僕のせいじゃないよね

 愛媛県松山市持田町に巨大ロボット出現。

 この、嘘のようなニュースの第一報は、テレビ画面の上に速報で表示された。

 しかしながら、この奇抜なニュースは、まだ人々の心を捕らえることはなかった。テレビのテロップでそれを見た多くの人々は、誰もが冗談か、あるいはなにかの催しもの類いだと気にしなかったのだ。

 四〇年前の、正太郎とブラックビーストとの、日本の存亡を賭けた巨大ロボット同士の戦闘を、思いだす者は、驚くほどすくなかった。

 仮に思いだした者も、『愛媛』という場所を今ひとつ思いだせないため、すぐに興味を失った。騒ぎたてたのはインターネットの一部だけで、SNSに不鮮明な写真や動画がアップされ、同時に、過去の特撮映画のスクリーンショットがフェイク投稿されたことにより、むしろことの真偽をあやふやにした。このようにして、やがて世界を恐怖に陥れる事件は、意外に静かなはじまりをみせた。

 日本じゅうの国民が信じなくとも、速報ニュースが報じたとおり、突如として現れた金色に輝く巨大なロボットと、ドラム缶のような形をしたロボットが、松山市の西南高校の運動場で戦闘をくり広げていた。

 いち早く発進した報道ヘリコプターが、現場の周囲を旋回しているが、かなりの距離をとって、おっかなびっくり飛んでいる。

 鈍い振動が、街を揺り動かす。

「ロボ……」

 翔太郎は、自分のロボの状態に言葉を失っていた。

 ドラム缶ロボは、火を吹いて燃えていた。胴体部に大きな亀裂が入っている。なにから攻撃されたのか分からないが、燃えるカタマリが、とんでもない高速で地平線の彼方から飛んできた。

 それを察知したドラム缶ロボが、瞬時に、翔太郎をかばったのだ。

 どうやら、このロボは操縦者を守ることを第一にして動くらしい。

 金色のロボが再び立ちあがる。

 今や、勝敗は完全に決していた。いくらドラム缶ロボが怪力無双を誇ろうとも、本体が裂け、火を吹きあげている現在の状況で、再び怪力をふるえるとは思えなかった。金色のロボは、先ほどパンチを受けたものの、翔太郎のロボとのダメージの差は一目瞭然だった。

 金のロボが、勝ち誇るように、金切り声をあげた。

「翔太郎! これはいったいどういうことなのよ」

 背後から、那美ともう一人が走ってくる。

「大丈夫かい、境木くん」

 那美を守るナイトのようについてきたのは、弓道部のキャプテン、竹内先輩だ。

 竹内

たけうち

 息吹

いぶき

。二年生にもかかわらす、弓道部の新キャプテンにして、生徒会長。眉目秀麗、頭脳明晰、運動神経抜群、二物も三物も天から授かって生まれてきた彼を見ると、男子はみんな、世の中の不平等について思いをはせることになる。

 もちろん、息吹先輩の女子からの人気はいうまでもない。まさに西南高校のプリンス。中の中を自認する翔太郎とははっきりいって接点があるはずのない人種だ。

 しかしながら、どうやら竹内先輩も人の子。那美を気に入ったらしく、そのオマケとして、翔太郎にも優しく接してくれていた。もし、二人がカップルになれば、誰も文句のつけられない美男美女のカップルとなり、翔太郎の悩みのほとんどは解決するのだが。

「大丈夫です」

「なにが起こっているの?」

 那美が心配そうに翔太郎の顔をのぞきこむ。

「……僕の方が知りたいよ」

 翔太郎は弱音を吐くように言った。

 状況は最悪、万事休すだった。このまま、金のロボに攻撃されれば、翔太郎のロボは、完全に破壊し尽くされてしまうだろう。

 金色のロボが、歩きはじめる。

 なんと、肩すかしというか、不幸中の幸いというか、金のロボは、まるで翔太郎のロボなど最初からいなかったとでも言うように、悠然と高校の外、持田の街へ向かって歩きだした。

