第13話 委員長イベント【喫茶店編】
壮絶な(?)駆け引きを繰り広げた昼休みから数時間後。特筆すべき出来事もなく、無事に放課後を迎えてしまったので、約束通り鷲見に伝えられた住所へと赴いた。
茶色を基調としたレンガ造りの、こぢんまりとした店構え。看板には『Coffee House Kaoru』と、シャレオツなフォントで店名が記されている。 端的に言ってしまえば、『街中によくある個人経営の喫茶店』だった。少なくとも、外観に関しては。
などと付け加えたのも、窓越しにチラ見できる店内がそこそこ賑わっているからである。こういう店って客はほとんどいなくて、マスターは黙々とコーヒーを淹れていて、味は極上! みたいなのが相場じゃないの?
「う~む」
そうして
本案件の首謀者である女神は、推測通り『あ、先生に呼ばれてたの忘れてた!』などと白々しい虚言を残して消え去った。おそらくこの場に姿を見せることはないだろう。是非ともそのまま世界からも退場して頂きたい。
だって、俺が行くって決めた時、鷲見は嬉しそうに笑ったんだ。
きっと、俺が来なければ彼女は悲しむ。それだけはダメだ。モテモテ生活を謳歌するには、ヒロインを悲しませてはいけない。みんなから適度に好意を向けられ、みんなに適度な好意を向ける。そんなぬるま湯の王に、俺はなる!
……そのためにも、まずは店内に入らないといけない……のだけれど。
「う~~~~む」
地獄の門を開ける勇気が生まれずに、ただただ立ち尽くしてしまう。もちろん、実際は薄い鉄製の扉でしかない。なんなんだろうね、ス○ーバックスとかタ○ーズみたいな店から溢れ出る、『陰キャお断り』オーラって。牛丼屋やラーメン屋とは違う、ハードルの高さを、圧を感じる。そして同様のパワーがこの店からも発せられている。
いや、勝手に感じているだけなんだけどね? 店側にそんな気はないって重々承知してるんだけど、引きこもりにはキッツいんだよ。踏み絵みたいなもんだよ。陰キャ検出システムとして成立しちゃってるんだよ!
「う~~~~~~む」
「……いつまでも唸ってないで、中に入っては如何ですか? ご主人様」
いつの間にか地獄の門が口を開け、冥途からメイドが現れた。……違う、天国から天使が現れた。
「ふふっ、馬鹿が豆鉄砲を食ったような顔してるよ?」
「……ことわざを悪意全開で改変するな」
「日下部君にしては、ちょっとキレが弱いね。もしかして、見惚れて動揺してる?」
「そ、そんなことないやい!」
みっともないくらいに動揺丸出しだった。
仕方がないじゃん! まさかこの外観の喫茶店から、メイド服の鷲見が出てくるなんて思わないだろ⁉
しかもミニスカートタイプ! 白いニーハイソックスが生み出す絶対領域が眩しい!
メイド服はロング以外認めない派閥もあるけれど、この件に関して俺はバイだ! ケースバイケース。どちらも筆舌に尽くし難い良さがある!
さらに追い打ちとばかりに、髪をポニーテールにしているのも良い! 普段のストレートと違うからか、非日常感が演出されている。総じてパーフェクトッ! メイドの完成形、ここに見たりっ!
「それではご案内……致したいところなのですが。ご主人様、合言葉がまだですよ?」
「合言葉?」
そんなものが必要だなんて聞いてないぞ? この店特有の、一見さんお断りシステムなのだろうか。本気で分からずに首を傾げていると、徐々に鷲見の表情がムッと膨れていく。
「あのね、女の子が普段と違う格好をしていたら真っ先に言うべき言葉があるんじゃない?」
「……あ」
それは、一作品に一度は必ずと言っていいほど遭遇するシチュエーション。いつもの制服姿ではなく、おしゃれな私服を纏った女の子を喜ばせる、魔法の言葉。今の鷲見も
「えと、その服……あ~」
合言葉の正解が分かっても、それが喉に引っ掛かって出てこない。ゲームとか小説で焦らす主人公たちよ、今まで『なにキョドってんだよ、さっさと伝えろや!』なんて思っててすまなかった! これは確かに恥ずかしい! 滅茶苦茶に照れ臭い! たった一単語がこれほどの重みだとは知らなかったよ!
けれど、鷲見の期待に満ちた表情を裏切るわけにはいかない! 全ギャルゲーの主人公よ! オラに力を分けてくれ!
「めっちゃ似合ってる超かわいい襲いたいくらいに最高だ!」
「え?」
「……あ」
余計なこと言ったあぁぁぁぁ⁉ 今のは自分でも擁護できない! 完全にキモイ! ドン引き通り越して絶縁するレベルだ!
ほら、その証拠に鷲見も俯いたまま震えちゃってるし! 早くも王への道が潰える音がする。最悪だ。穴があったら入りたい。そしてそのまま埋めてくれ。
「あのな、鷲見。今のは……」
「……ありがと」
無様な言い訳を展開しようとした矢先、彼女の言葉で、顔色で、俺は完全にフリーズしてしまった。
だって、何もかもが想定外だったから。
発せられた台詞も。
恥ずかしそうで、嬉しそうな表情も。
「それじゃ、席に案内するね」
そう言って、彼女は硬直する俺の手を掴み店内へと誘導する。
まっすぐ進行方向に向けられた表情を窺うことは出来なかったけれど、かろうじて視界が捉えた鷲見の耳は赤く染まっていた。
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