第9話 選択肢、時々女神。そのに!
『……で?』
お、久しぶりだな女神。午前中はひっきりなしに声を聴いていたから、数時間振りでも懐かしく感じるぞ。
『こっちはずっと見ていたから、そんな風には思わない……じゃなくて! どういうつもりよ! 何してるのよ! 何を考えてるのよぉぉぉぉ!』
何って、見ていたなら分かってるだろ?
『どこの世界に、ギャルゲーの世界でギャルゲーをプレイする主人公がいるかぁぁぁぁ!』
激高した女神の叫び声が脳内で反響する。
落ち着けよ、血圧上がるぞ?
『そう思うなら、大人しく女の子と遊んでよぉ! 家でギャルゲーやってないでさぁ!』
などという会話が繰り広げられている現在地は日下部家の一室……というか自室である。
そして俺は女神の説明通り、帰りがてら購入したゲームを、ギャルゲーをプレイ中だ。いやー、まさか存在しているとは思わなくて、ついつい手が伸びてしまったよね。
『よね、じゃなくてぇ! 選択肢は⁉︎ 女の子は⁉︎』
……いつから選択肢が三つだと錯覚していた?
『自分で言ってたよね⁉︎ 提示された三つの選択肢って言ってたよね⁉︎』
確かに、選ぶべき道は……女の子は三人いた。
けれど、光に対して闇が生まれるように。選択肢が与えらても、それらを選ばないという負の一面が……
『そんな回りくどくてカッコつけようとした台詞を聞きたいんじゃないの! せっかくみんな可愛いんだよ⁉︎ 女の子とイチャイチャしようよ!』
はいはい、それじゃまずは先輩から……
『ゲームの話じゃなくってね⁉︎』
おあつらえ向きにシーン選択画面だったゲームで、先輩アイコンにマウスポインターを合わせたものの、どうやら納得いかないご様子である。
俺がギャルゲーをするのがそんなに不満なのだろうか?
『不満も不満、大不満よ! せっかくギャルゲー世界に来たんだから、イチャコラせっせと楽しもうよ、ゲームじゃなくてリアルで!』
これが今後の生活に必要不可欠なことだとしても?
『……どういうこと?』
俺の意味深な言葉を耳にして、語気を弱める女神。
やはり、こいつは分かっていないようだ。
いいか女神よ、ギャルゲーとは基本的に女の子の可愛さを堪能するゲームだ!
『まあそうでしょうね』
そして何の因果か、突然俺はその主人公になった!
『因果というか、日々ギャルゲーをしていたから選んだの。当然の帰結よ』
しかしだ! ギャルゲーマニアと言えども俺は所詮ただの萌え豚! 女の子に注目してばかりで、主人公については注視していなかった!
『はっ⁉︎ ……つまり』
気付いたようだな。そう、何を隠そう俺がプレイしているのは主人公の行動がかっこ良すぎることで名高いゲーム!
つまり俺は今、主人公力を磨いているのだ! モテモテ生活を謳歌するために!
『なんて向上心……これがギャルゲーマスターの真髄だというの?』
ふっ、見くびっていたようだな。
『悔しいけれど、あなたのことを認めざるを得ないようね……、わかったわ。思う存分にギャルゲーをプレイしなさい……ってならないからね⁉』
何故だ! お前は頼りない貧弱主人公が主人公という理由だけでモテるギャルゲーで良いというのか! そんな毒にも薬にもならない、ユーザーにカタルシスを与えられない作品でいいと言うのか!
『うん』
即答だった。
これ以上なく簡潔に、口を挟む余地がないほど端的に。
それ故に、完璧な肯定だった。
『真面目ぶってももう遅いってのはさておき、本当にこれでいいと思ってるの? それとも、やっぱり引きこもりのドクソキモオタ童貞には荷が重かった?』
めっちゃ刺してくる。
ここぞとばかりに、言葉の刃を振りかざしてくる。
『私だってね、過去に女の子との強烈なトラウマがあって引きこもりになったような人に、とやかくは言えない。けれど、あなたは違うでしょ? 学校でラノベを読んでいたら、『うっわ、オタクキモっ』ってディスられただけじゃない』
だけじゃねーよ! 俺にとっては強烈なトラウマだよ! 引きこもるに足る理由だよ!
『そんなドクソのあなたにとって、この世界は一生に一度も無いチャンスなんだよ?』
せめて『一生に一度あるかないか』にしてぇ!
けれど、女神の言葉は最もだ。こんな引きこもりのキモオタ童貞な俺が……
『ドクソが抜けてるわよ?』
わざと抜いたんだからちょっと黙ってろ!
……とにかく、そんな俺がこんなにも女の子、しかも超絶可愛い子たちと触れ合える機会なんて、最初で最後だろう。
しかし! だからこそ! 一人に絞るなんて惜しいじゃないか! せっかくのモテモテ人生なんだ! 存分に謳歌したいというのは当然だろ!
『……どうしても?』
どうしても、だ。
『そう……あなたが断固として攻略を開始しないと言うのであれば、こっちにだって考えがあるんだからね! 後で後悔したって遅いんだからっ、ふーんだ!』
後で後悔って誤用なんだからっ! と伝えるより早く、音声が切断される。展開がワンパターン過ぎやしないだろうか?
けどま、売り言葉に買い言葉で色々と難癖つけてはいるが、女神の言い分も理解はしているつもりだ。
仕事である以上、早くクリアして欲しかったり、好みの女の子を選んでイチャイチャするだけなのに、何を躊躇う必要があるのかってのは当然の批判だろう。
でも仕方がないじゃないか。
めちゃ可愛い妹と幼馴染と委員長と仲良く出来る夢のような世界なのだから。
口うるさい女神と口論出来るこの世界が、元の世界なんて比較するのが馬鹿らしいくらいに心地いいのだから。
――ずっと居たいって想うには、十分すぎる理由じゃないか?
『うっわ恥ず! これは聞かされる方も恥ずかしい。あ、こっちの声を届かなくしても、そっちのモノローグは筒抜けなだけなんだからっ! 不可抗力なんだから、勘違いしないでよねっ⁉︎』
……前言撤回。
この女神だけは、ドクソだ。
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