 翔太郎は、呆然と去って行くロボを見送る。

 松山の街は、都会とはほど遠い。

 愛媛県の県庁所在地の繁華街といえど、二〇階超えるような高層ビルはない。城下町の景観保護のため、条例によって建物の高さが制限されているからだ。だから、愛媛で最も高いビルは県庁所在地の松山市ではなく、今治市にある。

 道路幅も、都会とは雲泥の差だ。やっと乗用車が離合できるような道がほとんどで、道路事情は四国四県中最悪とも言われている。

 そんな地方都市にあって、身長二〇メートルを超える巨人が散歩する余地などどこにもない。巨人の動きによって、電柱や街灯、塀や街路樹といったものが、どんどん破壊されていく。路上に、人の頭ほどのコンクリート片が、容赦なく降ってくる。まさに、狂気の沙汰だ。

 金色ロボットが歩くたびに、道路端の商店や住宅が、容赦なく踏みつぶされ、砕けていく。ガラスやコンクリートの破壊音が地鳴りのように響き、粉々になったビルが悲鳴をあげた。

 異変に気づいた住人たちは、必死に警察や消防に連絡したが、いつまでたっても、サイレンの音は近づいてこなかった。しかしどう楽観的に考えても、パトカーや消防車では、けが人を搬送するのがやっとで、この事態を収拾できるとは思えない。

 次々に踏みつぶされる家、トラック、乗用車。

 引きちぎられ、火花を発する電線。

 吹きあがる粉塵と、人々の怒号、悲鳴、そして車のクラクション。

 こういう場合、どこかの映画で見たように、すぐ自衛隊の戦闘機がロボに攻撃をはじめても罰があたらないところだが、ロボに抗する武力は、一向に現れなかった。

 実際のところ、さきほどの砲撃は、いち早く異変を察知した自衛隊の最新鋭護衛艦による乾坤一擲の攻撃だったのだが、海上で悪のロボットの空手チョップにより、阻止されてしまった。もちろん、誰もそんなことを想像だにしていない。

 家を破壊され、逃げまどう人の悲鳴が、夕日の街にこだまする。

「ロボ!」

 翔太郎の呼びかけに、火を吹くロボが身を震わせる。ドラム缶をベースに突如現れたような不思議ロボが、どうやったら壊れて動かなくなってしまうのかまったくわからないが、この状況では、すぐさま金のロボを止めるべく、動くことはできそうもない。

「なるほど、このロボは境木くんが操っているのか。興味深い」

 竹内先輩が、思案げにアゴに手をあてる。その姿は。まるでテレビで見た俳優のようだ。男前というのは、どんなポーズをとっても、そこそこ絵になるから卑怯だ。

 金のロボは、建物を破壊しながら、東にある道後温泉の方へ進んでいく。

 今いる場所から、道後温泉本館まで、一キロメートルもない。道後温泉は、聖徳太子も入ったという伝説のある日本最古の温泉だ。松山市の観光産業を根底から支えているシンボルと言っていい。もし破壊されるようなことがあれば、松山市の経済は絶望的ダメージを被ることになるだろう。松山市をイチゴのショートケーキにたとえるなら、てっぺんにのっているイチゴを潰されてしまうに等しい。

