第四章 正義のために戦いますが、いいですか?

みんなを守るよ

 目覚めて、最初に見えたのは点滴の袋だった。

 一七号との戦いのあとの記憶がない。

 点滴、白い天井、カード式の有料テレビ。どうやら、自分は病院に担ぎこまれ、入院させられたようだ。

 街を壊す巨大ロボ、力の神、桜子先輩からの告白、地獄の穴。ボーっとした頭で考えると、起ったことが、すべて夢オチのような気がしてきた。

 だが、枕元に所在なげに立っている桜子先輩を見て、今までのことがやはり夢ではないことを思い知らされた。

 だがなぜ、家族ではなく、桜子先輩が部屋にいるのか。翔太郎は少なからず混乱していた。

「あのう。ご、ご無事だったんですね。桜子先輩」

 あまりの動揺に、声が裏がえってしまった。

 しかし、翔太郎は内心ほっとしていた。桜子先輩は、頭の包帯は痛々しいが、それ以上に外傷はないようにみえた。なにより、こうやって見舞いに来てくれているということは、元気だという証拠だろう。

「ああ、目が覚めたのね。境木くん、本当に申し訳なかったわ……」

 桜子先輩はなにについて謝罪しているのか。そんなことをぼんやり考えた。もちろん、巨大ロボを使って暴れたことに違いないのだが、翔太郎の関心はむしろ先輩からの告白にあった。女性から告白されたことなど皆無なのだが、告白されたら返事をするのが礼儀のような気がした。

 だが、ロボットの肩の上からの告白には極めて有効性に疑義があった。

「あのロボ……天手力男神の荒魂は、行きすぎた積極性らしいわ。そのケガレに影響されると、ものすごく積極的になる。だから……あなたに告白したのは……嘘じゃないけれど……でもその……返事は……気持ちの整理がつくまで、もうすこし待って欲しいの」

 翔太郎は、ほっとしている自分に気がついた。

 確かに、桜子先輩は美人でおしとやか、書道部でも人望のある非の打ちどころのない女性だ。それでも、付き合うのか、付き合わないのか、という選択をつきつけられたら、迷うしかない。

 翔太郎は、優柔不断が、アメリカでプロスポーツなら、即座にヘルメットとプロテクターをつけてスーパーボールでクォーターバックがはれるくらいの大型優柔不断選手なのだ。

「わかりました、とにかく、桜子先輩が無事でよかった」

 そのまま、二人とも黙りこんだ。次の言葉がみつからなかった。

「あーっ、兄ちゃん目を覚ましてる! 那美ねえちゃん!」

 二人の微妙な空気をブチ壊すように、跳ねるような真珠の声がした。

「兄ちゃん、三日三晩、寝こんだんだよ。パン食う?」

 真珠が、袋入りジャムパンを差しだしてくる。

「んだよ、この雑なジャムパン。どこで買ってきたんだよ」

「下の売店。コンビニだよ」

 今どきどこで売ってるかわからないような、クラシックな袋パンを見たとたん、自分がとんでもなく空腹であることに気がついた。点滴で栄養補給してもらっているのだろうが、それでは足りてないのだ。一応、翔太郎も成長期まっ盛りの男子の端くれんなのだ。

 袋を破って、ガツガツかじると、今まで食べたどんなパンより旨く感じた。まさに、身体が養分を欲しがっているとはこのことだ。

 戦いの後で感じた、重い漬け物石のような疲れはなくなっていた。

 実際に敵と戦ったのはバレルだが、心労が重なり過ぎたのだ。校内カーストでピラミッドの下部に属するはずの自分が、怪ロボと戦っただけでなく、大和撫子とあだ名される先輩に告白され、地獄に堕とされそうなったのだ。

