第12話 委員長イベント【食堂編】そのに!
「遅くなってしまってごめんなさい」
俺たちの席に到着した女神は、まるで女神のように丁寧な口調で告げつつ湊の隣に着席した。ちなみに、かの悪友はアヘ顔ダブルピースで机とキスしたまま動く気配がない。
……まあ表情は想像でしかないけれど、概ね間違ってはいないはずだ。
しかし女神が鷲見と行動を共にしていたということは、さっそく仕掛けてきたということだろう。この短い昼休みでルート確定! なんてことにはならないだろうが、好感度が上昇する行動や次イベントへの取り次ぎを強要してくるに違いない……のだけれど、それよりもなによりも、優先すべき事案が用意されていた。
「おい、女神。どういうつもりだ?」
「時間がかかったことですか? いや~、なかなか料理が出てこなくて」
「でしょうねぇ! それだけの量を頼めば当然の結果だよ! 容易に想定できる結末だよ!」
女神の眼前にはカツカレーやかつ丼を筆頭にメイン五品、デザート二品がトレー二枚に所狭しと並べられている。職業:女神に属性:大食漢を追加するつもりなのか⁉ 美少女でさえあれば萌えられる俺でも、その痛々しいコンボは容認しがたいぞ。
「でもでも、全部おいしそうだったんだもんっ!」
「もん! じゃねぇ! お前は自制って言葉を知らねーのか!」
「だって、前は食堂なんてなかったし……」
「それにしても満喫しすぎだろ⁉ 何をしにここへ来たのか忘れてんのか⁉」
「……食堂にご飯を食べる以外の目的があるの?」
「まるで俺が間違っているかのようなリアクションをするんじゃねぇぇぇぇ!」
まじでポンコツ過ぎるだろうが! 身構えた俺が馬鹿みたいじゃないか。馬鹿なのはこの女神なのに、なんて理不尽な。
ほら、鷲見だってドン引いて……って、どうしてジト目でこちらを見ていらっしゃるのでしょうか。今、目を向けるべきはあなたの真ん前にいる、へっぽこ女神ではなくて⁉
「……やっぱり、顔見知り程度の仲じゃないよね。もしかして、お付き合いしてたり?」
「鷲見……、俺のプロフィールにも好きなタイプって項目は存在している。その欄に『自称:女神』なんて言葉が未来永劫書き込まれることはない」
「本当に?」
「女神に誓って」
「ふふっ、神じゃなくて女神なのね」
「皮肉が効いているだろ?」
「上手くはぐらかされただけな気もするけれど、ね」
鷲見は短い溜息をひとつ吐いた後、すぐに表情を緩めた。この切り替えの良さも彼女の魅力である。委員長という役割柄、生徒と教員の板挟みに合ったりもする。面倒な事態に巻き込まれたりもする。
けれど彼女はその不安を、不満を、不条理を、おくびにも出さない。決して、自身の負の感情を他人に連鎖させるようなことはしないのだ。
……という設定が自然と思い起こされる。
昨日この世界に来た俺が実際に経験した訳ではないけれど、主人公の記憶として過去のエピソードが存在している脳内は、何とも表現しがたい。
『あんまり深く考えずに、記憶は記録として受け入れておいて。バッドエンドに向かいたくなければね』
いつになくシリアスなトーンで、直接思考を伝えてくる。確かに、女神の言う通りなのだろう。この件について思考を巡らせた先には、鬱展開が待っている気がする。
……それは物語終盤のイベントだ。だから、今踏み込むべきじゃない。
『そうなの。でもね……』
けどま、ヒロイン達と適度にイチャイチャするための情報は大いに越したことないしな! せいぜい有効活用させてもらうぜ!
『軽っ!? え、え? なにその軽さ? かなり重要なシーンじゃなかった? 主人公的にも、女神的にも!』
深く考えるなって言ったのはお前だぞ。
『そんなに早く切り替えられるとは思ってないよ! もう少し伏線らしく掘り下げておこうよ! 幼馴染ちゃんを慰めた時みたいにさ!』
あ~、確かにあの時はちょっと考えちゃったけどさ。でも俺、気づいたんだ。
『……何に?』
ギャルゲーってそんなもんじゃね、ってことにさ。
『……はい?』
いやさ、昨日ギャルゲーを最初から始めてみて思ったんだけれど、主人公とヒロインが元々知り合いで、プレイヤーの知りえない時間が存在するのは普通じゃん?
