二人目 芥川龍次郎

 暫く一瞥の人が通り過ぎるのをただ見守る時間。汗が出る出る。白衣なんて着なければよかった。

 詰め襟の学生が近付いて来た。

「高校生はいかがですか?」

「頂きましょう、って売り物ですか!」

「じゃあ、お願いします」

「でも、何で制服なんですか? 今日は日曜日ですよ。試合とかですか?」

「いや、大事な用があったんで」

「じゃあ何で下は短パンなんです? バランスおかしいでしょ」

「暑かったんで機能重視で」

「見栄え重視か機能重視か統一しましょう。で、用事は短パンでいいやつなんですか?」

「告白を」

「むしろ制服のフォーマル感の方がそぐわない。葬式とか結婚式かと思いましたよ。だとしても短パンはおかしいですけどね。何よりそのチグハグさを何で告白に持ってこようと思ったんですか?」

「彼女に最もふさわしい格好がそれだと思ったからです」

「下半身ラフで上半身正装がふさわしい女性ってどんな人ですか。頭寒足熱? あ、逆か。 現代の人魚? 想像が出来ない」

「話せば長くなりますが」

「それをとことん聞くために私が居ます」

「彼女はセーラー服なのですけど、他のみんなが下にジャージを穿くのに彼女だけは脚を出しているんです。彼女と釣り合いの取れた男になるには脚を出さねば。これが僕が足を出した理由です」

「スカートは足を出すのがデフォルトです! 男子は出さない! 見かけだけ揃えてもバランスは取れませんから。男女の釣り合いもそこじゃないですから。さらに言えば今は夏! 詰め襟じゃなくてワイシャツでしょ、上は」

「それで短パンだと、ただの『妙な夏の格好』になってしまいます」

「今の格好も十分妙です。しかも革靴ですし」

「彼女がそうだから」

「統一感は相手とじゃなくて自分の中で取って下さい。それで、その告白のことが今回の相談と言うことですか?」

 学生は深く頷く。

「そうなんです。今さっき、フラれたんですけど、二の矢を放ちたいんです」

「どんな感じだったんですか?」

「西郷さんの前に呼び出して」

「その場所に真剣さもロマンティックさもないですね」

「何かの集合場所なのか人がうじゃうじゃ居て、見付けるのが大変でした」

「場所の選択! 流石に移動したんですよね」

「いや、その場所で」

「何でだよ! 人混みの中で告白って、自ら晒し者じゃないですか」

「全員が証人です」

「勝ち戦前提?」

「彼女は長いワンピースを着て麦わら帽子で西郷さんの前に立っていました」

「その光景は美しいけど、彼女に合わせた制服は!? 私服の女性の前に、上だけ詰め襟の男性って、シュール過ぎるでしょ。いや、彼女が制服でも十分おかしいですけど」

「僕を見付けた彼女は、その後ずっと目を逸らしてました」

「心中お察し出来過ぎる」

「でも、他の人はずっと僕を見てました」

「そりゃ見るでしょう」

「僕は力を貰いました。見てくれる人達に手を振りながら彼女に歩み寄ります」

「その姿を目の端で見てる彼女の立場になってくれ」

「衆目の中、僕は彼女に言いました『付き合って下さい』」

「心臓の毛が剛毛過ぎる」

「『来た私が馬鹿だった。付き合いません。絶対』」

「納得の一言ですよ!」

「シチュエーションが悪かったのかも知れません。次は必ず」

 僕はかぶりを振る。

「ポジティブ過ぎません? 希望は完全に断たれてませんか、彼女の言葉で」

「希望は諦めたときに初めて絶望になるんです」

「個人の中ではね。他の人が絡む場合は相手から渡された絶望を受け止めて下さい。で、これまではどのようにアプローチして来たんですか?」

 学生はちょっと考える。

「高校一年生の夏だから、去年の夏休みに、図書館でたまたま見かけたのが恋の始まりでした」

「なるほど」

「それで、夏休みが終わって初日に、彼女のためにお弁当を作ったんです」

「いきなり?」

「カレー弁当です。下にカレーを入れて、上が白いごはんなので、蓋を開けた瞬間はただの白飯弁当に見えます」

「インパクトはあるけど、恋の弁当の選択じゃないですよ」

「だって前の日の晩ご飯がカレーだったから」

「そもそも作ってない! 詰めただけ! お母さんの味!」

「彼女は渡されて戸惑って、蓋を開けてさらに戸惑って、『意図が分からない』と返されました。美味しかったです」

「お母さんありがとう、って、せめて彼女に説明しましょうよ」

「そんな勇気はないです」

「そんなものを渡した太い勇気があるでしょう! 弁当の構造くらい伝えないと、不信感だけになってますよ」

「お弁当は定番だと思ったんですけど」

「女の子ならね。それだとしてもほぼ告白と同義です。それが奇妙な行動になってしまってます」

「次には、モノよりコトだと思って、券をあげました」

「券?」

「ほら、子供の頃お父さんに『肩たたき券』あげたでしょ? この前久しぶりにお父さんにあげたら『今、社内でリストラが進んでてな』って遠い目をして返されました」

「そのタイミングでは確かに欲しくない。で、彼女には何を?」

「その『肩たたき券』を流用しました」

「流用しちゃダメ! 恋があるならオリジナルをあげて!」

「彼女には『体に触れられるのはちょっと』って返されました。それで、『荷物持ち券』を作ったら『物に触れられるのもちょっと』って」

「その時点で避けられ始めてるのに気付こう」

「最終的に、『僕が向こうに行く券』をあげました」

「ニーズには合ってるけど、完全にアウトだろ、その恋」

「アイドルって、きっと声援が嬉しいと思うんです」

「やってることを応援されるのは嬉しいでしょうし、ある意味存在の証明みたいなものですし」

「だから、次に彼女に声援を送ることにしたんです。部活の応援です」

「やっと真っ当なことですね」

「でも、吹奏楽部なんです。音が混ざって、つまみ出されました」

「ここまで純粋な邪魔者ってのもなかなかないですよ」

「でもいいこともあります。彼女が『どうしてあんなことしたの?』と問うので、『今度の日曜日に西郷さんの前で説明しよう』と伝えて、今日になった訳です」

「騙して呼び出したんじゃないですか!」

「そして今、です」

 二人で、ふう、と息をつく。

「あなたの恋心が強烈であることは分かりました。でも、現状としては彼女にはフラれていますよね」

「それは認めざるを得ません」

「大人しく引き下がるのでなければ、アプローチを変えましょう。オリジナリティのあるやり方をしていますので、きっとコンセプトさえ間違わなければ、ユニークでインパクトのあることが出来ると思います」

「と言うと」

「今までは、如何に自分の気持ちを伝えるか、を主眼にしていました。でも、これからは、どうやったら彼女が喜ぶか、を中心に据えてやってみて下さい。それでもダメなら、ちゃんと諦めて下さい」

「分かりました。やってみます」

 うん。とお互いに頷く。

「最後に、詰め襟、脱いだらどうですか? 最早ただ暑いだけでしょう」

「そうですね」

 脱いだら下には何も着ていない。その胸に「愛」とマーカーで書いてある。

「何でだよ!?」

「告白に成功したら、ブワッと脱いで見せるつもりでした」

「悲鳴が聞こえる! どんな告白でも打ち消しになるわ」

 学生は脱いだ詰め襟を肩にかけて、では、と言って帰って行った。無事に家に着けるといいな。



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