モテスギモテキ

 巨大観覧車くるりんの最も高い場所は、地上から八五mに達するらしい。

「この高さなら、巨大ロボットすら見下ろせるねぇ」

 ゴンドラのなかで、竹内先輩が穏やかにほほえんだ。松山市中心部に位置する百貨店デパートいよてつ高島屋の屋上にある巨大観覧車くるりんは、ランドマークになっている。

 病院は、血圧測定と簡単な問診で、すぐに退院できた。

 医者から、症状は過労に類するもので、病気やケガの類いではないから、自宅療養で栄養のあるものを食べ、休養をとるようにいわれた。

 翔太郎としても、せっかくの夏休みを病院でくすぶり続けるのは本意ではないし、行方不明の咲也のことも気がかりだったので、即日退院した。

 病院には、支払いも必要ないらしい。真珠によると、戦いで負傷した場合の治療費は、すべて神籬持ちになっているそうだ。

 帰宅して身支度を整えたあと、午後から集合し、みんなで咲也を捜索することになった。神籬や自衛隊員、地元警察も捜索してくれているが、人数は多いほどよいという結論になったのだ。

 家に帰ってわかったが、どうやら、政府は巨大ロボットのニュースをもみ消す努力を止めたらしい。こう連続して巨大ロボットが街を襲って、SNSや動画サイトに次々と映像をアップされてしまっては、いくら辺境の都市で起こっている事件とはいえ、もみ消すことは不可能と判断したようだ。

 咲也の捜索にあたっては、真珠が、イケメン竹内先輩とペアを組んで捜索するために、陰謀をはり巡らせ、二人一組で捜索にあたることを提案した。しかしながら、誰とペアになるかで那美と桜子先輩が、火のでるような口げんかをはじめたので、結局、くじで決めることになり、翔太郎は竹内先輩とペアを組むことになった。

 翔太郎は内心ほっとしていた。

 男同士なら、わがままに振りまわされることなく、効率的に捜索にあたれると思ったのだ。しかし、世の中は思い通りにはいかないもので、次々に繰りだされる竹内先輩の提案に閉口することになった。

 まず最初に、いよてつ高島屋の屋上を探すことになった。屋上はテラスになっていて、喫茶店や休憩場があるのだが、そこにいるのではないかというのだ。

「ほら、偏差値の低い方々と煙は高いところにのぼる。昔からそういうことわざがあるじゃないか、だから僕らは高い場所を探そう」

 それをいうなら、馬鹿と煙は高いところにのぼるである。しかもそのことわざは、馬鹿が本当に高い所が好きだということではないはずだ。要するに、竹内先輩は咲也のことを馬鹿にしているということだろう。

 その後、観覧車くるりんに乗ることになったのは、もっと意味不明だ。竹内先輩が誕生月なので、くるりんに無料で乗れるらしい。高い場所からの方が捜索しやすいといわれたが、観覧車の窓から見える人は豆粒サイズで、誰がどこにいるかなんて、まったくわからなかった。

「おお、翔太郎くん側の方が風景がいいじゃないか」

 うれしそうな顔で、竹内先輩が翔太郎のとなりに座ってくる。

 観覧車のゴンドラが、ユラユラと揺れる。

「勘弁してください。先輩。だいたい、観覧車なんてカップルで乗るもんですよ。那美でも連れてくればよかったのに」

 翔太郎は、子供のようにはしゃぐ竹内先輩に、あきれ顔でいった。竹内先輩と那美は、美男美女のカップルとして学校でも噂になっていた。

「翔太郎くん」

 竹内先輩が、翔太郎を真顔でみた。あまりに顔が近いのでドキリとした。

「君はなにか大きな誤解をしていると思うので、ここで、それを解いておこうと思っていたんだよ」

 自分が、なにを誤解しているというのだろう。仮に行き違いがあったとしても、男同士なのだから、わざわざ観覧車のなかで誤解を解く必要はない気がした。

「君は、もしかすると、学校の噂をマトモに信じて、剣嵜くんを僕が気にいっていると思っているのではないだろうか」

「そうじゃないんですか」

 竹内先輩は深くうなずいた。

「彼女は素晴らしい女性だが、恋愛対象ではない」

「そうですか、わかりました」

「僕が好きなのは君だよ」

 言うなり、竹内先輩は、翔太郎の手を握ってきた。

 なに……先輩は今なにをいったのか……意味がわからない。

 頭のなかに、言葉だけが電光掲示板のように流れていくが、あまりに想像のナナメ上を行く話に、まったく意味を理解することができなった。

「それはどういう……」

「僕は、男性を愛することをたしなむ者なんだ」

 いいながら、竹内先輩が身を寄せてくる。

「ちょ、ちょま、ちょっと待ってください」

 翔太郎は、あまりのことに、飛びあがってゴンドラの反対側に避難した。

 さっきより、大きくゴンドラが揺れる。翔太郎の心はゴンドラ以上にひどく動揺していた。

「那美くんに近づいたのも、常に一緒にいるようにしたのも、君とお近づきになりたい一心の行動なんだ。僕は那美くんのことをどうとも思ってない。君のことが……」

「わかりました。落ち着きましょう! ねっ! 落ち着きましょう!」

 両手で竹内先輩を制したが、落ち着いていないのは、翔太郎の方だった。

「もちろん、君の嗜好が僕とは違うことは理解している。だが考えてくれたまえ、そもそも、愛とはもっと大きいものだ。男だ女だ、先輩だ後輩だ、そういうものを飛び越えて成立する。それが愛なんだよ」

