いきなりロリっ子
翔太郎は、深呼吸してみた。
今までの人生で、あせって物事がうまく行ったことはない。いや、あせればあせるほどかえって悪くなった経験しかないのだ。
とにかく、落ち着かなければならない。自分に言い聞かせる。
まず、たちまちの安全だが。現状では、それを心配する必要はないだろう。
桜子先輩が、本気で翔太郎たちを殺すつもりなら、運動場にめがけて例の重力ボールを叩きつけるだけで、全員が一巻の終わりだ。
だが、翔太郎に付き合って欲しいと告白してきた先輩が、いきなりその相手を虫のように潰して殺すことはないだろう。もちろん、それは現状の話で、なにか機嫌を損ねると、どうなるかわからない恐ろしさはある。
マズイのは、一七号の肩に桜子先輩が立っていることだ。
ロボの肩は、ビルの高さを超えている。もちろん足場もいいとはいえない。真っ逆さまに落ちれば、命の保証はない。これでは、金のロボを攻撃した時のように、思うさまに拳でガンガン攻撃することはできない。
なんといっても、先輩は仮にも、人生で初めて自分のことを好きだと行ってくれた女性である。
殺してしまうなんてできるはずがない。というか、なんとか無事に助けて、バラ色の高校生活を送ってみたい。心の隅の方でそんなことを考えている自分がいる。
さらにマズイのは、一七号の重力攻撃だ。目にも見えず、したがって避けることも極めて困難。しかもその力は、敵の攻撃を無効化する使い方もできるとあっては、まさに対処のしようがない。
こんな究極の無理ゲーがあっていいのか。
翔太郎は、内心そう思っていた。
「いくわよ! 翔太郎くん」
桜子先輩の勢いのよい掛け声とともに、一七号の黄色い耳がキラリと光る。
重い音がしたかと思うと、バレルの体が振動し、後方に押しもどされた。腕を交差させて防いでいるが、大きな衝撃を受けている。
「いつまで、防ぎきれるかしら」
桜子先輩の言うとおりだ。こんな強烈な攻撃を受け続けていれば、いくら屈強を誇るバレルといえど結果はみえている。
いきなり、空に落雷のような音が響く。
一呼吸あって、数キロ先にある小高い山の向こうから、幾条もの光弾が振ってきて、一七号に激突し炸裂する。
轟音とともに、一七号に何発もの砲弾が命中し体のうえで爆ぜた。
北西の方角から、砲弾が次々に飛んできて一七号に命中しているのだ。遠くに砲撃部隊が隠れているのだろうか。見えない相手に撃っているはずなのに、舌を巻くほどの命中精度だ。
しかしながら、例の力場が作用し一七号には傷すらついていない。
「今回の自衛隊の準備は万全です。方向からして勝岡町の免許センターあたりからでしょうか」
猿鳴は、まるで花火大会を見るような顔で、砲撃を見ている。
「なぜ、山の向こうから撃つんですか? あてずっぽうで攻撃して、前のように翔太郎のロボを攻撃したら、許さないわよ」
「大丈夫ですよ、那美さん。前は、どちらが翔太郎くんのロボか分からなかったために起こった悲劇です。今のは、陸上自衛隊の特車部隊からの攻撃ですが、きっちり狙って撃ってますよ。射程距離、その砲弾が届く距離はね、たとえば戦車砲でも二キロ以上あるんですよ。これが砲撃専門の榴弾砲なら二〇キロ先の敵に口笛を吹きながら命中させる。現代の戦闘においては、大切なのは敵の位置を相手より早く正しく知ることなんです。そしてその敵に、先制で痛撃を与えることなのです。今どき、敵に姿を見せて攻撃するなんては流行らない。目には見えないですが、おそらく五百メートルほどの空中に敵の位置を測定するためのドローンが飛んでいるはずです」
猿鳴は空上を指さして笑った。
「よし、パンチだバレル。桜子先輩をケガさせないように」
翔太郎の指令とともに、バレルはアッパーカット気味に豪腕をふるう。
耳障りな低い音。バレルの拳が、一七号を包みこむ特別ななにかによって、弾き返されたのだ。バレルは、そのまま踏みとどまって連撃を放ったが、すべての攻撃が力場によって弾かれてしまう。
低い野獣の咆吼。バレルの目が黄色く光る。
耳をつんざく、強い衝突波が押し寄せてきた。全員、耳を押さえる。音の衝撃に、近く倉庫の窓にヒビが入る。
