第18話 妹イベント【帰宅編】

 玲奈を家まで送ってから帰宅した頃には既に日が沈んでいた。リビングには電気が点いているので、唯は先に帰っているのだろう。


「ただいま~」


 玄関を開けてそう言ったものの返事はない。夕食の準備に集中しているのかな?

 深く考えずにリビングへ向かって廊下を歩く。その途中で、


 ――ガチャ。


 と後ろのドアが開く音が聞こえた。突然のことに驚いて振り向くと……


「おかえりなさい、兄さん!」

「うわッ⁉」


 脱衣所から飛び出してきた唯がそのままの勢いで抱き着いてきた。全体重がかけられた抱擁を支えきれず、俺は廊下に倒れこむ。後頭部から。


「痛あッ⁉」

「あっ……ごめんなさい! 大丈夫ですか⁉」


 ああ……星が見える。あれがデネブ、アルタイル、ベガ♪ 君は指差す夏の大三角♪


「兄さん⁉ 気を確かに持ってください!」

「ハッ⁉ 俺は一体なにを……?」

「急に歌いだしたからビックリしましたよ? 何を見ていたんですか?」

「この世のものとは思えない程に美しい星空を……見て……」


 徐々に混乱状態から回復してきたと思った矢先に、視界に映った光景で再度混乱状態に陥る。これは不可抗力だ。キモオタ童貞の眼前に中学生らしからぬたわわな双丘をセットされて、正気を保てるわけが無かろうがッ!

 そして最大の問題は唯の格好である。


「な、なんでバスタオル姿なんだよッ! 服を着ろ服を!」

「ちょうどシャワーを浴び終わったタイミングで帰ってくるのがいけないんですよ? 妹として兄さんをお出迎えしない訳にはいきませんから、これは当然の帰結なんです!」


 そうかなぁ? 言われてみればそうかもしれないなぁ。


「って、誤魔化されないからな⁉ あたかも俺の責任みたいに言うな!」


 いかん、どうにもおっぱいのせいで思考が乱される。それに騎乗……馬乗りの体勢や濡れた髪、なにより唯の色っぽい表情がどうしようもなくエロいッ!


「ぶぅ~、兄さんはこういうの嫌いなんです?」


 大好物です! ほっぺを膨らませて不機嫌そうにするあざとらしさもグッド! 滅茶苦茶かわいい! しかし、こんなことを日常的に実行されては即KOだ。判定勝負までもつれ込ませることなんて夢物語。故に心を鬼にして、嫌いと断言するしかないッ!


「大好きだ!」


 ああああああああああ⁉ 本能の暴走が抑え切れなかった!


「……えっち」


 この状況でえっちはどっちかって、こっちよりそっちだから! 少しだけ結○リトの気持ちが分かった気がする。お前も大変だったんだな。


「でも、兄さんがどうしてもって言うなら……いいですよ?」


 何が⁉ 準備万端ってこと? どんと来いなの? 俺としてはdon’t恋だよ? 何言ってんの俺。


「……唯」

「は、はい!」


 むき出しの肩を両手でしっかりと掴む。俺の意識に反して動かないように、力を込めて。

 あまりの真剣さに気圧されたのか、唯も一瞬だけ身体をびくっとさせてから居住まいを正した。衣装は全く正しくないけれども。


「確かにお風呂上がりのバスタオル姿ってのは男の夢だ。この瞬間、俺の夢は叶ったと言っても過言ではない!」

「流石に過言だと思いますよ?」

「しかし……しかしだ! 夢が夢たるのは手が届かないからこそ! それが日常化してしまえば価値の下落は避けられないッ!」


 慣れというのは恐ろしいものだ。どれだけ美味しい料理も食べ続ければ飽きが来るように、刺激的なシチュエーションも使い続ければ日々のワンシーンに溶け込んでしまう。その前に俺の理性が溶けてなくなるだろうけど。


「だから、こういうのはここぞって時にだけ使うようにするんだ。むしろそっちの方が萌える!」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなの!」


 我ながら支離滅裂な説得なのは重々承知しているが、それもこれも視線を釘付けにする楽園パラダイスが悪い。断じて俺の頭が悪い訳ではない。断じて!


「……ちなみに、具体的にはどれくらいの頻度がベストなんです?」

「う~ん、月に一回くらい?」

「ちょっと少なくないですか?」

「そんなことはない! レアリティと破壊力は往々にして比例関係にあるんだ! むしろもっと回数を減らした方が必殺の一撃となるッ!」

「……必殺」


 脊髄反射的に訳の分からない言葉を発しているのだが、『必殺』という単語に唯は食いついた。


「わかりました。この格好でのお出迎えは控えるようにします」

「唯ならわかってくれると思っていたよ」

「あっ……」


 最大の危機を回避した嬉しさから、無意識に義妹の頭を撫でる。唯はくすぐったそうにしながらも、俺の行為を大人しく受け入れていた。


「兄さんは……本当に兄さんみたいですね」


 ぽつりと、零れ出した言葉に心臓を掴まれる感覚がした。


「何当たり前のこと言ってるんだよ」


 正答を持たない俺は当たり障りのない台詞しか吐けなくて。


「あはは、変なこと言ってごめんなさい。さて、お腹も空きましたし晩御飯の準備を――」


 いそいそと唯が立ち上がろうとした時、彼女の頭から離れた俺の手が『何か』に引っ掛かった。はらりと、その『何か』は床へと舞い落ち、結果として一糸まとわぬ姿となった唯が――


「き、きゃああああああああああああああああ!」

「ぐぼぁ⁉」


 色々と視認するよりも早く、見事な右ストレートが顔面にクリーンヒットする。その勢いで再度後頭部を強打。そして展開される美しい星空。

 やっと見つけた織姫様♪ だけどどこだろう彦星様♪ これじゃひとりぼっち♪


「兄さん⁉ ひとりぼっちじゃないですから! わたしはここにいますから! 戻ってきて下さい、にいさああああああああん!」

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異世界召喚でギャルゲー主人公になりました! 華咲薫 @Kaoru_Hanasaki

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