太陽の使者BARREL

 翌、日曜日、真珠は父と二人で、神籬に出かけていった。

 翔太郎も同行しようとしたが、真珠に必要ないと断られた。ロボの操縦者に聞かせたくない話でもしようと言うのか。仕方なく、しょんぼり一人で自宅警備していると、学校から、夜に保護者説明会があるので出席してほしいという連絡がまわってきた。

 よく、学校が不祥事を起こすと保護者説明会が開かれるが、ロボの大暴れを学校が説明するのだろうか。もしそこんとこを詳しく説明してくれるなら、ぜひ参加させて欲しいと思った。

 昨日、戦うことをあれほど激しく反対した那美からの連絡は、まったくない。真珠にいいように論破されたことをスネているのかも知れなかった。

 もしそうだとすると、それはそれでまた面倒くさい話だ。

 夕方になると、新しいスマホを携えた真珠が、笑顔満面で帰ってきて、神籬と契約してきた内容を、つらつらと説明してくれた。

 別に文句をいうつもりなど、毛頭なかった。損になるか得になるのか、そんな話は、真珠に任せておけばまず間違いがない。父の正太郎や、自分が予断をはさむ余地などどこにもないだろう。

 翔太郎は、真珠からの説明をうわの空で聞きながら、高校の三年間、鉄壁の事なかれ主義を貫こうと決心していた自分は、これからどんなやっかいな目に遭うのか、うんざりした気分になっていた。

 なんだか、どんどん悪い方向に流れていくオールのないボートみたいだと思った。

 保護者説明会の結果、月曜日からいきなり夏休みということになった。

 実際には、夏休みまであと一〇日ほどあるのだが、校舎の損傷や学生たちの動揺などを考慮した結果、夏休みを前倒しし、二学期を早期に開始することで調整がついたようだ。通知表の配布などは、改めて登校日を設けるということだった。

 これは翔太郎たちが通う西南高校に限ったことではなく、市内の小・中・高校がすべて右にならえの決定をしたようだ。正体不明のロボが街で暴れまわる事態に、教育委員会も子供の安全を第一と考えているのだろう。

 夏休みにすれば、即安全というわけではないだろうが、いきなり休みになった。翔太郎と愉快な仲間たちは、猿鳴の作戦室にまたそろ呼びだされることになった。

 仕事で参加できない父の正太郎を除いて、妹の真珠、秘鎖美に那美、そして咲也までは、会議のメンバーとして許容の範囲内だが、竹内先輩まで呼びだされていたので、翔太郎はかなり面食らった。

「なんで息吹先輩までいるんですか?」

「まあ、そこはさ、兄ちゃん。多い方が楽しいじゃんか」

 すかさず、フォローを入れた真珠の顔を見て、即座に先輩が呼ばれた理由を理解した。真珠は、イケメンがなにより好きで、自分の欲望に正直なヤツだ。この事件の全貌を聞けば、必ず竹内先輩と親しくなる方法を考える。そして、これがその結果だ。

「僕も、生徒会長として、また松山市民として、ひと肌ぬがせてもらうよ」

 ナイスガイ竹内先輩が、笑顔の端で、白い歯をキラリと光らせる。ああもうどうにでもしてくれという気分になった。

 会議室のお誕生日席に座っていた猿鳴が、ゴホンと咳をすると、いきなり、会議室のメイン画面に四・五歳の子供が映しだされた。

「この子は誰ですか」

 まったく見覚えのないこの子は、猿鳴の息子だろうか。いや、年齢から考えると孫なのか。だが、猿鳴のシリアスな顔から言って、これから孫自慢をする感じではない。

「手に、金のロケットもっているわね」

「さすがは那美くんだ。よく気がついたね。彼は先日のマグマロボの禰宜、つまり操縦者だ。我々は、事件後周囲を捜索して、彼を保護することに成功した」

「こんな子供が操作して大丈夫だったんですか、あの……ちょっとダメージ受けただけでも、咲也さん大変そうだったのに」

「あのねえ、あんた! ちょっとばかり活躍したからって、勝ち誇らないでよね。前の戦いのダメージなんてなんにも残ってないわよ」

 咲也も、かなり面倒くさい女の子のようだ。翔太郎は、困った顔をした。

「保護したときには、かなりの重傷だったが、命に別状はないようだ。すでに、マグマロボとの鎮魂帰神法もすませたから、彼はもう大丈夫だろう。意識を取り戻し、医師と親御さんの許可がおり次第、磐座を誰からもらったのか、聴取することにしている」