見あげると、一七号の発した重力波攻撃で、バレルが膝を屈していた。
恐ろしいまでの力だ。だが、ヒコナでは防ぎきれなかった攻撃を、バレルはよく凌いでいる。
「力を統べる神、
秘鎖美が、唸るように言った。
「評論家みたいに言わないでよ、なんか倒す方法ないの? 神道の力でどうにかならないの」
「神道の力は、相手を倒すためものじゃないのよ」
バレルは、今度は、ジャンプしざまに両拳かため、体重を乗せて振りおろす。しかし、その渾身の撃も、一七号の力場により、弾かれてしまう。もはや、桜子先輩のことを気づかっているそぶりはないが、恐ろしい防御力で、そんな心配はまったく不要のようだ。
バレルのあらゆる攻撃が、すべて防御されてしまっていた。
力場に弾かれ、バレルがバランスを崩す。
倒れたバレルに向かって重力波が発射される。地を転がって避ける。そのままビルに激突し、コンクリートの破片が容赦なくバレルを痛めつける。一七号は勝ち誇るような高い鳴き声をあげ、重力波を空に向かって発射した。
「どうかしら、翔太郎くん。覚悟は決まったかしら」
なおも重力波、避ける。バレルを掠めた重力波は、数キロ先に落下し、そのまま街を押し潰す。聞いたこともない破壊音。
秘鎖美が言ったように、今の桜子先輩は、天手力男神の荒魂になんらかの影響をうけているのは間違いなかった。いつもは、絵に描いたような大和撫子なのだ。
いつもは、お付き合いしたい男子に重力波をお見舞いするような女性ではない。
「一五秒ね」
やがて、那美が誰に言うとなくそう言った。
「なに?」
「ずっと計ってたのよ、一七号は一五秒に一回あの攻撃をしている。ということは、一発撃ったあと、一五秒は確実に隙ができる」
さすがは優等生の那美だ。
自分が攻撃されかねないこんな修羅場で、敵の攻撃を正確に計測していたのは、舌を巻くしかない。
「でも、あのバリアみたいなの、壊す方法がない」
「攻撃してなお、水神先輩の命も救うとするなら、貫通力ね。あの力場を貫き通すような強い貫通力を持った攻撃を一点に集中させて、で、串刺しにして動けなくするしかない」
「よし、翔太郎くん、それでいこう」
那美の判断が正しいことの裏づけに、戦闘のプロたる猿鳴が、瞬時に同意する。
「ドリルだバレル」
翔太郎の指示に、バレルが一吠えしたかと思うと、瞬時に右腕をドリルに変える。貫通力といわれてすぐにドリルを連想するのは発想が貧困だが、やはり男の武器ならドリルだという気もする。
「重力攻撃の後、力場に穴を開けるんだ」
「なにか、企んでいるようだけど、やってごらんなさい」
桜子先輩は、勝ち誇ったように重力波を飛ばしてくる。
バレルの動きは風のように素早かった。ジャンプしてひねるように身をかわすと、次の刹那には、一七号の懐に飛びこんでいる。
バレルは、風の神と戦ったときも、早さでひけをとらず、力の神と戦っても、力で圧倒的に負けている感じはない。おじいさんや父が、経験を積ませたといえばそれまでだが、いったい何の神を帰神させれば、こんな力をだせるのか。
一七号の腹部に、高速で回転するドリルを突き刺す。
熱を帯びて、煙をあげるドリル。
一七号は、バレルの右手をつかんで離そうとする。
いきなりだった。後ろからヒコナが飛びこんできた。バレルと同じように、右手をドリルに変化させている。バレルと同じ位置にドリルを突き刺した。
「狙いは悪くないわ。だから、協力してあげる」
あと、十秒。
焦げ臭いにおい。ドリルが摩耗している。
だが、一七号はまったく動かない。
あと、五秒。
「貫け! バレル!」
翔太郎の言葉に、バレルのドリルの音が、いっそう高くなった。
もう、時間がない。
時間切れと思われたとき、バレルとヒコナのドリル音が、ピタリと止まった。あたりは、摩擦でおきた煙でもうもうと包まれている。
「やったか?」
その、翔太郎の希望的観測は、ものの見事に外れることになった。
一七号の耳が鋭く光ったと思うと、バレルとヒコナは、背面のビルに叩きつけられている。咲也が呻きをあげて、地に伏せる。
「咲也くん。早く、帰神を解くんだ!」
猿鳴が駆け寄る。
「無理だよ、これ」
