ではないですね。そして、『成金』って人に付けちゃダメな名前トップ10に間違いなく入ってると思います」

「息子も成金になることを切望して」

「あなたが成金だったら息子さんは成金ではないです。成金の息子はボンボンと言います」

「金言頂きました。息子の名前、ボンボンに改名する」

「どこが金言ですか!? そんなウイスキー入りのチョコみたいな名前やめて下さい!」

「その息子が友達とおままごとをすると言うので、道具を揃えたんだ」

「揃える?」

「ドンペリと、おつまみにキャビア。リアリティを出すためにラウンジを作って、キャストを揃えた」

「何で、クラブの設定なんですか!? 飲み物ドンペリ、おつまみキャビアはおかしいでしょ!? おままごとなんだからフリでやるのだし。それともドンペリとキャビアを使って何かのフリをするんですか? ラウンジの床にビニールシート敷いて、キャストの視線の中でやるんですか? それとも息子さんがクラブに通っている最中に奥さんが殴り込みに来る設定ですか? 作る場の正解がどれか分からなくてもラウンジは選んじゃいけませんよ! そして、おままごと要員のキャストって何者なんですか!?」

「ドンペリはシートの四隅の重りになった。キャビアは画用紙に塗ったくられた。キャストは『おままごとの家』に来る近所のおばちゃんと言う設定で、一人ずつ客として呼ばれてた。苦々しい顔してた。ラウンジは息子が『閉塞感がある』って言うから3L D Kに改築した」