 しかし、止め立てする手段は、今や完全に断たれていた。

「行くわよ! スクナヒコナ!」

 透明で驚くほどよく響く、女の子の声がした。

 その声とともに、金のロボの前方に、一条の白銀の雪がちらと散る。

 声の方向を見ると、秘鎖美が、別の女子高生を連れていた。制服を着ているが、タータンチェックのスカートは、西南高校のものではない。

 やがて、雪がその量を増していく。

 雪? いやむしろ吹雪。白い薔薇の花弁を散らしたような、まばゆい粒子がきらめきながら降ってきた。

 やがてその光は、一つにまとまり、鋭い形をした人型の巨人になった。

 華奢な体躯。西洋の甲冑

プレイトアーマー

のような鎧。各所に隠された様々な武器。金色のロボットの前に、輝く光の剣を持った銀色のロボットが勇ましく立ちふさがった。

「まったく、伝説のロボだっていうから黙って見ていたら、とんだ醜態だわね」

 切れ長な目が印象的な気の強そうな顔をした女子高生が、翔太郎に悪態をつく。ミニスカートから伸びる長い足が、なんとも目に毒だ。

「ブッ壊してやりなさい、ヒコナ!」

 スクナヒコナと呼ばれたロボは、少女の言葉にすぐさま反応した。光剣を突きだし、油断なく牽制をはじめる。ところが、金のロボは少女のロボなどまったく眼中にない様子で、ゆらゆらと温泉を目指して行進を続ける。

 もちろん、日本最古の温泉といえど、そんな巨体で入れる湯船はどこにもない。

「相手をしないつもり? いいわ、その気にさせてあげる」

 少女の目が、鋭く光る。

 ヒコナは、身を小さくすると、剣と一体となって突進した。

 衝突。地鳴りが、街全体をゆるがせる。少女は、形のいい唇を忌々しそうに歪めた。

 ヒコナの剣は敵ロボには当たらず、ビルに突き刺さっている。

 金のロボが、攻撃を最小の動きで、難なくかわしたのだ。いきり立ったヒコナが、返す刀で光の剣を鋭くふって、なんとか捕らえようとするが、矢継ぎ早に繰りだされる攻撃を、金のロボは余裕を持って避け続ける。

 まるで、素人とプロボクサーのスパーリングのようだ。

「早いな」

 息吹が、思わず漏らす。

「おそらくあれは風の神。日本神話では志那都比古神

しなつひこのかみ

と呼ばれていいるのよ」

 秘鎖美が、答えた。

「風神? あれって神様なんですか?」

 翔太郎が問い返す。確かに、神様とか、そういう者の仕業でなければ、今みえている現象の説明ができなかった。だが、コンビニでコーヒーを買うような安易さで、次から次に神様の力が使えるなんてどうかしている。

 金のロボの動きが止まった。

 下手な鉄砲という表現があるが、スクナヒコナの闇雲な攻撃に砕かれたビルの破片がついに、金色ロボの体に命中したのだ。

「ザマみなさい」

 その時、初めて金のロボが、スクナヒコナを見た。

 目が、夕闇に赤く光ったときには、スクナヒコナは強い衝撃を受け、仰向けに地面に倒れている。いくつもの家屋が潰され、なぎ倒され、あたりにもうもうと土煙が舞いあがった。

 瓦が落ち葉のように、路面に舞い落ちる。

 岩と岩が衝突するように重く、不気味な音。

 スクナヒコナは、なんとか立ちあがったが、光と化したロボの衝突に、また別の方向に倒されてしまう。大地を砕くような音と共に、スクナビコナだけではなく、少女自身も恐ろしい声をあげて地面にうち倒れた。

 土埃が晴れ、見えはじめた風景に、翔太郎は目を疑った。

 信じられない。スクナヒコナに体当たりを続けているのは、ロボットではない。金色のロケットだったのだ。

 金のロボは一瞬のうちにロケットに変形していた。そして、誘導ミサイルよろしく、自在に飛行してスクナヒコナに体当たりをくり返しているのだ。

 これでは、素早い動きを信条とするヒコナでも、避けきれるものではない。

「まずいわ」

 異変を感じた秘鎖美が、少女のもとに駆け寄る。しかし突如、少女が持った磐座から電撃のようなものがほとばしり、悲鳴をあげた。

「どうなっているんですか」

「スクナヒコナが暴走しています。早く帰神を解かないと、咲也

さくや

の命が危ない」

 どうやらこの少女の名は咲也というらしい。凜とした彼女に似合った、きれいな名前だ。

「しかしどうやって」

「あの、金のロボに……攻撃を止めさせるんです」

「そんなこと」

 できるはすがないという言葉を、翔太郎は飲みこむ。

 なんとかしなければ咲也の命にかかわる。べっぴんさんの命にかかわるのでなんとかしろと言われたら、なんとかしようとしてみる。それはこの世の男子高校生に課せられた共通の鉄則なのだ。

