十二人目 森つばめ
今日もまた暑くなると分かっていても、午前中の森林の気配は清々しい。僕は思い切り深呼吸をしてから面談場所の設置を始めた。
それが完成するのとほぼ同時に、ウエディングドレス姿の女性が何やら色々を引き連れて、駆け込んで来た。
「急がなくても、逃げませんよ」
「違うの、これは私の理由で走っているの。ねえ、ツッコミ面談なんですよね?」
「そうですよ」
「私に何か貸して頂戴!」
「前後関係がさよならしちゃってます! どっちなんですか、ツッコミが必要なんですか? それとも何かを借りることが必要なんですか?」
「借りる方よ。私ね、これから結婚式を挙げるの。それでサムシングを集めるといいことがあるって言う伝説、知ってるでしょ?」
「知ってますけど」
「それを今集めてるのよ。あとひとつ、サムシング・ボローだけが足りないの。だから、貸して」
「そんな大事なものここで借りるんですか!? 僕、全然あなたと関係がないのに!?」
「私との関係性なんて、考慮する価値はないの。証拠に他のサムシングを見せるわ」
女性が率いる一団から一人の男性が呼ばれる。
「テツくんよ。私のサムシング・ニュー」
「新郎さんですね」
「違うわ。新郎とは別の『新しい』彼氏」
「これから結婚式挙げるのに!?」
「だからこそニューが必要なのよ。新郎とニューは一人で両立出来ないわ」
「ニューを攻め過ぎです! 新郎泣いちゃいますよ!?」
「結婚式が終われば用済みだから、最新の元カレになるわ。だから彼も泣かない。後で写真で見て複雑な気持ちになるの」
「使い捨て感がティッシュレベル! しかも写真には残すのですか!?」
「だって、式の間は携帯しなきゃいけないのよ? ずっと後ろに立っていて貰うわ」
「不審! 花嫁の背後に立つ男って、お客さん混乱しますよ!」
「それも対策はしっかりしてるわ。胸に『サムシング・ニュー』の札を付けておくの」
「札で納得、出来なーい!」
「次に、このクリスタル・スカル!」
「左手にスカルを持った花嫁なんて嫌だ」
「サムシング・オールドよ。数千年分の時間が凝集したスカルほど相応しいものはないわ」
彼女は右手でスカルの頭をペンペン叩く。
「そういう使い方をするものではないと思います! オーパーツを携えて交わす契りはどこへ向かう!?」
「未知とは遭遇しそうね。いいじゃない、人生が二人でのものになるんだから、不思議なことの一つや二つあったっていいじゃない」
「それを呼ぶためにスカルが居るんじゃないです!」
「じゃあ、何のためよ?」
「オーパーツだから、それが分からない! でも、頭叩いて不思議を呼ぶ道具ってのだけは違います!」
「ふむ。三つ目。サムシング・ブルーのサバよ!」
引き摺っていたクーラーボックスからサバを出す。生臭っ。
「何故にサバ!?」
「世界で一番大きな青は海。そこから獲れる青魚。しかも名前が魚編に青。これ以上青いものはこの世にないわ」
「その通りなんですけど、それを結婚式に持って行きますか!? しかも生で! どうするんですか!?」
「キャンドルサービスみたいに配るわ」
「はいどうぞ、写真。ってサバ祭りの記念撮影ですか! どうしてそんなにこだわるんです?」
「世界最高じゃないと満足出来ないの。三つとも最高でしょ!」
「確かに突き抜けていると言う意味ではそうかも知れませんけど、何の式かもう分かりません!」
「次に」
「次? 後はボローだけでしょう? サムシング・フォーなんですから」
「それ、増えました」
「へ?」
「いっときはサムシング・イレブンまで行って、その後暴落して減ったわ」
「株ですか!?」
「今の流行はサムシング・セブン。ヘビー、ライト、スティールが増えたのよ」
「スティールって、盗むんですか!? 花嫁が!?」
「ガチで泥棒してもいいけど、イベントを達成すると盗んだと同じ、って言う、みなしスティールが多いわね。でも私はそんなことはしない。ちゃんと盗んだわ」
彼女が指を鳴らすと、後ろからもう一人の男性が現れた。
「彼のこころを盗んだわ。これが私のサムシング・スティールよ」
「じゃあ、その人も式の間中後ろに立ってるんですか!?」
「そうよ。新郎含めて三人は、なかなかゴージャスでしょ?」
「そう言う式じゃないでしょ!? ホストクラブですか!?」
「シャンパンタワーもするわ」
「コールは」
「もちろんするわよ」
「ドンペリは」
「どんどん入れて」
「指名は?」
「出来るわ」
「おかしいでしょ!? 結婚式で指名って誰を指名するんですか!?」
「新郎かニューかスティールが選べるわ。テーブルに呼べるわ」
「だから新郎以外は主役じゃないですから!」
「ヘビーは、後ろに引き摺ってる、鉄アレイの数々よ」
「どんだけ脚力あるんですか!?」
「ゴリラの握力の二倍くらいよ」
「なるほ……どれないです! 分かりずらっ! なんでまた鉄アレイなんですか?」
「青春の香りがするから、かな」
「そこは世界最高じゃないんですか!?」
「世界最高の重さでは、動けなくなってしまうから、精神で測ったの」
「一体どう言う青春をしていたら鉄アレイが青春になるんです!?」
「毎日、作ってたのよ。若い日の仕事は鉄アレイ作り」
「スポーツ根性ではなくて、製作者的青春!?」
「そうよ。中でも『麒麟丸』は最高傑作だから、今日こそはと引いて来たわ」
「最高傑作、引き摺っちゃうんですか!?」
「あ」
「今気付かないで! でも気付いたなら、そっちのサバを持ってない方の彼に持たせて!」
「でも合わせて300kgはあるから、彼一人じゃ無理ね。いいわ、引き摺る」
「最後のライトはなんなんですか?」
「目の前にながーいヒモが天に向かって伸びているのにはお気付き?」
「はい。気にはなってましたが、見ても上の方は見えません」
「そこに、風船が付いてるのよ。サバの風船よ」
「どうしてサバ!? 推し過ぎじゃないですか!? そして紐長すぎでしょ!」
「サバが飛んだらいいなって願望よ。紐の長さが軽さの強さ。だからこれは世界一を狙ったものよ」
「サバラバーは分かりました。これで全部ですよね」
「そうよ」
軽いかるいため息を二人で同時につく。
「さて、何を貸しましょうか」
「もう借りたわ」
「何をです?」
「ツッコミを借りたの。これから結婚式でギャンギャン新郎にツッコむわ。つまり、私がツッコむことで私のサムシング・セブンは完成する。最初はあなた自身を借りて結婚式をしようかと思っていたけど、そうじゃない形が見えたから、私がツッコむことにする」
彼女はそう言い残して二人の男性をお供に、左手にクリスタル・スカルを抱えつつ、鉄アレイとクーラーボックスを壮大な音をさせて引き摺りながら、去っていった。
あの彼女がツッコむ側に回ると言う相手の、新郎は一体どんな人なのだろう。彼女に輪をかけてエキセントリックなのかも知れない。僕は何も貸せるものがないと思っていたが、ツッコむ行動そのものが貸すに値するものだったのは、新鮮な発見だ。サムシングを全部揃えたなら、きっと幸せになって欲しいと思う。彼女の後ろに立つ三人目として、新郎にツッコむ羽目にならなくて、本当によかった。
※本当はサムシング・フォーです。
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