第2話 妹、時々女神。

「朝ですよ、兄さん! 起きてください!」

「んん……あと五分……」

「む~そんなこと言う兄さんには、こうです!」

「うぐっ!」


 全身に強烈な衝撃を受けて、意識が覚醒する。


「ほらほら~早く起きないとこちょこちょの刑ですよ~」

「うわっはっはっ……起きる! 起きるからやめろって唯!」

「はい。おはようございます、兄さん!」


 俺の上に飛び乗っていた身体を起こし、朝日さながらに眩しい笑顔で挨拶をする少女。

 セミロングのやや茶色かかった髪を揺らしながら、既に中学校指定の制服を着用している美少女は妹の唯。


「リビングで待ってますから、支度して下りてきて下さいね! 二度寝しちゃ駄目ですよ!」


 そう告げて唯は一階へと戻っていった。

 ……ちょっと待て。

 彼女とは初対面の筈だ。それなのに、名前も、妹であることも知っていたのは一体……


『あ、そういう基本設定は最初から記憶されているから。じゃないと話進まないし』

「……その声は女神か」

『ピンポンピンポーン! ……聞こえますか、私は今あなたの脳内に直接語りかけています』


 聞こえてはいるが、聞こえないフリをしてベッドから身体を起こす。


『そうはいきませ〜ん。あなたの考えはスケスケなんですぅ!』


 と、口に出していないことにもコメントを寄越しやがる。つまりはそういうことか。


『ご名答。私と会話するのに一々声を出していたら、変な人になっちゃうからね! 女神的配慮ってやつ?』

「プライバシー的配慮が足りていないぞ、クソ女神」

『クソとか言わないでぇ⁉︎』


 しくしくと泣き始める女神をよそに、まあ物理的にも他所にいるんだけれど、部屋の一角に置かれた全身鏡の前に立つ。

 そこに映し出された姿は、俺の記憶通りの、俺ではないイケメンだった。爽やか系で、いかにもギャルゲーの主人公らしい風貌である。

 ついでに記憶を辿り、自分の名前を思い出す……と言うほどの労力は必要なく、すっと頭に思い浮かんだ。

 日下部くさかべこう。これがこの世界での俺の名前。


『すんすん……ちなみに日下部唯ちゃんは義理の妹だから、攻略対象だよ……ぐすん』


 わざとらしいすすり声を止めろ、ガイド役。


『女神だからぁ! 私、女神だからねっ⁉︎』

「おっと、想像するだけでもダメなんだったか。悪いな、案内音声ガイドさん」

『口でも言ったぁぁぁぁ⁉︎ ぞんざいに扱ったぁぁぁぁ!』


 女神の叫びと共に、ドンドンと床を打ち付ける音が聞こえる。

 どういうシステムなんだ? 配信者よろしくマイクでも置いてあるのか?


『……禁則事項だもん。意地悪なあなたには教えてあげないもん!』

「モノローグに一々反応するな。話が進まないだろうが」


 そう文句を言いつつも、身支度を着々と進める。身支度だけに、着々と。

 考えるよりも身体が先に動くとは、正にこのことだろう。ワイシャツに袖を通し、結んだこともないネクタイを難なく巻き付ける。一連の支度には全く澱みがない。


『いや~馬子にも衣裳とはこのことですな~。あ、今はイケメンだったね』


 そのセリフは元の外見を卑下するつもりなんだろうが、そんな風に言われたら元の世界に戻りたくなくなるって思わんのか、この阿呆は。元より帰るつもりはないけれど。


『阿呆じゃありません~。阿呆って言った方が阿呆なんですぅ~』


 などと小学生レベルで突っかかってくる声にイラっとしながらも、そろそろ一階に向かわないと義妹が拗ねてしまいかねないので、大人しく部屋を後にした。

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