 ひとたび使用者の決まった磐座は、使用者もしくは、その子孫でなければ使えない。男の子の年齢から言って絶対に子孫はいないだろうから、持っていた磐座も、当分は使い物にはならない。

「それにしても、いつあの金色のロボはマグマなんてカッコいい名前に決まったんですか。色も形も攻撃も、マグマ要素ゼロじゃないですか?」

 竹内先輩が、名前に食いつく。

「写真の彼が持っているロケットのオモチャが、どうやら依代になったようなんだが、マグマロボというらしい。申し訳ないが、オモチャに『マグマ』をつけた原作マンガの背景についてはわからない。勉強不足ですまない」

 翔太郎は、原作マンガを読んでいないことを詫びる猿鳴に、なんとも言えない実直さを感じた。

「そうだ、翔太郎くんのロボの名前はどうするんだい。いつまでも『ロボ』では、いささか味気ない」

「じゃあ、ドラムで」

 思いつきで言ってみる。

「ダッサー、兄ちゃん、なしてそんな太鼓みたいな名前なの。センスないなあ」

 真珠は、あきれ顔でため息をついた。

「だって依代がドラム缶のロボだし」

「せめて樽

バレル

くらいひねりたいものだ」と竹内先輩。

「それいいです。むっちゃいい」

 竹内先輩の提案に、真珠がポンと手をたたく。見え透いた魂胆だ。きっと、兄が提案したのがバレルで、竹内先輩の提案がドラムだったら、ドラムに賛成したことだろう。

「でも、ただのバレルじゃ、新聞とか載ったときアレだから、そうね。BARRELって英語の標記でマスコミとかにが発表してくださいな。猿鳴さん」

 猿鳴が言葉なくうなずく。

 名前をあえてアルファベット表記にするなんて、うさんくさいメンタリストか、落ち目のヒップホップグループのMCみたいだと言いたかったが、止めておいた。そんなこと言ったが最後、十倍の言葉で反撃されるに違いないからだ。

 なにより、妹の恋路を邪魔するのは、翔太郎としても本意ではない。

「おかしいわね」

 那美が思案げにつぶやく。

「こんなちっちゃい男の子が、ロボ操作して街を破壊したの? 遊びの延長線だとしたとしても、現に亡くなった人もいるし、火事も起こったのよ。そんなのを目の前で見て、この子が嬉々としてロボを操作したのが信じられない」

「ケガレのせいよ」

 秘鎖美がおもむろに口を開く。今日も、ダイナマイトボディは健在だ。

「日本神話の神だけでなく、世界のほとんどの神様には二面性があるの。日本神話では、これを荒魂

あらみたま

と和魂

にぎみたま

と呼ぶわ。たとえば、ヒンドゥー教のシヴァ神は破壊の神であると同時に再生の神でもある。破壊と再生はセットという考えかたなのね。この場合、破壊の神としての顔を荒魂、再生の神としての顔を和魂とするわけなんだけど、動いたばかりのロボには悪いほうの荒魂の影響の方が強くでると言われている。この荒魂が禰宜の精神に与える影響を、我々はケガレと呼ぶの。たとえば、翔太郎君のロボの、荒魂はとんでもない力で、そのケガレの影響で、稲太郎おじいさんは命を落としたといわれている。今、翔太郎くんのロボにケガレの影響があまりないのは、おじいさんとおとうさんがケガレを受けてくれたからよ」

「じゃ、スクナヒコナも?」

「咲也は、神道を扱う一族、御堂家の分家、岩動

いするぎ

家の出自で幼い頃から修行をしています。それにスクナヒコナは荒魂がそれほど強くない神です。それでも、ケガレの影響はなしとはいえない。影響が少なくがなければ、ヒコナはもっと戦えるはずです」