そういう下地がありつつ、イベントを経てより親密になるプロセスを楽しむ訳よ。
『…………』
そして俺の立場ってリアルなプレイヤーだろ? ゲームをプレイしている時に、『この主人公は俺じゃないんだよな』なんて細かいことを考えたりはしない! だから頭を空っぽにして、ヒロインとの甘々な展開を楽しむのが正解なんだよ!
『間違いだから! ストーリー的に重要な要素をそんな風に消化しないでよぉ⁉』
知るか! ダウナーイベントなんて願い下げだ! 山も谷も必要ない。俺は平地をヒロイン達と歩き続ける!
『このあほぉぉぉぉ!』
断末魔のごとき叫び声を残し、ぷるぷると震えながら俺の膝へと伸ばしていた足を引っ込める。そんな筋トレみたいな状況で俺と会話をしつつ、食事も続けていた女神の器用さには素直に感心する。しかし何を思ったのか、唐突に箸を置き神妙な面持ちで口を開いた。
「あの、絢香さん。この度は色々と案内して頂きありがとうございます」
「いいよ、そんなに畏まらなくても。委員長として当たり前のことをしただけだから。それに、ちょっと校内を回っただけじゃない」
「いえ、とても助かりました! それでですね、ぜひお礼をさせて欲しいんです!」
「お礼されるほどのことはしてないってば」
「それでは私の気が収まりません!」
女神の異様な勢いに押され気味の鷲見。
こいつ、何を考えているんだ?
「実はですね、今日の放課後、日下部君に街を案内してもらう予定なんですが……」
「「え?」」
俺と鷲見の声が重なる。
何を考えているんだ⁉ 身に覚えがない
せっかく説得したのに鷲見がこっちガン見してるじゃん! 完全に疑われているよ⁉ 『やっぱりただならぬ仲じゃない』って意思をひしひしと感じるよ⁉ もしかして委員長も女神なんじゃないかって思うくらいに、はっきり伝わってくるから!
「よければ、絢香さんもご一緒しませんか? どこかのお店でご馳走させて下さい」
その言葉で、鷲見からの圧が少し和らいだ。
ここでようやく女神の意図を察する。お礼という大義名分を掲げて鷲見を巻き込み、俺との行動時間を増やそうという魂胆のようだ。
くっ、これが物理的干渉の力か! 今の俺では一日につき各ヒロイン一イベントが限界! それ以上一緒にいると、キモオタ童貞よろしくコロッと好きになってしまうこと請け合いだ! 正にイチコロ……、いや二イベントだからニコロかっ⁉
とにかく、どうにか理由をつけて現状を打破しなければ。
そして考えの纏まらないままに声を出そうとするも、鷲見が先手を打った。
「ごめんなさい。今日はちょっと用事があって……」
ナイス委員長! 最高の援護射撃だ! 愛してるぜ! 攻略はしないけれど。
どうだ女神! お前の考える作戦なんて所詮こんなもんだ!
「そうですか……どういったご用件か聞いても?」
「実はこの春休みから、喫茶店でアルバイトを始めたの。今日の放課後はシフト入ってて……」
ん? あれ? 雲行きさん? 急に現れてどうしました? 怪しくならなくて結構ですよ?
「すごいですね! お店の場所教えてください! 絢香さんが労働に勤しむ姿を拝見したいですっ!」
「ちょっと、まっ……」
「うん、それなら大丈夫。二人分の席、確保しておくね」
ああああああああああああ⁉
話の流れを読み切れなくて、制止が間に合わなかった。
斜め向かいの女神を覗き見ると、俺の視線に合わせてドヤ顔を見せつけてくる。
くそがぁ! これまでの人生で一番むかつく顔しやがって!
「……でもさ、知り合いに見られるのって恥ずかしかったりしないか?」
「ちょっとはね」
「だったら――」
「でも、制服も可愛いし見て欲しい気持ちの方が強いかな。……特に日下部君には」
ああああああああああああ⁉
ちょっと潤んだ瞳で尋ねるの止めて⁉ 無理! 尊い! 尊いが過ぎるからっ!
「それとも、やっぱり興味ない……かな?」
「行きます! 行かせてください! 地の果てでも駆けつけますぅぅぅぅ!」
美少女のお願いを、女の子耐性の低い俺が断れるわけもなく。
かくして、女神の思惑通りに放課後イベントが確定してしまった。
……ちなみに、湊は俺たちが食堂を後にする時まで、現実に戻ってくることはなかった。
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