第二章 なりゆきで正義の組織に所属しますが、いいですか?

〇(マル)二八式金物

 いきなり、全員連れて行かれた。

 高校の運動場には、警察や消防の車両ではなく、間をおかずにくすんだ緑色の背の低いトラックが何台もやってきて、屈強な自衛官が、一斉に飛びだし、救助にあたりはじめた。

 その到着の早さと、手際のよさが、かえって事件の現実味を薄めている。

 いきなり、秘鎖美が柏手を打った。

 もちろん、ここは神社ではないし、翔太郎はご神体ではない。

「ひふみよ いむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ」

 能の舞台で唄われるような、神妙で厳かな歌が響く。

 秘鎖美の奇異な行動にツッコミを入れようとした次の瞬間には、周囲の風景が、まるで水に落とした絵の具のようにゆがみはじめた。

 なにが起こっているのか、那美が翔太郎の顔を不安げに見上げる。

 次に気づいたときには、翔太郎たちは、まったく別の場所にいた。

「こ、これはどういう……」

 翔太郎と楽しい仲間たちは、いつの間にか、中央に円卓のある薄暗い部屋に立っていることに気づいた。部屋の壁には液晶画面が壁にずらりと並び、インカムをつけ、自衛隊の制服を着た職員が、せわしなく働いている。

「翔太郎くん、そして、お友達の皆さん。ようこそ、神籬ひもろぎへ」

 がっしりした体格の、白髪の男がにこやかに挨拶をした。

「これは、テレポーテーションのようなものか……」

 竹内先輩が、思案げにつぶやく。

「超能力ではないのですが、そういう種類のモノだと理解していただいてけっこうです。私は猿鳴さるなぎ 丈夫たけお、防衛省の組織、神籬の責任者をしています」

 他の職員は制服姿だったが、猿鳴だけは背広で、その柔和な物腰とゆっくりしたしゃべり方には、なんだか、ずっしりとした信頼感があった。

「いきなり連れてくるような形になって、申し訳ありませんでした。みなさん。椅子にお座りになって、楽になさってください。ご家族に無事を知らせる連絡を入れていただいてもけっこうです」

 どうやら、謎の組織にありがちな、携帯を取りあげられたり、目隠しされて連れて行かれたり、そういうのではないようだ。

 ほどなく、制服の女性が、全員に冷たい麦茶をもってきた。

「やはり、翔太郎くんはロボを動かせたようだね」

「はい」秘鎖美が短く答える。

「とにかく、なにが起こっているのか説明してください。あなた達、何者なんですか、危険なことに翔太郎を巻き込まないでください」

 那美が猿鳴に強い口調で文句を言う。那美と翔太郎は、同い年なのだが、那美は翔太郎の保護者のように振る舞うことがよくある。

「あんた、猿鳴司令に、なんて口叩くのよ!」

 一番端に座っていた咲也が、那美に噛みついた。どうやら、彼女はこの白髪のナイスミドルを尊敬しているようだ。

「なによ、あんたのロボなんて、見栄えばっかで、すぐやられちゃったじゃない」

「なにを!」

「お嬢さん、翔太郎くんを巻き込んでしまって、申し訳なかったね。ロボを使えるものは、限られているのだ。理由をお話ししよう」

 猿鳴は、今にも開戦しそうな女同士の戦いを、手で制しながら、話しはじめた。

「あのロボの話をお父さんから聞いていないかい」

 翔太郎が首を振る。

「あのロボがつくられたのは、昭和二〇年のことだ。歴史の授業で習ったと思うが、太平洋戦争の末期、日本の配色は濃厚だった。いよいよアメリカと本土決戦かとささやかれ始めていたとき、武神たけがみ博士という研究者が、これまでのものとはまったくちがう新しい兵器『〇二八まるにはちしき式金物』で戦局の逆転を図ることを進言したんだ」

「その秘密兵器が、巨大ロボットだったってことですか」

 翔太郎は目を白黒させた。荒唐無稽にもほどがある。

 令和になった今でも、完全に動く人型ロボットは開発されていないのだ。それを翔太郎たちが生まれてもいない昭和の時代に造ったなんて、信じられない。

「そのとおり。だが、巨大ロボット兵器の研究は大本営によって闇に葬られることになる」

「なぜでしょう? あんな巨大ロボットを昔の戦争に参戦させれば、戦争の結果が変わっていたかも知れない。いや当然、変わっていたでしょう。せめて、原爆の投下は防げたのでは?」

