第三章 きみのために神と戦いますが、いいですか?

バーサス書道ガール

 翔太郎たちを乗せたヘリコプターは、松山北中学校の運動場に着陸した。

 猿鳴が、人数が少ないほど守りやすいと主張したため、真珠と竹内先輩は、神籬本部に残ることになった。

 翔太郎も、真珠の同行には反対だった。

 なにより危険だし、父に連絡を取ってもらわなければならない。真珠は置いてけぼりにされることに抵抗していたが、竹内先輩も一緒に残るという提案に、最後には同意した。

 北中学校から、一七号が暴れている場所まで一キロほどしか離れていない。

 猿鳴は、目までゴーグルで覆った完全武装の自衛隊員に、桜子先輩の年格好を説明している。写真を提供したいところだが、誰も桜子先輩の写真を持っていなかった。

 合図とともに、迷彩服の隊員たちが街に散っていく。

 彼ら別働隊が、速やかに桜子先輩を保護し、一七号を停止させてくれるのが一番なのだが、安城寺地区には、シンボリックな建物がほとんどない。赤いレンガ造りのポンジュース工場は、ひときわ目立つが、高層マンションなども数えるほどしかない閑静な住宅街なのだ。

 これでは、どこからだってロボを操作できる。

 この街で、桜子先輩をいち早く発見するのは、かなり至難の業といえた。

「本隊と愛媛県警は、住民の避難誘導にあたっていますが、完了していません。できるだけ、街への被害を抑えつつ、敵を排除してください」

 猿鳴が、正義の味方ならではの、無理ゲー指令を言い放つ。

「今度は、あんたにばっか、いいカッコさせないわよ」

 いつの間にやら、咲也が、切れ長の目で翔太郎をにらみつけていた。

 猿鳴が、咲也に磐座を差しだした。

「戦ってください咲也さん。だが、死ぬことは禁じます。我々には君が必要なのです」

 朔也はむくれた顔で、磐座を猿鳴の手からひったくった。

「私にあなたは必要ないわよ」

 忌々しそうに猿鳴に言ってから、磐座に向かって叫ぶ。

「いくわよ! ヒコナ」

 朔也のかけ声とともに、まばゆい光がふくれあがる。

 流麗な姿をした中世の騎士。真昼の街に銀の巨人が出現した。

 彼女の強い戦いの意思は、翔太郎と好対照だ。彼女は、ケガレに負けないよう、神道の修行を積んでいる一族なのだと言っていた。おそらく、明確に戦う理由があるのだろう。ただ、流されるままここに来て、おろおろしている翔太郎とは雲泥の差がある。