「その閉塞感はキャストに囲まれているからじゃないんですか?」

「いや、それは全然気にしてないらしい。テーブルとか椅子が邪魔だったって」

「と言うか、何で子供が『閉塞感』なんて知ってるんです?」

「それは、僕が、よく、言うから」

「成金の閉塞感って、金があれば幸せと言うことではない、そんなリアルを垣間見ますね」

「照れるね」

「褒めてません。ラウンジを3L D Kにするって、無理な改築じゃないですか?」

「いや、ラウンジの一畳は『成金一畳』で、普通の五倍以上の面積があるから、『平民一畳』のサイズにすれば問題ない」

「平民の響きが神経を逆撫でしますね」

「キャストには帰って貰った」

「どこに?」

「それぞれのお店に」

「やっぱりお店の人なんじゃないですか!」

「ナンバーワンをぞろぞろ揃えると、その中でもポジション争いをし始める」

「チームの日本代表とかにもそう言うのありそうですね」

「だからこそ立場の違う監督が必要なんだ。あ、金言出ました」

「出てません。おままごとの監督って何ですか?」

「僕」

「全部見てたんですか!?」

「でも放任してた」

「監督業務は!? ただ見てただけ!?」

「女の子達が静かにゆっくりと、しかし確実にギスギスしていった」

「監督! ちゃんと采配して!」

「そしたら途中で審判に『監督退場』って。あの『退場』のときのアクション、全ての鬱憤をぶつけてるよね」

「何をしたの? ぶつけられるような鬱憤を溜めさせたの? と言うか審判って誰?」

「奥さん」

「納得の退場です」

 男は肩を竦ませる。

「次に、鬼ごっこ。一人っ子だから相手がいないと始まらないので、いつでも対戦できるように、鬼ごっこ専門の人間を十人雇った」

「プロ? パルクールみたいな?」

「いや、プロじゃ勝負にならないから、一般的平民」

「平民言わないで下さい! でも、鬼ごっこ以外ではその人達は何をしてるんですか?」

「ニート」

「何ですと!?」

「ニート生活もしくは鬼ごっこをする。それが契約」

「そうやって十人もの若者を堕とすんですね」

「いや、全員定年後の爺さんだよ」

「それはニートとは言いません」

「労働者を卒業してニートになる、あ金言」

「出てません」

「歳をとってからニート生活をするってのはそれはそれでしんどいらしくて、全然長くは続かないんだ」

「待機時間で残量の見えてる人生が目減りするからでしょう!? 何でニート縛りなんですか?」

「それは言えない」

「言いに来たんじゃないんですか?」

 男は小さく鼻を鳴らす。

「他には、妻のメルヘンを叶えている」

「どんなお花畑を?」

「ダルメシアンを買った。うじゃうじゃ買った。実際にやってみると目がチカチカする」

「101匹?」

「100匹」

「いや、キリはいいですけど。惜しい感が拭えない」

「僕は犬が嫌いだからね」

「それで100匹って、奥さんにかなり押されてませんか?」

「名前は、ポチ、ブチ、タマ、その後は4号から100号」

「名付けのモチベーションの急降下が著し過ぎる! 三つ目ですでに猫だし! その後は囚人? もう名前ですらない!」

「一匹につき五人、専属の係が常駐、エサ代だけでも君の年収は軽く超える」

「人件費にかけるのとは違う愛情のかけ方を知ってください! ……何で僕の年収知ってるんですか?」

「調べればすぐだ。成金の情報収集力は平民のそれとは大きく異なる」

「まさか。……最初から奇妙だと思っていたんです。どうしてツッコまれにわざわざ来たのかが。僕のことを知らないと出来ない行動です」

「ある動画がバズっている。『西郷さん』『告白』で検索するとトップに出る。名乗り出た動画の当事者のブログ『短パンマン』にここのことが書いてあった」

「いや、それ普通にネットで見ただけじゃないですか! と言うか、その動画、短パンの上は学ラン……?」

「そうだ」

「あいつか!」(※)

「フォローした」

「いや、それはもういいです。ダルメシアンに戻りましょう」

「犬は調教が行き届いていて、一列になると百メートル以上で、ぞろぞろ散歩に行く光景がトラウマになってる」

「そんな怖いものですか? 何故に一列?」

「僕の前を横切るんだ。そのときに一匹一匹が寸分の狂いなくこっちを見て順番に小さく吠えて行くんだ」

「躾の賜物ですね」

「犬ごとの五人の係も同じようにこっちを見て、小さく吠える」

「どう言う調教ですか!? それが百組連続!?」

「逃げたくなるでしょ? でもこれが妻のやりたかったことだから、仕方ない」

「あなたが主人ですよね!? 逃げればいいじゃないですか?」

「成金の金を稼いだのは、妻だ」

「奥さん?」

「そう」

「じゃあ、延々壮大な、ヒモの話を聞かされてたんですか!?」

「僕はヒモじゃない。エグゼクティブ・ニートだ」

「エグゼクティブなニート!? 二つの概念が融和出来ないんですけど!?」

「アイスの天ぷらみたいなものだ」

「派手な衣を付けてるけど、中身は冷えてるって?」

「金言」

「出てません。鬼ごっこの言えないニート縛りの理由はこれですか」

「秘密だよ?」

「漏らすモチベーションも出ません。息子さんの遊びを詳細に語れるのも、暇で見てたんですね?」

「半端ないでしょ」

「限りなく半端者です! 審判である奥さんに退場にさせられたのも、力関係ってことですね?」

「かたじけない」

「何も助けてないですから! それを言うなら『情けない』じゃないですか? でも、エグゼプティブ・ニートって!」

「せめてこう自分を呼ばないと、閉塞感で、プライドが保てないんだ」

 二人同時にため息をつく。

「プライドを保つ必要があると言うことは、今のままじゃダメだって思っているってことです」

「成金の夫であることを悪いとは思っていないんだ。でも、どうしてか、詰まったような、足りないような。普通のニートだった頃には感じなかったものだ」

「エグゼクティブ・ニートと言う呼び名が牢屋を作っているのかも知れません。こころはニートなのに、エグゼクティブであろうとするために、妙なお金の使い方をしてしまっている」

「そうなのか」

「まずは、お金で解決しない方がいいもの、息子さんとあなた自身が遊ぶことや、犬にちゃんと名前を付けること、もしあればあなたが好きなことに熱中する、そう言うことをしてみませんか?」

「金があるからこそアウトソーシングしていたんだよ?」

「他の人にお願いした方がいいものと、そうではないものがあります。愛情をかけることは後者に属します。もちろん、お金をかけると言う愛情のかけ方もあリますけど」

「そうか。ニートだったときには、確かに自分の愛情を惜しみなくかけていた」

「それをしていないことでこころが『すいている』のかも知れません。その次の段階もきっとありますが、まずはやってみて下さい」

「そうだな。やってみる。ありがとう。またな」

 彼は神輿の担ぎ手に「頼むぞ」と声をかけて乗り込んだ。担ぎ手達の視線が、来たときよりもほんの少しだけ柔かくなったように感じる。彼は真のエグゼクティブ・ニートになれるだろうか。真のエグゼクティブ・ニートって何だ? 呼称の迷宮感を抱えながら、僕は神輿がゆっくり遠ざかるのを見送った。



※二人目 芥川龍次郎 参照


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