 ここから一刻も早く脱出したかったが、外から鍵がかかっている。ゴンドラは一番高い部分から降りだしたばかりで、逃げだすにはまだ五分以上の時間を必要とした。

 もし、この世に「観覧車に乗って後悔した選手権」があったら翔太郎が日本グランプリはいただきだ。

「お気持ちは嬉しいですが、僕は、その、なんていうか」

「わかっているんだよ。君にその気がないことは、だけど僕の気持ちをわかって欲しかったんだ。僕の思い人が那美くんだという誤解を、君にだけはされていたくない」

 いや、一生ずっと誤解していたかった。竹内先輩は、自分の思いを相手にぶつけて満足かも知れないが、ぶつけられた方の身になって欲しかった。学校で竹内先輩に思いをよせる大勢の女子の恋敵が、こんなサエない男であることを知られたら、おそらく翔太郎の高校生活は終わりを告げることになるだろう。

「だからですね。僕はそのですね」

 よくよく考えてみれば、自分は女性とのお付き合いをたしなむ者であるとして、告白を真っ正面から断ってしまって、スクールカーストの最上位に位置する竹内先輩の不興を買うことは、かなりの自殺行為に思える。

 女子の人気の的である生徒会長なんて、学校の王のようなものだ。かわいさあまって憎さ百倍というように、嫌われて迫害されるようになったら最後である。

 ここは、全身全霊をもって、言葉を選ばないとマズイ。だが、真珠のように一瞬にして損得勘定をして最適解を導きだすように、翔太郎の頭脳はできていなかった。

「なんて……言ったらいいのか」

「大丈夫だ。返事を求めての告白じゃないんだ。ただ、僕の気持ちを伝えたかっただけなんだよ。ただ、今後とも仲良くしてくれるだけでいいんだよ」

 考えすぎて、脳みそがオーバーヒートしてしまった。

「ああ、はい……」

 結局、返事ができたのは、この程度だった。

 これ以上、どう返答していいかわからず混乱の極みに達したとき、ようやく、ゴンドラが昇降口に戻り、看守いや係員さんによって外鍵が開けられた。

「申し訳ない。君を困らせてしまったようだ。今日はこのくらいにして僕は退散するよ。このことはどうか内密にしてくれたまえ」

 翔太郎は何度もうなずいた。

 こんなこと、誰に相談しろというのか。真珠にいえば落胆し、辛くあたってくるのは間違いない。那美にいえば、先輩になんらかの失礼を働きかねない。桜子先輩なら、書道部員に命じてひどい噂を校内にバラまき、竹内先輩が二度と翔太郎に近づいてこないようにするだろう。

 この話は、成り立ちとして、なにをしてもいい選択にはなりそうもなかった。

 そんなわけで、竹内先輩はそそくさと去り、翔太郎は逃げるようにその場をはなれた。なんだか、重い石を呑みこんだような気分だった。桜子先輩に続いての先輩からの告白だが、モテキも行きすぎれば、モテナイよりタチがわるいのだと痛感させられている。

 屋上のベンチに座って、深いため息をついた。

「ふん、よくここを探しあてたわね」

 みると、隣に咲也が座って、ハンバーガーを食べている。

 力の強い切れ長の目と、松山の女子高生の制服にはない胸元の大きな赤いリボンがなんとも印象的だ。

「あっ……わっ……」

「驚きすぎよ、あんたも食べなさいな」

 咲也が、紙包みを手渡してきた。

「地下で売っていたのよ。ジャコかつバーガーって、新鮮な瀬戸内の魚のすり身と野菜をペースト状にして揚げたものをパンにはさんでるらしいわ。愛媛にきてこれってものがなかったけれど、これは、肉とちがって脂っこくないのに、濃厚な味がして、けっこうおいしいわ」 

 けっこうおいしいのはわかるが、咲也は今食べているもの以外にも、数個のバーガーを購入していた。これを一人で食べるつもりなら、かなりの大食漢といえるだろう。

「どうして、ここにいるとわかったの?」

「偶然だよ」

 竹内先輩が、言っていた馬鹿と煙のたとえなんて、話せるはずがない。

 咲也は、フンと鼻を鳴らすと、トマトジュースを口に運んだ。じゃこカツにトマトジュースが合わないとまでは言わないが、けっこう野心的な組み合わせだと思った。

「どうして逃げだしたんですか?」

「息抜きぐらいいじゃないの」

 確かに、デパートの屋上で買い食いする時間ぐらい、女子高生にあっていいと思った。

「ヒコナは最弱の磐座らしいわ」

「誰がそんなことを?」

「ヒコナの磐座を渡されたときに、すでに一族のものがいっていたのよ。少名毘古那神すくなびこなのみことは国造りに大いに活躍したものの、コロボックルの先祖だとも言われているっていうくらい小人の神様なのよ。そんなのが強いはずがないでしょう?」