思わず言ってしまった。よく普通では絶対クリアーできないゲームを無理ゲーというが、これは典型的な無理ゲーのクソゲーだった。このままでは、バレルもいずれ倒されるしかなくなるだろう。
現状、桜子先輩の要求はなんとか承諾可能な範囲にとどまっているが、これほど強い神様のケガレに侵された先輩が、いつまでも、学園コメディ的ライトな要求ですましてくれる保証はどこにもなかった。
地獄の王様ゲーム、いや女王様ゲームだ。
もし、受諾できないレベルの要求をつきつけられたら、即座にゲームオーバーだ。
「バレル、お前なんの神様なんだよ。強い神ならどうにかしてくれよ!」
翔太郎は、あまりの状況に、磐座を平手で叩いた。
突然、磐座から光がほとばしった。
ああ、サイアクな時に、さらにとんでもないことになった。翔太郎はやらかしたと思っていた。磐座は神様を宿して戦う兵器の一部なのだ。いわば神様の体と言って差し支えない。
それを平手で叩くなんて、神をも恐れぬ行いである。
こんなの、確実にバチが当たる。
雷のひとつやふたつが空から落ちてきて、カエルの姿で異世界転生するくらいのことは起こりそうだ。もちろん、スキルなく魔法も使えないただのカエルで、異世界転生小説は一ページで終わるやつだ。
「お呼びにより、参りましたですの」
白い衣に赤い羽織をまとった、愛くるしい小学生の女の子がそこに立っていた。
全員、あっけにとられて凍り付く。
「お呼びにより、参りましたですの。ちなみに、今のは大事なことだから、二回いったんですの」
小学生と思った彼女は、よく見るとどこか普通の人間ではないようだった。着物が、古代の貫頭衣だし、腰にはきらびやかな帯を締めている。長い髪で後頭部に二つの輪をつくるような見たこともない髪形をしている。
勾玉を連ねたネックレスも、ネットを一年間探し続けても手に入らないような不思議な形と色をしていた。
「あの、誰ですか」
「わたくしの名はスセリ姫。姫ってよんでくれたらうれしいですの」
姫は、小さい体で可愛らしくチョコンと礼をしてみせた。
「あなたはもしかして、この磐座のチュートリアルアシスタントかなんかですか?」
思えば、磐座を秘鎖美に押しつけられてから、使用方法の詳しい説明など、まったくなかったといっていい。
このように、前進も後退もまったくかなわない、いわゆる詰んだ状態になれば、より詳しい高いレベルの使用法の説明とか、なんらかの救済がもたらされても罰はあたらないだろう。
「ちょっと! 失礼ね。こう見えても私も神様なんだから、敬えですの」
「神様? 」さすがの那美も言葉を失う。
「このロリっ子が……神様……?」
「助けて欲しいっていうから来てあげたのに、ロリっ子とはさんざんな言われ方ですの。もう助けてやらないかもしれないですの」
姫は、頬っぺたをふくらませて怒った。こんなリアクションをする幼女が神だなんてまったく信じられなかった。
「まさか、あなたは
秘鎖美は、あきらかに色を失っていた。こんなロリッ子に自分が神様だと名乗られてもまったく説得力がないが、ダイナマイトボディの大人の女性が動揺すると、一瞬にして説得力メーターが振り切れるというものだ。
「ごめんなさい。謝ります、助けてください」
翔太郎は、素直に頭を垂れた。
「わかったわ、じゃあ助けてあげますの。
「生弓矢?」
「漢字ではこう書きますの」
姫は、運動場に指で、生弓矢と書いた。
「なまゆみや……」
頬っぺたを膨らませてまた怒る。
「いくゆみやですの!」
「
秘鎖美が低い声でつぶやく。そのこわばった表情が、その武器の恐ろしさを裏付けていた。
「いかに、防御が強くても、神の武器の前には、無力ですの」
姫がニッコリと笑う。
いろいろなことが起こりすぎて、神様を宿した巨大ロボが暴れても、石板からロリッ子が出てきても、それほど驚かなくなっている自分に、翔太郎は驚いていた。
だがそうなのだ。石板からロリっ子がでてくるくらい、なにほどもないことなのだ。
これから、起こることに比べれば。
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