第4話 幼馴染、時々女神。

「玲奈さ、もう少し唯と仲良くできないか?」

「仕方ないじゃない。向こうから喧嘩売ってくるんだもん。年下のくせに~!」

「だから年上として大人の対応をだな……」


 隣を歩く幼馴染に苦言を呈しながら、学園の門を通り抜ける。

 中等部の入口は数十メートル手前にあり、そこで唯とは別れた。『放課後の件はまた連絡くださいね!』という火種を残して。

 その後、まんまと引火して爆発した玲奈を宥め、ようやく今に至る。


「大体、あんたが甘やかしすぎなんじゃないの? それで心も身体もわがままに育ったんでしょ」

「その理屈だと、お前も同じように成長しそうなんだがな」

「なっ……どこ見て言ってんのよ!」

「ネタ振りしてきたのはそっちだからな?」

「うう~」


 玲奈は自身の身体を守るように抱きかかえ、恨みがましい視線を向けてくる。

 その行動含めて外見も性格も、清々しいほどに王道ど真ん中。

 けれど王道には王道たる所以があることを、現在進行形で身をもって痛感した。

 だってすげー萌えるよ? 事あるごとにふりふり揺れる金髪ツインテールも、強気なのに打たれ弱くて、ころころ変わる表情も最高だよ?


『いや~いい目してるね、お兄さん! 今ならなんとこのヒロイン、一押しでコロッと堕ちちゃうよ! チョロインだよ!』


 お前はもう少し萌えについて勉強してきやがれ。八百屋の店主みたいな売り文句で、俺の気が変わると思っているのか。


『あなたも大概失礼でわがままよね』


 そんな特大ブーメランを投げて大丈夫か? 受けきれずに切り裂かれるぞ?


『へへ~ん! 女神は不死身だも~ん!』


 くっそ、したり顔が目に浮かぶ。まあどうでもいいけれど。


『どうでもいい⁉』


 それよりも玄関横に出来ている人だかりの方が重要だ。


『それよりも⁉ 女神内でもまあまあ可愛いと噂されていそうな私よりも⁉』


 今日は春の始業式。ギャルゲーの『最初から始める』におあつらえ向きな、二年生開始の日である。


『うわぁぁぁぁん! 無視するぅぅぅぅ!』


 女神ポンコツが泣き喚き始めたかと思えば、ぶつりと切断音がして大人しくなる。

 ……マイク説が濃厚になってきたな。


「……同じクラスでありますように」

「玲奈、何か言ったか?」

「な、なんでもない! ほら、クラス分け見に行くわよ!」


 顔を赤らめて、照れ隠しとばかりに俺の手を引き人の群れへと特攻する。

 ――クラス替え。一年に一回開催される究極のビッグイベント。

 特に俺たちが迎える二年生は修学旅行が含まれるスペシャルな学年。

 ここで別のクラスになろうものなら、サブヒロインへの降格を通告されたも同義だろう。

 だからこそ玲奈は祈り、俺は楽観する。

 だって、ここはギャルゲーの世界だから。

 ツンデレ金髪ツインテールの幼馴染なんてヒロイン属性の塊が、サブヒロインの枠に収まりきるはずがない。


「えっと……あ、あった! あたしC組だ! ね、洸はどうだった?」

「……ああ、見つけたぞ」


 二年……A組の欄に。


******


「うわぁぁぁぁん!」

「ほら、いい加減泣き止めよ」

「だって、だってぇぇぇぇ!」


 俺のクラスを聞くや否や、玲奈は変わるはずのない掲示を数回……もしかしたら数十回、繰り返し繰り返し見直して、けれどそれがどうしようもない現実だと受け止めると、地面に座り込んで泣き始めてしまった。

 大声で、人目を憚らずに。


「楽しみにしてたんだよ~。一緒に修学旅行に行って、一緒に同じところ回って、一緒にご飯食べて、一緒に寝て!」

「いや、最後のは同じクラスでも無理だけどな?」

「それなのに、それなのに~~~~」


 突っ込みが聞こえない程に、玲奈は本気で悲しんでいる。

 その想いの深さが、強さが、ダイレクトに伝わってきて。


「そんなに気にすることないって」

「どうして洸はそんなこと言うの⁉ あたしが居なくても平気だって言うの⁉」

「だって、旅行なんていつでも行ける」

「……え?」


 だったら、応えない訳にはいかないじゃないか。


「確かに修学旅行は無理かもしれないけどさ。行こうぜ、旅行。玲奈の好きな場所に」

「……ほんとに?」

「ああ」

「ほんとのほんとに?」

「本当だって。だから、とりあえず教室行こう、な?」

「……わかった。ありがとう、洸」


 玲奈は消え入りそうな声で、けれど確かに感謝を口にする。

 どういたしまして、と返すより前に彼女がさらにボリュームを下げて、続ける。

 

「やっぱり、洸はやさしいなぁ。……好きだなぁ」


 その言葉に、単語に、俺の心はちくりと痛みを覚えた。

 やっぱり、という一言に。

 彼女が、彼女たちが以前から好意を向けている日下部洸は、果たして本当に俺なのだろうか、と。

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