 こんな経験する高校生など、自分しかいないに違いない。

「翔太郎!」

 那美が、扉のところで、口を押さえて驚いていた。目には涙が見えた。

「よかった。気がついたのね」

 駆け寄ってきて、桜子先輩を押しのけるように、枕元に立つ。

「戦いの後、倒れて目が覚めなかったらどうしようかと思ったわ」

「本当にごめんなさい。このとおりよ」

 桜子先輩が頭をさげる。

「まったく、迷惑な話よね」

 まるで嫁をいびる姑のような目線で、那美が桜子先輩をにらんだ。

「だいたい……」

「まあ、その、さ。悪気があってしたんじゃないから……」

 翔太郎はたまらなくなって、那美の説教を遮った。このままくどくど那美に説教されたら、先輩が泣きだすかも知れない。

「ちゃんと、水神先輩に断ったんでしょうね」

「え……?」

「告白よ、告白、あんた……」

「それはさ、一応、保留ということで」

「保留ってなに? 先延ばし? なんでそんなことする必要があるのよ。この女のせいで、あんた三日三晩昏睡したのよ。好きとか嫌い以前の問題でしょう?」

 那美の勢いは止めようがなかった。助けを求めるように真珠の方を見たが、真珠はなに食わぬ顔で外を眺めている。さすが、要領の良さが服を着て歩いていると言われるだけのことはある。機を見るに敏なのだ。

「あの、磐座……ロボの操作盤は誰からもらったんですか?」

 こうなったら、真面目な話ではぐらかすしかない。翔太郎は桜子先輩に質問した。

「四〇代くらいの白髪の男だったわ。やぶにらみの目で睨まれて、この板に念じたら望みがかなうって言われて。その後のことは夢うつつというか……熱に浮かされたというか……ごめんなさい」

「ごめんなさって、ごめんで済んだら警察いらないのよ」

 那美が、桜子先輩をにらみ据える。

「剣嵜さん」先輩の厳しい声に、那美がたじろぐ。

「私が、あなたの幼なじみの翔太郎くんを、好きだと言ったことは嘘や気の迷いじゃありません。中学の書道クラブにいた頃から、好きだったのよ。大切な幼なじみを危険にさらしたのは、このとおりお詫びするわ。でも、翔太郎くんに彼女がいないなら、今は無理だとしてもいずれおつきあいしたいと思っています。もし、あなたが私と張り合おうと言うなら、いつでも勝負いたします」

 桜子先輩は、那美の目を見て、静かに強く宣戦布告した。さすがは、大和撫子とあだ名されるだけあって、静かななかにも凜とした迫力があり、那美も気圧されている。

「なっ、私と翔太郎は、ただの幼なじみよ。好きとか……そんなんじゃないわ……勝負なんかするわけないじゃない!」

 那美の言葉に、真珠が真っ赤な顔をして手で必死に笑いをおさえている。

 兄の非常事態がそんなに可笑しいのか。

「そう、安心した。じゃあ、翔太郎くん。私があなたの彼女第一候補ってことでいいわね」

「あのう……」

「翔太郎!」那美が翔太郎の返事を遮る。

「やれやれ、急ににぎやかになったね」

 父の翔太郎が、花を挿した花瓶を携えて戻ってきた。黄色いひまわりの花。このなかの誰かが持ってきてくれたのだろう。

「おじ様。言ってくださったら私がやりましたのに」

 那美が、花瓶を受けとる。

「翔太郎。こんなことになってすまない。お前がやっていることは、本来なら父さんがやるべきことだ」

 父が頭を下げた。なんだが今日は、次々に謝られる日だ。

「ちょっとまってくれよ父さん、僕がロボを動かすの、反対だって言ってたじゃないか。本来なら自分がすべきって、ロボを動かすこと自体は反対じゃないのか?」

 正太郎が言葉なくうなずく。

「お父さんが使っていたロボの話、もっと詳しく私と兄ちゃんに教えてよ。兄ちゃん、ひどい目に遭っているんだから。あんなの操って、ホントは体に悪いんじゃないの」

 真珠が、犬も食わない会話から、話をそらすように質問した。

「そうだな。三〇年前、父さんが使っていたロボ、二八号は……父さんはバレルを二八号と呼んでいたんだけどな……確かにあれを操った後は、ひどく疲れた。けれど、父さんも今まで生きているし、後遺症とかはないはずだ」

 よく考えると、正太郎は翔太郎と同じように、争いを好まない穏やかな人間だ。本当に、悪と戦う正義の少年をやっていたのか疑問だった。父のどこに、そんな強さや闘争心が潜んでいるというのか。