「先に戦うのはいいけど、これって負けのフラグじゃないの」

 那美が翔太郎にだけ聞こえる声で、皮肉を言った。

 ヘリコプターの飛び交う、田舎の街で、巨大な一七号ロボがいななきをあげる。

 一七号は、四角い燃える溶鉱炉のような赤い目をしていた。ロボの顔には黄色い耳のようば部分があり、そこから光がほとばしる。

 空気に亀裂が入る激しい衝撃音に、その場にいた誰もが耳を押さえる。同時に、光を受けた報道ヘリが、一瞬にして圧縮され空中でスクラップになって墜落する。

 まるで、重力攻撃。

「あの光は危険だ」

「わかっているわよ、そんなこと」

 思わず助言した猿鳴の声を、咲也はにべもなく遮る。

 スクナビコナは、稲妻のように動きで、光の剣と一体となり突進しする。

 剣は見事一七号のボディをとらえた。

「仕留めたわ」

 朔也が猿鳴の顔を見やって、ニヤリと笑った。

 その瞬間、なにかが起きた。ヒコナの剣が空をさまよう。確かに一七号を捉えたかに思えた切っ先が、まるで影を突いたかのように、向こう側に突き抜けてしまっている。

「どういうこと! あのロボットには、実体がないの?」

 突進の勢いを、完全にすかされたヒコナは、そのまま倒れてしまう。大きな音ともに、粉塵が立ち登り、翔太郎たちの方に風で流れてくる。

 朔也の舌打ちがここまで聞こえてきた。

「これは私の想像ですが。あのロボットには身体の周囲に重力を発生させて、敵の攻撃をねじ曲げる能力があるのではないでしょうか」

 猿鳴が、冷静に分析した。

「攻撃を曲げる?」

 秘鎖美は敵が力の神だと言った。確かに力を操る神なら、そのくらいの防御法をもっていても、なんら不思議はない。

「じゃあ、どうすりゃいいのよ」

「攻撃すべてが、効かないのか。たとえば……近接戦闘、拳はどうでしょう」

 猿鳴の指示を待つまでもなく、起きあがったヒコナはとっくの昔に剣を捨てている。まったく戦意が衰えた様子はない。朔也の性格はとことん戦闘向きなのだ。

 トラックを持ちあげざまに投げつける。

 もう、咲也に街への被害を抑える気持ちなど、毛頭なくなっている。

 歩きだそうとしていた一七号の背中に、トラックが衝突して黒煙をあげる。瞬時に間を詰めて、拳を叩きこんだ。

 だが、一七号は小揺るぎもせず、悠然と進んでいく。おそらく、体全体を覆う重力場は、すべての物理攻撃に対して有効なのだ。

「まだまだこれからよ、馬鹿にすんじゃないわ!」

 朔也が、白い肌を紅潮させて叫ぶ。彼女がヒコナの禰宜に選ばれた理由が、すこし理解できたような気がした。

 一七号の頭部から、今度は黒い球体が発射される。

 ヒコナは身をかがめ前転して球体を避けた。うまい! と思わず言いそうになった。彼女は彼女なりに、マグマとの戦闘を経て、戦闘慣れしてきている。

「やられっぱなしじゃ、終われないっての!」

 黒い球体は、翔太郎のいる運動場を飛びこえて、道路のむこう側にある駐車場に落下していく。球体が落下すると。大地に亀裂が入るような重低音とともに、強烈な重力により、駐車場の自動車がわずか数センチの厚さに瞬時に押し潰されていく。

 翔太郎は、全身に冷たい汗がでてくるのを感じた。一七号が、今の黒い球体で、翔太郎たちをピンポイントで狙ったら、全員が一巻の終わりだ。

 ヒコナは勢いよく空中に手をかざす。すると掌が光を発し、やがて輝きのなかに、大きなモーニングスターが現れた。神を降ろしているロボは、思いのままの兵器を実体化させることができるのだ。

 モーニングスターを構えざま、17号の腕に絡みつかせる。

「攻撃方法っていうのは、いろいろあんのよ!」

 引っ張り合いになるが、後方へ引かれる17号の方があきらかに不利だ。

 巨大な鎖が高い音をさせて軋む。猿鳴が思わず拳を握りしめている。

「倒すのが無理なら、ふん縛ればいいのよ」

 17号が高らかな嘶きをあげる。刹那、力強く胴を回転させたかと思うと、逆にヒコナが引き倒される。

 ヒコナは倉庫に激突し、土煙が吹きあがった。

「力の神の名は伊達じゃないってわけね」秘鎖美がつぶやく。

 咲也が、いまいましそうに舌打ちする音が響いてきた。

「咲也を逃がす準備が必要ではないでしょうか」 

 圧倒的な力と、絶対の防御力。

 確かに、冷静に判断してヒコナの勝ち目は薄い。

 17号の目が光る。

 かわそうとしたが、倒されていたぶんだけ、反応が遅れた。

 見えない力が衝突し、ヒコナの右腕が、アルミ缶のようにベコリと凹んだ。

 咲也が、低い呻きをあげて右腕を押さえる。ヒコナの破損は、咲也に即座に影響を与える。胴体が割れても大丈夫だった翔太郎のロボとは大きく違う。このまま戦うのは危険に思えた。

 もう一度目が光る。たて続けの重力攻撃。

 ヒコナが後方に飛ぶ、住宅を潰して着地した。さっきまでヒコナがいた場所に、見えない強烈な力が激突し地面が大きく陥没する。

 いつの間にか、17号は完全にヒコナの方に向きなおっている。

 また、目が光る。

 一刻の猶予も許されない。

「バレル、ヒコナを助けるんだ」

 翔太郎は、鞄から磐座を取りだしてバレルに命令した。

 バレルは、一昨日の戦いでボディにかなり大きな傷を負った。ロボの操作を解く、いわゆる帰神を行うと、まるでホログラフが薄くなるように、あっという間に消えてしまったが、傷が治ったカンジはなかった。あんな傷を負ったまま戦えるのだろうか。

 天空をかきむしるような猛獣の鳴き声。

 見上げると、そこにバレルが立っていた。青銅色のボディ、巨木のように太い腕と脚。翔太郎は、自分の心配が杞憂であることを知った。身体から一昨日の亀裂は消えている。さすがは、神を降ろして戦う兵器、一定の時間があれば、ダメージも不思議な力で回復するようだ。

 ということは、敵のロボをどんなに痛めつけ、破壊しても、禰冝さえ無事なら一定の時間でもとに戻ることになりはしないか。つまりこの戦いは、敵ロボを退け、鎮魂帰神を行うというワンセットの行動を実行してこそはじめて敵を倒したといえるようだ。

「禰冝を発見しました」

 猿鳴が、翔太郎に大きな双眼鏡を手渡してくる。

「一七号の左肩を見てください」

 言われるまま双眼鏡で一七号の左肩を見た翔太郎は、思わず声をあげそうになった。

 桜子先輩は、一七号の肩の上に立っていた。

 小さい顔に、細くて長い手足、まるで平安時代の姫を思わせる美しい黒髪。西南高校のかぐや姫とあだ名される大和撫子が、ロボの肩の上で、翔太郎たちを見下ろし微笑んでいる。

「待っていたわ。境木くん」

 地鳴りのような声が、周囲に響き渡る。おそらく、桜子先輩はロボの神がかりを使って、声を増幅しているのだ。

 すかさず猿鳴さんが、インカム式の拡声器を手渡してくれた。拡声器を使って高校の先輩と話をするなんて、いささか面はゆいが、今は緊急時で、手段を選んではいられなかった。

