第2章 共通ルート

第11話 委員長イベント【食堂編】

「で、どういうことだよ?」


 正面でうどんをすすりながら、怪訝さを露にして湊が問い掛けてくる。

 対する俺はそばをすすりながら、これまた不快の意を隠さずに応える。


「どうもこうも、まずは主語をはっきりとさせろ。誰も彼もが自分の意思をくみ取ってくれるなんて思い上がるな」


 そんなことができるのは女神だけで十分だ。

 などとくだらないやり取りを交わしている場所は食堂の一角。昼時ということもあり、室内は老若男女……は問われているが、多くの学生でにぎわっている。こんな所を用意するよりも、まずは屋上だと思うけれど、そこんとこどうよ神。


 そう心の中で文句を言っても、神はもちろん、女の方の神も返事を寄越さない。女神の話は、『触れていなければ意思疎通できない説』はどうやら本当のようである。

 保健室での情事……もとい、事情の後、俺と女神は別々に教室へ戻り、それ以上は干渉することなく午前中の授業を終えた。


 予想外だったのは、転校生のお約束イベントである『休憩時間の質問攻め』が発生しなかったことだ。この世界にとってイレギュラーな存在だからか、自称女神を豪語する存在が常人にとってイレギュラーだからかは判断に窮するところではあったけれど。


 そんなこんなで昼休みを迎え、女の子との昼食イベント……『兄さん、お弁当渡すの忘れてたから来ちゃいました! 一緒に食べませんか?』とか、『ほら、あんたのお弁当! べ、別にわざわざ用意したんじゃないんだからっ! 作りすぎちゃっただけなんだからねっ!』とか、『日下部君、新しいレシピに挑戦してみたんだけれど、味見してくれない?』とかを楽しみにしていた俺に掛けられた声は、とても男らしい『おい、面かせや』というものだった。


 こんな経緯も相まって今現在、俺は心中穏やかではない。何故貴重な昼イベントを悪友に費やさねばならんのか。湊がその気ホモでも攻略しないからな! 俺はノーマルだ!


「とぼけるなって、女神ちゃんだよ。お前、初対面のリアクションじゃなかったよな?」

「……俺としては、既に女神なんて呼び方を受け入れている心理について、是非ともご教授願いたいが」

「それはほら、直観? 見た目が完璧に女神って感じだったし、自分でもそう呼んでくれって言うんだったら自他共に認めるって奴だろ⁉」

「……じゃあ、鷲見と初めて会ったときはどう思った?」

「もちろん、女神みたいに美しい娘だなって」


 想像通り……いや、評判通りの男だった。噂に違わぬ女たらしである。

 鷲見が可愛いのは事実だけれどな!


「ちなみに日下部君は私のこと、どう思ってるの?」 

「だから可愛いって言って……え?」


 反射的に言葉を発してから、やってしまった感が襲い掛かってくる。

 だって、かけられた声は明らかに女の子のものだったから。というか、その呼び方をするヒロインは一人しかいない。


 ただ現状を確認しない訳にもいかず、恐る恐る発信源の方へ顔を向ける。

 するとそこには予想通り、鷲見委員長がいらっしゃった。手には、女の子らしい控え目サイズのお弁当箱を持って。

 ……顔には、いいこと聞いたと言わんばっかりの笑みを浮かべて。


「そうなんだ。私のこと、可愛いと思ってくれてるんだ」

「あ、いや……その」


 面と向かって再確認なんてしないでぇ! それ拷問だから! 引きこもりオタクに対応できるレベルを遥かに超越しちゃってるから!


「……なんてね。ちょっとからかってみただけ。ごめんね?」


 両手を合わせて片目を閉じ、小さく舌を出して、いたずらっぽく笑う。フルコンボだドン! 何なの、狙いすまして俺を殺しに来ているとしか思えないんだけど⁉ 攻略する前に死んじゃうよ⁉

 悶々とする俺を他所にしつつも、鷲見は他所ではなく隣に腰かけて弁当箱を広げ始めた。つまり、この時間は委員長イベントということか。


 湊イベントではないことには胸を撫で下ろすが、同じクラスとは言え、ちょいと登場する女の子の比率に偏りがありませんかね? 神さぁ、ちゃんとバランス考えてる?

 もしくはここから、具体的には放課後から挽回されるのだろうか。


「それで、どうして私の話なんてしていたの?」

「あ、そうだった! 絢香ちゃんからも聞いてくれよ! 洸と女神ちゃんがどういう関係なのかって……」

「人間の屑……じゃなくて、湊君には話しかけてないんだけど?」


 鷲見さん⁉ はっきり言いきっちゃってますよ、人間の屑って! 隠せてないよ⁉ そして一点の曇りもない笑顔が逆に怖いんですけれど⁉

 鷲見にまでこんな対応をされるとは、湊の悪名高さを垣間以上に見せられてしまった。強烈な一撃を見舞われた湊は、机に突っ伏してしまっている。うどんに顔を突っ込まないあたり、三枚目キャラとしての自覚が不足していると言わざるを得ないが。

 しかし悪友ポジションの友人を無下にするのも忍びないので、上っ面だけでも心配しておく。


「おい、大丈夫か?」

「……はぁっ、はぁっ……いい」

「ほんとに大丈夫か⁉」

「安心しろ! 極上のエクスタシーを堪能しているだけだ!」

「そう言うなら安心できる台詞を吐いてくれませんかねぇ⁉」


 なんでこう俺の周りには変態しかいないかなぁ⁉


「日下部君、あなたの優しさは美徳だけど湊君……じゃなくて屑が移らないように気を付けてね?」

「屑って言い直しちゃった⁉ それもう悪意しかないよね⁉」

「……なんてね。ちょっとからかってみただけ」

「さっきと同じ言葉とは思えないからぁ!」


 口調も、表情も、言葉も完全に同一なのにこの差……鷲見絢香、恐ろしい子!


「そういう訳で」

「どういう訳で⁉ 今の流れで何かまとまった?」

「屑のことはさておいて」

「最早誤魔化そうとしない⁉」

「日下部君と女神さんの関係については、私も興味あるの」

「急に本筋に戻った! あと鷲見も女神って呼んでるのかよ⁉ 実はみんな、特性:適応力持ちなの?」

「私、ポ○モンは詳しくなくて……」

「ポケ○ンってタイトルが出てくる時点で分かってるよね?」

「タイプ一致技の威力が二倍になるなんて知らないの」

「十分すぎるから! むしろそれ以上の情報はないから!」


 というかこの世界にもあるのか、ポケモン。ギャルゲーの存在といい、さては神もなかなかにオタクだな?


「そういう訳で」

「あ、はい……」


 もう突っ込むのに疲れたよ、パト○ッシュ。


「二人の関係について本人も交えて詳しく聞きたいな、なんて思ったり」

「……はい?」

「絢香さ~ん。どこですか~?」

「あ、こっちこっち」


 鷲見はやや遠方かつ正面からの呼びかけに、手を振って位置を教える。彼女の正面ということは、横にいる俺の正面でもあるわけで、必然的に視界へ映り込む。銀髪を揺らしながらまっすぐこちらに向かってくる、転校生女神の姿が。

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