「当時、二八号と私は、太陽の使者と呼ばれていた」

「太陽の使者? なんかダサいんだかかっこいいんだかビミョーな愛称ね」

「正義を守る太陽の使者だ。秘鎖美さんにどこまでバレルのことを聞いたかわからないが、第二次世界大戦末期。お前のひいじいさんにあたる稲太郎は、海上演習中に事故で遭難し、離島でロボの研究をしていた武神博士に助けられた。当時、武神博士は、ロボを操る十個の石版、磐座の制作には成功していたものの、どれ一つとして、起動するものがなく、困り果てていたらしい。遭難したとき、怪我をしていた稲太郎じいさんは、武神博士を手伝いながら傷の回復を待ったそうだ」

「そして、バレルだけ起動した。そういう話だったよね」

「きっかけは、広島に原子爆弾が落とされたときらしい。爆弾の投下だけで、一一万人の人が亡くなった。そして、二八金物の一つが起動の兆しをみせた」

「原爆で起動しただって……どういう理屈で……」

「当時は、米軍が落とした爆弾の種類も、亡くなった人数も分からなかった。とにかく、なにかがきっかけとなり、起動の兆しをみせた。大切なのは結果だった。一つでも磐座が起動すれば、戦局を大きく変えられる。二人は手に手をとって喜んだそうだ。そして、稲太郎じいさんは、バレルの磐座と、天皇に報告する親書をもって島をでた」

 バレルの起動に、日本の歴史上、最も重大といっても過言ではない事件が関与していたという事実に、その場にいる者全員が言葉を失った。

「原爆の投下から、日本の無条件降伏まで約十日。この時、稲太郎じいさんが、武神博士の指示に従って、まっすぐ東京に行っていれば、結果的に第二次世界大戦は終わらず、本土決戦となり、より凄惨な結果に終わったかもしれない。だが血気盛んな若者だったじいさんは、元の上官のいる駐屯地にもどり、そのまま磐座を使って、米軍と本土決戦をはじめるように進言した。そして、兵器の価値を信じない上官の目の前で、バレルを起動してみせた」

「どう……なったの?」

「バレルのケガレは、一人の人間に背負いきれるものではなかった。磐座は起動したものの、ロボは発現せず。稲太郎じいさんは、原因不明の病に冒され倒れた。稲太郎じいさんは、遭難で頭がおかしくなった、嘘つきだと笑われた。やがて戦争が終わり帰ってきたじいさんは、結婚して子供をもうけたものの、ケガレの病が治ることなく。四〇代で死んでしまったと聞いている」

「ケガレに殺されたっていうのか……」

「そうだな、天手力男神を起動させたときは、多少性格が変わるくらいのケガレだったそうだが、それから比較すると、バレルの神のケガレは一人の人間では負いきれないほどのものだったようだ。その後を受け継いだお前たちのじいさん、穣太郎も、ケガレのせいで死にこそしなかったもののロボの発現はできず。結局ロボが発現できたのは、私の代になってからだ」

 起動に三代もかかるケガレ、いったいどんな神を帰神させているというのか。

「なんで原爆で起動したのよ」

「放射能か、あるいは人の死か……」

 翔太郎は、根の国に向かって開いた暗い洞穴を思いだしていた。

「おそらくは、人の死……でも、そのとき起動しなかった他の磐座は、なぜ今、起動しているんだ?」

「詳しいことは武神博士でなければ分からないが、もし、人の死が起動の大きな要因だとするなら、戦後、日本で起こった災害、事故だけでも、他の磐座を起動できるきっかけは、たくさんあったんじゃないだろうか」

「んで、なんでお父さんが、戦わないといけないわけ?」

 真珠が素直に質問を返す。損得、あるいはプラスかマイナス。真珠の思考は極めてシンプルなのだ。そして単純だから、物事の本質を見透かすことが多い。

「これは、お前たちのおじいさん、つまり私の父、穣太郎じいさんから受け継いだ話だが、バレルが起動したとき、武神博士は、もう一つ、とんでもない神代兵器を起動していたというんだ。そして、それがもし動いてしまったら、この世界は終わりだから、バレルを使ってそれを阻止しろ。それが稲太郎じいさんの遺言だったらしい。だからブラックビーストがロボを使って暴れはじめたとき、遺言にあった兵器だと勘違いして、父さんたちは上京して戦ったんだ。そして、撃退した」