 竹内先輩が問い返す。

「武神博士は歴史学者だった。それも神道の研究者だったのです。当時、戦争には神がかりも必要という観点から、武神博士も招聘されていたんですが。博士が進言したのは、〇二八式金物だけではなく、それらすべてを含めた神がかりによる米軍の掃討作戦だったと言われています。大まじめに『カミカゼ』を吹聴する大本営でしたが、皮肉なことに神がかりによる米軍の掃討作戦なんて頭から信用しなかった。結局、戦況を逆転するためにつくられた金物は十種のみ、ほとんどが特攻兵器で、武神博士の提案は受け入れられなかった。仕方なく、武神博士は瀬戸内海の小島でロボのもとになる神奈備かんなびシステムを独力で研究し続けた。軍部のバックアップが受けられなかった研究は、遅々として進まず、そのうちに広島、次いで長崎に原子爆弾が落とされることになる」

「歴史の博士が兵器を開発した? それも巨大ロボット兵器を? それって国語の先生が顧問でロボコンで優勝するようなもんでしょ? いやそれならありえるか……」

 次々に繰りだされる聞いたことのない単語に、那美は見当違いなことを言った。咲也がふんと鼻を鳴らす。

「……言霊ことだまって言葉を知っていますか?」

 急に、秘鎖美が言った。

「コトダマ?」

「昔から、日本語には霊力が宿っていると言われています。実際、口にだした言葉が現実に影響を与えるんじゃないかと、現代人でも不安に思っている例はいくつもあります。たとえば、これから海外旅行をする人間に向かって『飛行機が墜落するかも知れないぞ、気をつけろ』なんて言わない。結婚式には、分かれる切れるという忌み語がある。これはすべて、日本語が本来もつ言霊の力で、言ったことが本当になるのを恐れているからなんです。苦しみや死と同じ発音の四や九を嫌ったりするのも同じ理由です」

「それとロボにどんな関係があるんですか」

「武神博士は考えたんです。神道で使っている言霊がなにか神ががりの力を宿した呪文なら、その力を使えないか。もし呪文の力が弱いのなら、何千人が同時に唱えたらどうなるか。人数を集めるのが無理なら、機械の力を使って、もの凄い速さで唱えたらどうなるのか」

「機械で言霊を唱える? 馬鹿な……神様の力を機械で増幅するなんて」

 祈りを拡声器のように機械で増幅するなんて、翔太郎には考えも及ばなかった。

「いいえ、武神博士は大まじめだったわ。現在はもはや神の時代じゃない。微弱なりと力がそこにあるのなら、ラジオが電波を増幅するように、力を増やす仕組みさえ考えればいいと考えたの。だからロボが動く理屈はとんでもなく単純なのよ。特殊な言霊の詠唱を記録した装置を動力で高速再生する。一回の言霊で力が弱いのなら、言霊の数を爆発的に増やして増幅する。力が存在するなら、回数を増やせばかけ算で大きくなる。博士はこの思いつきにより、神奈備かんなびシステムと呼ばれる十の磐座を造りあげたと言われているの」

「十? じゃあ翔太郎のロボ以外に九体のロボットがあるってこと?」

 那美が、眉を顰めた。今回みたいなことが、何回も繰り返されれば、翔太郎の身の安全はもとより、松山の街はそれこそ壊滅してしまう。

「当時、起動したのは翔太郎君のロボだけだったと言われている」

「おかしな話ね。なぜ、一体だけが起動したの?」

「今のところ、翔太郎くんのロボが他の神奈備とは違うらしいってことだけしかわからない。終戦直前、後に翔太郎くんのロボとなる磐座の起動を確認した武神博士は、小島に事故で流れ着いた若い兵士に、起動した磐座を与え、自分の研究のあと押しをするよう、天皇への親書を託して送りだした。そして自分は残りの磐座の起動方法を研究し続けたと言われている。その後、残りの磐座は歴史の舞台から、忽然と姿を消す。起動した磐座を持ちだした兵士は、翔太郎君のひいおじいさん、境木 稲太郎伍長だった。境木伍長は、磐座を携えて東京へ向かったが、天皇に会う前に終戦を迎えた。そうして新兵器は日の目を見ることがなかった」

 猿鳴が、ゆっくりと立ちあがり部屋のなかを歩きはじめる。

「でも、やがて時を経て、その磐座が思わぬ形で復活したわ。世界征服を企む悪の首領、ブラックビーストのロボ軍団と戦う、正義の巨大ロボとして」

 秘鎖美が、付け足すように説明した。

「この世に神がいるかどうか、この際、その議論はおくとしても、神の力により起動するといわれる究極の超兵器『神奈備』に防衛省も興味を持っていました。そこでまず、ブラックビーストとの戦いが終わったあと、君のお父さん、境木 正太郎さんに磐座を提供していただき、神奈備システムの研究を続けてきたのです」

