第13話 消えた三人

13話


 気絶していたレイ達と運転手が運ばれた病院に俺達は向かっていた。俺としてはリンダスに着いた時点でレイ達の関係は切れていると思っていたけどジークはそうではないようだ。


「エミル様もジーク様も、休まれなくて大丈夫なのですか?」

「心配は無用だ」

「ん、私も大丈夫」

「そうですか......あの、不躾な質問なのですが宜しいでしょうか?」

「なに?」

「はい、お二人は護衛もそうですが、首都からの案内役もお付けになっていないのには、どの様な理由があるのかと思いまして。もし答え辛いのでありましたら聞き流して下さると助かります」


 俺達の少し前を歩いていたエリーザ少尉は歩みを揃えて横に来ると、至極真っ当な疑問を口にした。


「あー、それには大した理由は無いぞ」

「そうなのですか?」

「二人の方が何かと気楽だから。そんな単純な理由だ」

「気楽ですか.......」


 ジークが言うように二人の方が気楽なのは間違いが、俺はそれだけでない。俺には別の理由がある。


 それは今のジークとの関係を維持するためだ。


 対人関係は複雑怪奇だ。関わる人が増えれば増えるほど、たった一つの出来事で関係は簡単に捻れ拗れる。昨日まで普通に話していた人が、明日には化け物と罵って離れていくことだってある。


 だから今の関係を壊さないようにするには、なるべく人と関わらない事が一番だと思っている。護衛だって案内役だって関わらなくていいのなら、俺は関わらない。


 でもジークは本当のところはどうなんだろう。俺と同じように何か理由が他にもあったりするのだろうか。


「あぁ、勘違いしないでくれよ? 別に俺達はエリーザ少尉が迷惑だとは思っていない。寧ろ余計な手間をかけさせて申し訳無いと思っている」

「いえ、私はご案内役を担えて光栄だと自負しております。なので気に病む必要はありません」

「世辞は必要ないぞ?」

「いえいえ、これはお世辞ではありませんよ。あのイージスアート学園の学長推薦を受けたお人とともなれば、魔法大全に名前を連ねることが確約されたようなもの。それだけでも我が国民達にとっては偉業なのですが、お二人は他国からその英知を我々のために尽くして下さる。そんな素晴らしいお方達を讃えないなど、あり得ません!」

「お、おう。そうか」

「ーーッ! 申し訳ありません。つい興奮してしまいました」

「気にしなくていいぞ。そうか、法の国ではそのような認識なんだな。知らなかったわ」

「私も。留学の条件に自分達の得意な魔法を教える、ぐらいの認識だった。和の国では魔法はあまり重要じゃないから」


 ジークの事を考えつつも会話を聞いていると、また認識の違いを思い知らせる。


 法の国と違い和の国では魔法を重要視されることは無い。使えれば便利程度のもので、寧ろ和の国では如何に魔法を使わないかを重要視していた。


「和の国ではそのような認識なのですね」

「あぁ、こっちに来てから色々と驚かされているよ」

「案内役ですので、疑問に思った事は何でも聞いてくださって構いません。お答え出来る範囲で、懇切丁寧に説明致します」

「それは有難い」


 それから目的地である病院までエリーザ少尉から恒例になりつつある情報収集をジークは始めた。それに俺はジークがいつか工作兵と間違われる日が来るのではと、要らない懸念を抱いていた。



「ええ、お二人でしたら外傷も少なかったので、目覚めてから既に退院されていますね」

「マジかよ......」


 エリーザ少尉に先導されレイ達が搬送された病院に着いた俺達は早速受付で容態を聞くことにした。するとまさかの運転手を除いた二人は既に退院済みだと言う。入れ違いになったか、それともただの不義理な奴等だったのか。それともーー。


「茶髪のアンナと名乗った少女も、現在行方が分かっていないようです」


 エリーザ少尉が携帯していた魔道具を使って連絡を取るとアンナまでもが姿を消している事が分かった。


「そうか......」

「どういたしますか?」

「どうする、か」

「私達はもう関わらない。後はそっちに任せる」


 襲撃事件の後なので三人の動向が気になるのは分かる。けれどこれ以上の詮索は俺達がする必要はない。はっきり言って藪蛇だ。エリーザ少尉も気を遣って俺達の言動を伺ってはいるが、内心では何もしないでと思っていることだろう。


 だから俺はジークが結論を出すより先にエリーザ少尉に伝えた。


「はっ! お任せ下さい」

「ジークもいいよね?」

「あ、あぁ」

「じゃ、ご飯食べ行こ」

「......そうするか。エリーザ少尉、案内を頼む」

「了解しました」


 そうして病院から出ると歩き始めてすぐにジークの意思を確認せずに話を進めたことに罪悪感を覚える。ジークは怒っているだろうか。疎ましく思ってはいないだろうか。盲目でなかったら目線を右斜め上に向ければ少しは分かるのかもしれない。


 でも俺の瞳は光を映さない。ジークの顔色も感情も言葉にしなければ俺は知る事が出来ない。


 そうやって一人で悶々としていると急に繋いでいた右手がほどかれる。その消えてしまった温もりにどうしようもない切なさが胸を締め付けたが、それは次の瞬間霧散した。


「あっ......ど、どうしたの?」


 ジークは俺を抱き上げていた。俺は咄嗟に杖をしまい、腕をジークの首に回す。


「血が......脇腹から出血してる」

「ひぅ。そ、そうなの?」


 耳元で囁く声がくすぐったくて変な声が出た。そして目と鼻の先にジークがいることに心臓が早鐘を打つが、出血と聞いてすぐに冷静になった。


 脇腹から出血か。だとすれば俺の気付かないうちに古傷でも開いていたのか。


「反響や強化の魔法はもう解除しておけ」

「分かった......後は頼んでもいい?」

「俺に任せていいのか? そのーー」

「いい」

「即答かよ」


 ジークには師匠との訓練でもっと酷い痴態を見ているので脇腹ぐらい見られても何とも思わない。それに自分一人では薬を塗るのも手間だ。


 だからジークにはこっちを凝視しているエリーザ少尉の対応も含めて任せよう。


「あー、少尉。やっぱり先に宿舎に案内してくれるか?」

「了解しました。御休憩出来る場所をご案内致します」

「その一般宿屋的な意味で頼むぞ。普通に宿泊するだけの施設だからな」

「お任せ下さい」

「ああ、頼むーーって、おい。何笑ってるんだよエミル」


 だって仕方ない。普段は他人と話す時は何処か小意気なジークが先程の俺を抱き上げた時の優しく労わるような声色から、必死に誤魔化すような声色に変わって、最後に普段通りに戻ったのだから。


 まるで一人芝居をしているみたいだ。


「ふふふ。ありがとう、ジーク」

「.......それは■■だろ」


 気付けば悶々としていた気持ちは何処かに行ってしまった。

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