「でも、神代兵器とはちがった。ただの悪のマッドサイエンティストだったんだね」

「そうだ。だから父さんは、今のような事件が起こる可能性を認識していたんだよ」

「だから、兄ちゃんがロボを操ったっていっても、びっくりしてなかったのかぁ」

「そうだ、いくらお前たちの母さんと一緒になりたくても、鎮魂帰神を行って、バレルとの絆を断ち切るべきではなかったんだ。いずれ神代兵器が攻めてくる日がくることを、父さんはおぼろげながらわかっていた。でも、目先の幸福に目がくらんだんだ。本当にすまない」

 来るのか来ないのかもよくわからない世界の災厄と、目の前の恋人、誰でも後者を取るだろう。前者を取るとする人がいるなら、本物のヒーローが狂人に違いない。

「すまないって、言われてもねえ」

 真珠が肩をすくめる。

「そうだね。鎮魂帰神をしなかったなら、僕たちが生まれていない。だから、謝ってもらっても複雑だよ」

「お父様、よろしいでしょうか」

 桜子先輩が静かに前に進みでた。

 顔をしかめて「おじ様でしょ」とツッコミを入れる那美を、真珠が手で制した。

「それでも、なぜ翔太郎クンが戦わなければならないのでしょう。警察もある。自衛隊もいます。広い世界を見わたせば、もっともっと強い軍隊もあるはずです。彼らは給料をもらって人々を守ることを生業としています。翔太郎クンはまだ未成年です。未成年に世界の命運を懸けなければならないほど、大人というのは脆弱な生き物なんですの?」

 頭の良さからくる那美の鋭さや、賢さからくる真珠の損得勘定とはまた違った、筋の通った正論だった。どうやら、桜子先輩も触ると折れてしまうようなただの撫子ではないようだ。

「だから、謝罪しているんだよ。私の戦いに翔太郎を巻きこんでしまった。翔太郎、これ以上、戦いを続けたくないのならやめていい」

「翔太郎クン、あなたと戦った私がいうのもアレだけれど、危険なことはやめた方がいい。ケガレとか、地獄の穴とか、この戦いはマトモじゃないわ」

 いつの間にか、桜子先輩が那美より前にでてきていた。

「ありがとうございます。先輩。でもそんな塾をやめる話みたいに軽くはやめられません」

 優柔不断の王、翔太郎のきっぱりした言葉に、全員驚く。

「僕にしかできないというなら、ロボを動かすことで、みんなが安全でいられるなら。僕はバレルを動かしますよ」

 バレルを動かすのをやめて逃げだしても、翔太郎たちに安息が訪れないことは、真珠の思考実験によってはっきりしていた。そしてなにより、この世界が終わってしまうなら、どこにどうやって逃げろというのか。

 止められる可能性を持つ者が自分だというなら、踏みとどまるしかなかった。

「みんなを守るよ」

「翔太郎クンさすがだわ。惚れ直した。私も協力するわ」

 桜子先輩が、翔太郎の手を握る。那美がいらついたように舌打ちをした。

 本当は、戦うといいながらも、心の片隅で、戦うか戦わないか、迷っていたのだが、そんなことをされるともう取り消しはききそうもない。

「翔太郎、それでこそ太陽の使者、正義の味方だ」

 入口から聞こえてきた大きな咳払いにより、正太郎の言葉がさえぎられる。

 そこには、黒いトレンチコートに身を包み、杖をついた白髪の老人が立っていた。

「四〇年も経ったちゅうのに、相変わらず、正義、正義とうるさいやっちゃなあ」

「おまえは、ブラックビースト!」

 正太郎が、思わず大きな声だす。

 その人物は、かつて日本中を恐怖のどん底に突き落とした恐怖のマッドサイエンティスト、ブラックビーストその人だった。

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