第15話 幼馴染イベント【喫茶店編】

「偶然よ、偶然。ちょっと喉が渇いたから寄ってみただけ。断じてお昼にあんたを探してたら絢香と一緒にいるのを見かけて、様子見に後をつけてた訳じゃないんだから、勘違いしないでよねっ!」

「全部言っちゃってるから! 勘違いする要素が完璧に残ってないから!」

「完璧だなんて……そんな……」

「都合のいい単語だけ切り取って悦に浸るのを止めろ!」


 何となく察してはいたが、こいつ……ポンコツ女神と同類だな?

 名付けてポンコツインテールと言ったところか。


「それで、どうして俺の後をつけてきたんだ?」

「べ、別に用事なんてないんだからっ!」

「用もなく尾行するな! お前はストーカーか⁉」

「う〜ん……ま、あながち間違いでもないかな……」

「間違いであって⁉︎ 幼馴染のストーカーなんて、いつからなのか気になるすぎるから」

「……前世?」

「そんな因縁を出したらジャンル変わるからぁぁぁぁ!」


 前世からのストーカーとか、ヤンデレまっしぐらじゃないか。

 俺は病まない程度に、健全にイチャイチャしたいの!


「冗談はさておいて」

「どこからが冗談だったんだよ⁉」

「やあねえ、一々細かいことを気にしていたら……死ぬわよ?」

「お前は何が何でも殺伐としたストーリーへ導こうというのかっ!」

「あんたの返答次第では止む無しってとこかしら」

「俺は今から何を問われるんだ……」

「心して聞いてね? 事は一刻を争うの」

「恐怖を煽るの止めて⁉」


 俺が何をしたって言うんだ! むしろ何もしないように気を付けている筈だぞ!


「実はね……」


 神妙な面持ちで語ろうとする玲奈につられて、思わず身体が強張った。

 やけに心臓の拍動が大きく聞こえる。

 ええい、煮るなり焼くなり好きにしやがれっ!


「――旅行の件、早く決めないといけないの」

「……はい?」

「だから、昨日約束したでしょ? 一緒に旅行してくれるって」


 確かに、泣き喚く玲奈を宥める為にそんなことを言ったような……

 え、それでイベントフラグ立っちゃったの? 回収速度早すぎない?

 というか、普通は主人公がフラグを回収するよね。イベントの決定権がヒロインにあるってヤバくないか? 簡単に攻略されちゃうよ俺。


「で、どうする? ゴールデンウィークに行くとして、場所を決めないとホテルが埋まっちゃうかもしれないから……」

「待て待て待て待て!」

「どうかした? あ、もっと早い方がよかった? 確かに土日でもいいけど、あんまり遠出は出来なくなるわね」

「ちっがぁぁぁぁう!」


 あまりの展開の早さと突っ込みどころの多さにパンク寸前である。

 こいつ、本気で俺を攻略しに来てやがる。


「まず第一に、どうして泊まり前提なんだよ」

「え、旅行なんだから当然じゃない」


 心底訳が分からないという表情をされてしまった。

 ……そうか、玲奈はお嬢様設定だった。セレブには『日帰り旅行』なんて概念は存在しないのだろう。

 幼馴染金髪ツインテお嬢様とか完全にテンプレキャラだけど、今はその設定が憎いっ!


「そ、それにしても年頃の男女が外泊なんて、両親が反対するだろ?」

「二人とも、洸と行くって言ったら嬉しそうにしてたわよ?」


 ガッテム!

 幼馴染の両親から異常に信頼されてるテンプレ設定も憎いっ!


「でもでもっ」

「ねぇ」


 必死に抵抗しようとする俺を遮った玲奈は、真剣な瞳でこちらを見据えたままに、


「洸はさ、あたしと旅行……行きたくないの? やっぱり昨日のは嘘だったの?」


 ――ほんの少しだけ声を震えさせて、問う。

 俺の真意を。


 そんなの……行きたいに決まっているだろうがっ!

 美少女と二人で旅行なんて最高のイベントじゃないか!

 けどそうしたら完璧にアウトなんだよ!

 文句なしにルート確定だよ! それどころかレーティングの壁も超えちゃうよ!

 まだ十六歳の俺が十八禁展開を繰り広げる訳にはいかないんだよっ!


 だから、頭をフル回転させる。考えろ、考えるんだ俺。

 玲奈を傷つけずにこの場を乗り切る方法を。


 ――その時、日下部洸に電流走る!


「玲奈、聞いてくれ」

「……洸?」

「お前と旅行に行きたいってのは本当だ。断じて嘘じゃない」

「だったら……」

「けど、二人きりはまだ早い」

「どうしてっ⁉」

「なぜなら俺は、二人で行く初めての旅行は新婚旅行と決めているんだっ!」


 天高く拳を掲げ、力強く宣言する。

 完璧だ。一分の隙も無い完全無欠の論理である。

 流石にこう言われてしまっては無理に誘えまいっ!


「だからっ――」

「わかった。あたし、わかったよ洸」

「分かってくれたか!」

「うん。あんたの気持ち、ちゃんと受け取った!」

「そうか!」


 何だかんだ言って、流石は幼馴染である。付き合いが長いだけじゃない。

 良き理解者である彼女に、今は感謝を示そうじゃないか。


「それじゃ、一緒に市役所行こ?」

「……うん?」


 市役所? ホッワーイ?


「洸はまだ十八歳じゃないけど、パパの権力で何とかしてもらうから。だから、素敵な新婚旅行にしようね?」


 言うや否や、覚悟の決まった顔で俺の手を引き店から出ようとする。


「ちょっと待ってぇぇぇぇ! お願いだから俺の話を聞いてぇぇぇぇ!」

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