第16話 委&幼イベント【喫茶店編】

「それで、どうしてあんなに喚き散らかしていたの?」


 あわや店外に引きずり出されるといったタイミングで、断末魔を聞きつけた鷲見によって俺たちは店内に戻された。あのまま外に出ていたら食い逃げならぬ注文逃げで、二度とこの喫茶店に来られなくなるところだったな。あ、養豚場だったっけ。


「……絢香には関係ないわよ」

「店内であれだけ騒がれて、はいそうですか、とは言えないわね」

「あんたには迷惑かけてないでしょ! 謝罪なら店長にするわよ!」


 明らかに自身に非がある状況でもこの高圧的な態度とは、流石と言わざるを得ない。しかし、この二人は初対面じゃないのか。そんなに接点はなかったはずだけれど。


「なぁ、鷲見と玲奈って知り合いなのか?」

「「――っ!」」


 何故か同時に息をのむ二人。特に変なことを聞いたつもりはないんだけど?


「あ、えっと、それは……」

「実は親同士が昔からの友人で、たまに交流があったのよ。ね、二階堂さん?」

「そ、そうそう! 本当なんだからねっ! 断じて今考えた――いたぁ⁉ 何するのよ、絢香!」

「あら、慌てて足をぶつけたのを人のせいにしないでもらえる?」

「よくもいけしゃあしゃあと……!」


 正に竜虎相打つといった様相で睨み合う二人。正直ものすごく嘘っぽいし、強烈な違和感を覚えるけれど、それが何なのかはハッキリしない。すごく単純なことを見逃している気がするんだがなぁ。


「はぁ……それで、旅行だっけ? 私個人の意見としても、高校生の男女二人旅はどうかと思うけれど」

「な……っ! ちゃっかり盗み聞きしてんじゃないわよ!」

「あれだけ大声で言い合ってたら、嫌でも耳に入ってくるでしょ? それこそ、耳栓でもしてないとね?」


 ギロリと俺を一瞥する。どうにも勝手に耳栓を外した件について、根に持っているご様子である。一応は鷲見を助けようとしたからなんだけれど、考慮してくれないかな。……くれないだろうなぁ。


「とにかく、あんたには関係ない! これはあたしと洸の問題だから!」

「う~ん、そう言われても、委員長として副委員長が困っている状況は見過ごせないというか……」


 ナイス委員長! 最高の援護射撃だ……って、あれ? なんかデジャヴュが……


「そこで提案があるんだけれど」


 雲行きさん? 今度こそは信じていいんですよね?


「その旅行に私も混ぜてくれないかな?」


 ちょえぇぇぇぇぇぇ⁉ 悪化したじゃねえか! 


「な、なななな、なにふざけたこと言ってんのよ! そんなのダメに決まってるじゃない!」

「そうかしら。妥協案としては妥当だと思うけど?」

「そんなこと言ったって騙されないから! 何だかんだ理由付けして、あんたも洸と出かけたいだけなんでしょ⁉」

「そうよ?」


 そうなの⁉


「でもね、二階堂さん。よく考えた方がいいわよ?」

「……何をよ」

「このまま駄々をこねて旅行自体を諦めるのか、私を連れてでも決行するのか。どちらがあなたの望む展開になり得るのか……ね」

「――っ!」

「それとも自信がないのかしら。私が帯同することで上手くいかなくなる可能性の方が――」

「……分かったわよ! あんたも連れてけばいいんでしょ!」

「ねぇ俺の意思は⁉」


 仮にも主人公なのに、全く関与しないままにイベントが進んでいく……


「あら、日下部君いたの? 声がしないから、てっきり帰ったとばかり」

「逃げられないよう椅子の前に立ちふさがっている人の台詞とは思えないんですけど⁉」

「いくら目の前にスカートがあるからって、そんなに興奮しないで? 流石にちょっと……恥ずかしいから」

「今さらしおらしいキャラに戻ろうとするな! もう手遅れだよ! 完全にキャラ崩壊済みだよ!」

「や~い、絢香のば~か!」

「お前は徹底して立ち振る舞いが幼いな」

「……えへへぇ」

「だから褒めてないっ!」


 何故だ。どうして俺の思う方向に話が進まないんだ。まさか……これがギャルゲー主人公の宿命だというのか……っ! 女の子が主軸となり、男主人公は添えるだけなのか!


「それで、行き先なんだけど……」


 いかんっ、具体的な内容に踏み込み始めた。流れに身を任せるんじゃない、俺! このままでは女神の思惑通り、誰かとのエンディングまっしぐらだ。


「二人とも待って――」

「ねえ、日下部君」


 制止しようとした俺に鷲見が言葉をかぶせてくる。一瞬誰のものか分からない程に、感情を消した声で。


「あなたが本当に、心から私たちとの旅行を望んでいないのなら無理強いはしない」

「――なっ、何言ってんの⁉」

「二階堂さんは黙っていて」


 鷲見の勝手な言い分に玲奈は反論しようとするが、それすらも封じられてしまう。それほどに、委員長の様子は真に迫っていて。


「煩わしいと感じているのなら、ここではっきりと言って欲しいの。そうすれば私はあなたに金輪際近寄らない。副委員長も他の人に代わってもらうわ」

「それは流石に……」

「それくらい真剣なのよ。私も、二階堂さんも」


 鷲見の言葉に、玲奈も黙ってこくりと頷く。彼女たちにはさっきまでのふざけた様子は欠片もない。覚悟を持って、俺に問いを投げ掛けてきている。


 ――ヒロインとして、選ばれる可能性はあるのかと。


「俺は……」


 フラグを折るのは簡単だ。『行かない』と、否定するだけ。それだけでこの二人のルートは閉ざされる。

 けれど、それで良いのだろうか。その先に待っているのは、元の世界の俺と同じ状況でしかない。

――ひそかに恋をしていた女の子にキモがられて、引きこもりになった俺と。


『変わりたくないの?』


 聞こえないはずの女神の声がこだまする。変わりたくないかだって? そんなの決まっている。けれど、根を張った記憶は、感情は、簡単には消えてくれない。本気になって裏切られるなら、適度にイチャイチャする方がいいに決まっているじゃないか。


『大丈夫だよ』


 ……何がだよ。


『だって、あなたはギャルゲーの主人公だから』


 どういう理屈だ。


『誰を選んだとしても、完全無欠のハッピーエンドが待ってるから。だから今は、一歩だけ踏み出そう?』


 滅茶苦茶な理論だ。バッドエンドマシマシのゲームだってあるんだからな?

 ……けれど、一理あるか。動かなければ何も変わらない。こいつ、女神よりよっぽど女神らしいじゃないか。


『名実ともに女神ですから』


 言ってろ。


『それじゃ、後は頑張ってね』


 幻聴は励ましの言葉を残して聞こえなくなる。あいつの声で再生されていた台詞の数々が妄想の産物だとすると、俺もかなりヤバい奴だ。だが不思議と、頭の中はすっきりとしていた。

 そして、真摯なまなざしを向けてくれる二人を真っ向から見据える。

 彼女たちの覚悟に、俺の覚悟を伝えるために。


「俺は――」

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