「何を研究していたんですか」

「たとえば、何千、何百もの神奈備を手に入れ、国家の防衛のために使えばどうなるでしょうか?」

「ロボを量産化する?」

「補給も修理も、輸送すら必要のない無人で動く強力な兵器。はっきり言ってこれは核兵器を上まわるほど大きなインパクトを有する兵器になる」

 猿鳴は、熱に浮かされたように話し続ける。

「たとえば、テロリストが磐座を懐に隠して、ホワイトハウスに忍びこんだらどうなるでしょう。どんなに完璧な防御態勢を誇る国があったとしても、磐座ひとつあればすべてを覆せませんか? 兵器というのは単品の強さだけで推し量るべきではなく、価格、補給、輸送あるいは使用方法など運用面が極めて重要なのです。核兵器は破壊力こそ優れているが、運用面での不安定性や、政治的なプレッシャー、あるいは使用後の汚染などを考えると、欠点もまた多い兵器なのです。しかし神奈備はどうでしょうか。アメリカの核の傘に守られながら、核廃絶を訴えるという矛盾を持つ日本の大きな武器になりえる」

 竹内先輩が大きくうなずいた。さすが生徒会長だけあって、核廃絶とかそういう話にはシンパシーを感じているのだろう。

「しかしながら、磐座の複製は不可能でした。神奈備システムの構造は極めて単純で、現代の科学をもってすれば、いともたやすく複製できる。しかしながら、どうやら、なかの呪文が特殊だった」

「じゃあ、解析すればいいじゃないの」

「入っている言葉は、いわゆるこの世に存在するいかなる言語でもなかったそうです。しかも録音しているのは磁気テープではなく、極めて精密なオルゴールのようなものだったらしい。分解し解析すれば、確かに、3Dプリンターなどで再現できるが、もしそれで、複製が失敗して、コピーも、もとの磐座も機能を果たせなくなったら、磐座はわれわれのもとから、永久に失われる」

 確かにそのとおりだ、名画をいくら精密に模写しようと、ニセモノはニセモノだ。そこに魂が宿っているがどうかは、怪しいものだ。ことは、神がかり的なにかなのだから、そういう不確定要素は誰しも考えるだろう。

「しかたなく我々は、武神博士の遺物などを捜索した。そして、武神博士が生きているという事実にたどりついた」

「生きていたとしても、大変なお爺さんですよね」

 翔太郎は暗算がニガテだったが、同世代を生きたと言われる境木 稲太郎じいさんは、とっくに冷たい土の下にいる。

「この映像を見てください。こちらは、神奈備システムを発明したとされる武神博士。こちらは数年前、松山空港の防犯カメラで撮影されたものです」

 猿鳴の後にある大きなモニターには、コートを着た四〇代のザンバラ髪の男が映っていた。古い写真の人物に似ているように思えるが、同一人物だと確信するには不鮮明だ。なにより、第二次世界大戦の時代と年齢が変わっていない。 

「確かに似ているケド、別人じゃないの。武神博士は第二次世界大戦中の人物なんでしょ。今も同じ年齢でいるわけがない。わたしたちが高校生だからって、馬鹿にしないでいただけますか」

 那美が憤慨したように言う。

「神道には息吹永世(いぶきながよ)という呼吸法があり、それを体得したものは驚くほどの長命を得ることができると言われています。武神博士が存命している証拠に、我々は、一度武神博士を捕らえる寸前まで追い詰めたのです。取り逃がしはしたものの、咲也くんが持つスクナヒコナを手に入れました」

「じゃ、博士の持つロボはあと八つってわけね」

「そうです。そしてスクナヒコナが起動しているように、残りの神奈備も起動している可能性がある。我々は、この男を二〇年以上追跡し、ひとつの結論だした。武神博士は、この愛媛で自分の持つ磐座を起動させようとしている。おそらく瀬戸内の孤島で磐座をつくりだしたように、松山は磐座の起動のため、ひとつのキーポイントになっている」

「戦時中のマッドサイエンティストが百年歳以上の年齢で生きていて、松山でロボを暴れさせる? 馬鹿な、一体なんのためにそんなことをするんですか? ちゃんと東京で暴れさせてください」

 那美が、ドンと机をたたく。

「なぜ、愛媛なのかわかりません。しかし我々防衛省としては、ロボが暴れるというのなら、止めるしかないのです。翔太郎君、我々神籬に協力してはもらえませんか」

「……わかりました」

「ダメよ翔太郎、だまされちゃダメ!」

 いきおいで承諾しようとした翔太郎を、那美がさえぎる。

 僕は、なにをだまされているのだろう。翔太郎はぼんやりとそんなことを思っていた。《ルビを入力…》

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