「私が勝ったら、書道部に入部してもらうわよ」

「あの、勝たなくても入部しますから、ロボを操るのやめてください」

 桜子先輩は、翔太郎の声が聞こえないと言わんばかりに、表情を変えない。

「それから……私と付きあってもらうわね」

 いきなりの、あまりに異常な告白に、翔太郎は息が詰まりそうになるのを感じた。

「……なに言ってんスか、こんな時に」

「こんな時だからこそ、言うのよ。冗談でこんなことを言えるわけがないでしょう。私が勝ったら、私の彼になってもらうわよ!」

 こんな、街に家を壊され被災者が逃げ惑っている状況で、まったく不謹慎だが、翔太郎は内心嬉しかった。

 翔太郎は、はっきり言って竹内先輩のようにイケメンではない。さして特徴のない中の中たる凡庸な男であるからして、自分の年齢=彼女いない歴であることは言うまでもない。

 それがイキナリ年上とはいえ、西南高校のかぐや姫とあだ名される美女に告白されて、気分が悪いわけがない。平穏無事な人生を所望してきた翔太郎ではあるが、当然、彼女のいる生活に憧れはあるのだ。

 いや、美人の彼女が欲しくない高校生など、そうはいないに違いないのだ。

 年上彼女というのは、いいものだという話を聞いたこともある。

「と、とにかく、ロボを操るのをやめましょう。その後、話をしましょう。ロボを操ると、その……精神的にやられちゃうらしいんです……だからその、先輩……」

 言ってから、翔太郎はしまったと思った。

「なによ! 境木くん。私が気の迷いであなたに告白していると思っているの!」

 桜子先輩が怒っていた。わけもなく女性を怒らせることに関して、翔太郎は黒帯級の実力を持っている。

「そんなことはないですが……告白は嬉しかっったですが……あのぉ……」

「なによ!」

「テレビ番組の高校生の告白みたいになってますよ」

「どうでもいいわ! 境木くん、答えはどうなの!」

 答えられるはずなどなかった。翔太郎は、もしオリンピックに優柔不断競技があったらなら、金メダルは無理でも、日本代表選考レースには必ず出場できるくらいには優柔不断なのだ。

 そうでなければ、平穏無事を心から欲しながら、こんなところに立ってはいない。

「翔太郎! 今嬉しかったって言ったわね」

 気がつくと、驚くほど近くに那美の怒りに満ちた顔があった。

「あ……なんでしょう」

「あんた、水神先輩が好きなわけ、告白されてつきあうわけ?」

「そんなこと言ってないでしょ。桜子先輩は、ケガレで混乱しているだけで……僕はその……」

「好きでもなんでもないのね」

 翔太郎はこくりとうなずいた。目を三角にして凄む那美に、反論できる者などいるはずもない。

「じゃ、はっきり好きでもなんでもないって言いなさいよ」

 そう言ってはみたものの、翔太郎がそんなことをはっきり言えない男であることは、那美はわかりきっているようだ。

「あんた、水神先輩を名前で呼ぶのやめにしないさいよね」

 翔太郎のインカムを奪う。

「先輩! いきなり、ロボの肩に乗っかって、告白なんて卑怯じゃない! パワハラで、セクハラよ!」

「なによ剣嵜さん、あなた。でしゃばらないで! 幼なじみってだけで、境木くんとつきあっているわけじゃないんでしょう? 黙ってなさい!」

「迷惑だって、言っているんです。翔太郎、いってやんないさいよ!」

「いや、迷惑なんてことは……そんな……」

「ほら、翔太郎くんは、迷惑じゃないって言っているわ。迷惑なのはあなたよ、古女房面していつも翔太郎君の隣にいるから、素敵な翔太郎君に、彼女ができないのよ。早く子離れしなさいな」

「なにを……」

「西南高校のアイドルが聞いて呆れるわ。バストのサイズはまだまだ中学生レベルじゃないの。翔太郎君はね、大人の女性がいいに決まっているの」

 これはやばい。

 人には、言って良いこととイケナイことがあるのだ。とかく鈍いと評判の翔太郎だが、今の状況のマズさが、地球壊滅の危機に匹敵していることだけはよく分かった。その証拠に、那美の顔が、耳の先まで真っ赤になっている。

「翔太郎」

 低い那美の声。まっすぐに翔太郎の顔をみている。怒った美人の顔というのは、どうしてこんなに凄みがあるのだろう。翔太郎はなぜだか冷静にそんなことを考えていた。

「あのロボ、女ごとぶっつぶして、私のために……」

「その言葉、戦線布告と考えていいのかしら、剣嵜さん」

 一七号の肩のうえで、桜子先輩が那美に向かって強い調子で念を押した。

「どうぞご自由に、でも、翔太郎は負けません!」

 あんなチート重力ロボに勝つ方法があるのか。

 それより自分は、なんのために戦うことになったのか、よくわからなかった。いやなにより、那美は、戦いに大反対ではなかったのか。いつの間に自分に戦えと指示する立場になったのか。翔太郎はまったく理解できず、複雑な顔で磐座を握り直した。

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