 咲也が「わかったか」という目で、全員をにらんだ。

「ロボの禰冝になったら、ほとんどの人は、邪悪な思考に支配されるの?」

「個人の資質と、帰神させた神の荒魂によるわね。相性もある」

「悪い神を降ろして、相性が悪かったらどうなるの?」

「考えたくもないわね」

 突然、鋭い警報音が、鳴り響く。

「どうした」

「敵ロボットが、松山市安城寺町に出現、町を壊しながら北西に進んでいます」

 駆けつけてきた自衛官が、キビキビ報告する。

「わかんない。安城寺町ってどのへんよ?」

「えひめ飲料松山工場から北に三百メートル」

「えひめ飲料の工場って……ポンジュースの工場じゃないか! ゆゆしき事態だ」

 竹内先輩が声を荒ららげるのも無理はない。ポンジュースは、愛媛県の特産物である温州みかんからつくられた百パーセントのみかんジュースで、マイナーな愛媛県において、全国的知名度を持つ数少ない特産品だからだ。

 その工場が破壊されたら、ポンジュースの供給がストップしてしまう。

 先日の道後温泉に続いて、ポンジュース工場への襲撃。敵は愛媛にそうとう深い恨みを持っているとしか思えなかった。しかし、なんと的確に愛媛の弱点を攻撃してくることか。愛媛を窮地に陥れて、なんの得があるのかは、まったくの不明だが、愛媛に住まう者としては背筋の凍るような相手だ。

「ロボの体には、『天神地祇

てんしんちぎ

一七号』と書かれています」

「なに天神地祇一七号ってどういう意味よ」

 聞いたこともない呪文のような言葉に、真珠が即座に聞き返す。

「今から敵を一七号と呼称。現場へ移動するヘリを用意してくれ」

 真珠の質問を遮るように、猿鳴がきびきびと指示をとばした。

「それって……」

 翔太郎は声を震わせた。

「なにか心当たりがあるのかい?」

「天神地祇一七号ってのは、大筆です……」

 全員が、翔太郎の意図を図りかねるようにおし黙る。

「筆ですよ、筆、書道に使う筆です」

「ふで……筆がロボに?」

「一七号筆はとりわけ大きな筆です。書道パフォーマンスに使う」

 那美が大きく目を開く。

「そういうことだよ、天神地祇は、水神

みかみ

 桜子

さくらこ

先輩の愛筆だよ」

 書道部は、書道パフォーマンスでいつも好成績をあげる強豪なのだ。最近は派手さに憧れて集まってくる部員ばかりになって、肝心の書道の能力が落ちてきたため、部長の水神先輩は、翔太郎をしつこく勧誘していた。

「筆って、依代は金属じゃなかったらダメなんじゃないの」

「桜子先輩は、愛筆に金属のタグで名前を入れてた……高い筆はそうやって銘を入れてくれるらしい」

「おそらく、今回の禰宜は、その娘だな」

 そのとき、翔太郎のスマホが、間のぬけた音でメッセージを受け取る。

 画面を見る。

――ロボの勝負で負けたら、書道部に入部してもらうわよ。境木くん。

 桜子先輩からのメッセージ。

 そういえば、いつだったか、無理矢理連絡先を登録されたのを思いだした。

 まさか、ポンジュースを墨汁がわりに、書道パフォーマンス勝負をするつもりなのか。そんなことを考えた。

 程なく、メインモニターに敵ロボ一七号の様子が映しだされる。

「偵察ドローンからの映像だ」

 一七号がこっちを見たのがはっきりわかった。

 ずん。と街が震えると同時に、ドローンの前にあるビルが、瞬時にひしゃげて潰れる。

 まるで、真上から見えない拳に叩き潰されたように、ビル一軒が丸ごと潰れて平らになってしまうのが見えた。一拍遅れて、ドローンの画像が真っ暗になる。

「なんて力だ」

「天手力男神

アマノタヂカラオ

……力の神ね……」

 すらりと背の高い桜子先輩を思いだす。あのスレンダーボディとは裏腹に、力の神を降ろしたという。これでは、書道の勝負は望むべくもないようだった。

――そんな勝負イヤです。ロボを操るのをやめたら、入部を考えます。

 一か八かの思いで、送信した翔太郎からのメッセージが既読になるには、それからまだ、かなりの時間を必要とするのだった。

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