 咲也が、獣のような咆吼をあげて地面に体をうちつける。

 完全に磐座に振り回されていた。ロボットの操縦装置である磐座は、操縦者と強い繋がりを持っているようだ。もし万が一、スクナビコナが破壊されるようなことがあれば、咲也もまた無事にはすまない。そんな気がした。

 こうしている間にも事態はどんどん悪くなっている。

 翔太郎は唇を噛んだ。

 やがて金のロボが、ロケット形態のまま路面に降り立つと、その場で駒のように回転をはじめる。耳をつんざく、不快に高い音が、ビルに共鳴しはじめる。

 あの回転で体当たりを受ければ、ドリルに貫かれるのと同じダメージを受けることになる。翔太郎の予想が正しければ、金のロボは、ヒコナにトドメを刺す気になったのだ。どうしようもない。神に祈るという方法すら使えない。秘鎖美の話では、今、敵としているのが神なのだ。

 果たしてロケットが回転を増し、恐ろしい破壊力を秘めたまま、ヒコナに突っこむ。

 絶望的状況に、となりにいた那美が声にならない声をあげる。

「ロボ! 頼む! なんとかしろ!」

 朔也の悲鳴。

 金属がひしゃげるような重くて、低い音がした。

 同時に、スクナビコナの背後から、巨岩のような鉄の拳が出現したか思うと、高速回転で突っ込んでくるロケットをたったの一撃で弾き飛ばし、背後のビルに跳ね返した。

 衝突とともに、火の粉が、鮮やかな花火よろしく夕闇に飛び散る。

 それと同時に、百獣の王のような、圧倒的な鳴き声が、大地を震わせる。

「……とんでもないロボね……まさに神格の違い……」

 秘鎖美が、目を大きく明ける。

 スコナヒコナの後ろに、青光りするずん胴型のロボットが、静かに立っていた。短く太い足、屈強な腕、爛々と輝く眼。

「動いた……」

 声と同時に、巨大な野獣の唸り声が膨れあがる。

「太陽の戦士の名は伊達じゃないようね」

「キックだ」

 その呼びかけに、鋼

はがね

のロボが反応する。獅子のようにひと吠えすると、パンチによりビルに刺さったままのロケットに、太い鋼鉄の足をたたきつけた。轟音をあげて、地面に打ちすえられる金のロボ。

 ドラム缶ロボの攻撃には、華麗さはまったくない。

 しかし、スクナヒコナとは桁外れのパワーとスピードがあった。

 地の底から響いてくるような鈍い音とともに、金のロケットが確実にひしゃげていく。その一撃一撃は、先ほど火を吹いていたロボットのものとは思えないほど、重く、強かった。

 たまらず、ジェット噴射で、空中に逃れる。

 とはいえ、その姿は、もうロケットと呼ばれる形状を残してはいない。ムキムキのマッチョマンに握りつぶされたアルミ缶のように変形してしまっている。

「飛べ! 追うんだロボ! 捕まえろ」

 翔太郎が指示を飛ばしたが、ドラム缶ロボは微動だにしない。

 あれほど、的確に指令を聞き、勇敢に闘ってくれいてくれたロボになにかあったのか。もしかして、今度こそ壊れたのか。

「どうした! ロボ!」

「どうやら、飛べないのね」

 那美が、静かに言った。

 翔太郎のロボにぐちゃぐちゃに変形させられてしまった金のロケットは、子供が工作に失敗したペットボトルロケットのように、空中でくるくる回り、しばらくきりもみ飛行を続けていたが、やがてビルの向こうへ墜落した。

 地上で、大爆発をひき起こし、黒い煙があがる。

「これは……僕のせいじゃないよね」

 翔太郎は、みんなに向かってそう言ったが、誰も同意してはくれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る