「でもけっこう、助けられてきたよ」

 生弓矢を使ったのもヒコナだし、根の国に向かって開いた穴から飛びだしてきた魍魎を殺してくれたのもヒコナだ。もし、いなかったらどうなっていたかわからない。大活躍ではないが、重要な働きをしていると思った。

「ふん、どうだか……私はね。磐座を使うために、子供のころから修行してきたのよ。友達と遊ぶことも、お洒落することも、こうやって、買い食いすることもなかった。そうやって、青春の一部をだいなしにした私が、最弱の磐座だなんて納得がいかないのよ」

 言いながら、新しいじゃこカツを口に運ぶ。やはり、残りは全部自分で食べるつもりのようだ。咲也のスレンダーなボディから、この食欲は想像がつかない。

「あんたなんて、軽い気持ちで磐座もらって、使ってみたら最強クラスの磐座。いい気なもんよ」

「別に、やりたくてやっていることじゃないよ」」

「そういう態度が腹立つのよ。やりたくもないあなたに、私は負けるわけ。あなたは嫌々戦って、私より強いわけ」

 咲也の言い分はもっともだ。もし、選択権があって、バレルを咲也が使えるなら、少なくとも翔太郎が使うより強いに違いなかった。

「申し訳ないと思う」

「謝らないでよ、こっちがみじめになるじゃない」

 そのまま、咲也はもくもくとバーガーを食べた。見ているこっちが胸焼けしそうだった。

「満腹中枢がバカになってんのよ……苦行って知ってる」

 もちろん、知るはずもなく、翔太郎は首を振った。

「教を読んだり、座禅したり、滝に打たれたり、断食したり、仏に近づくために自分の身をいじめ抜くことを苦行って呼ぶのよ」

「テレビで見たことがあるよ」

「神籬は、いずれも能力が高いと評価された子供たちを百人集めて、苦行を強いたのよ。一箇所に集めて、何日も続けるうちに、脱落者でどんどん人数が減っていき、最後に私一人になった。そのときに、満腹感も空腹感も感じなくなったのよ」

「それって……」

 同じような話を、漫画かアニメで見たことがあった。

「そう、蟲毒こどくと呼ばれる呪術と同じやりかたよ、ただし蟲毒は、百匹の毒虫に壷のなかで殺し合いをさせ最後に残った一匹を神霊として利用するやり方だけど。それを人間でやったわけ。脱落した子供は適切な治療がなされ、死者はでなかったらしいけれど、やられた方にとっちゃたまったもんじゃなかった。どっちにしろ、私が最後に残った毒虫だってことにかわりはないのよ」

 咲也は、忌々しげにバーガーを握りつぶした。

「すごい修行を体験してきたんだね。だから、ケガレにも冒されないんだ」

 翔太郎は素直に感心した。やはり、そういう人間が磐座を使うべきなのだ。

「えっ?」

 咲也が、意外そうな顔をした。

「やっぱり、君みたいな人が戦うべきなんだ。僕はダメだよ。一人でなんにも決められないし、さっきだって、ちょっとした事件が起こったんだけど、びっくりしてなにもできなかった。逃げだした。ホント、ダメダメな男だよ」

「そうでもないわよ」

「えっ?」

「ダメダメな男が、磐座を使って、二体の神奈備に勝てるはずがない。第一、神様に愛想つかされちゃうわよ。少しはいい線はいっているから、もっと自信を持ちなさいよ。それが、あんたのイケナイところよ」

「えっ、自信もっていいの」

「馬鹿ね」

 咲也が微笑んだ。彼女の笑顔をはじめて見たことに気づく。こんなに可愛らしい笑顔で笑う娘だったのか。翔太郎は、しばらくの間、その笑顔に見とれていた。

 二人の間に流れる良い感じの空気は、けたたましい消防車のサイレンによって、あえなくかき乱された。

 ただの火事のサイレンではない。

 何台もの消防車が、立て続けに出動しているようだ。もし、一般住宅の火災なら、数十件単位の大火災に違いない。そしてそんな火災が起こる可能性は、一つしかなかった。

「日本の神様で、火の神はなんて名前だっけ」

火之迦具土神ひのかぐつちのかみ、生まれたとき、母神様を火傷によって殺した神よ」

 暑い日だった。

 そして、これからもっと熱くなりそうだ。翔太郎は汗をぬぐいながらそう思った。

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太陽の使者 BARREL ~ごくフツーの男子高校生が、巨大ロボを操りますがいいですか~ 芝浜 酔月 @shibahama_suigetsu

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