第6話 選択

6話


 そうして運命の日はやって来た。


「今日はエミルちゃんに大事な話があるんだ」

「はなし?」

「うん、だから良く聞いてね」

「わかった」


 ハザックさんの何時に無く硬い雰囲気で俺は察した。もとより覚悟は決めていたので俺は諦念に似た気持ちで落ち着いていた。


「正直に言うよ。エミルちゃん、君は国外追放か軍属になるか、そのどちらかを選択しなければならない」

「......国外追放と軍属?」


 あれ、何だかいきなり話の行方が分からなくなった。身体のことでは無いのか? それに何がどういった経緯でその二択なんだ?


「ごめん、いきなり唐突すぎたね。ちゃんと過程も話すよ」


 頭に疑問符が幻視出来るぐらいに首を傾げているとハザックさんからその理由が語られた。


 まずここは普通の病院では無く軍病院なのは、俺の身体から魔物の臓器が見つかった事が関係しているようだった。詳しく聞くと、本当に人類なのか。人類に限りなく近い新種の魔物ではないか。それとも新たな人類なのか。などの様々な憶測が俺が目覚める前に囁かれていたらしく、有事の際に対処のしやすいと言う理由で国の監視下におかれたそうだ。


 そして実際に監視下に置いたものの数ヶ月間は眠ったままで、やっと目を覚ましてみれば殆どの記憶を失った不幸少女と変わりがなくて、監視者は手を拱いていたようだ。


 そうしてやっと出た答えがハザックさんが最初に言っていた、国外追放か軍属の話に繋がってくると重苦しく語ってくれた。


 まぁ、客観的に見ても得体の知れない人類もどきに加えてタダ飯食いの木偶の坊をいつまでも無賃で手元に置いておくのが嫌なのは分かる。たとえそれが程度の違うものでも必ず厄介に思う人はいると思うし、何かの理由を付けないと庇うのは難しい事ぐらい理解できた。


 そう思うと俺は随分と恵まれていたのだろう。あの悪夢から救ってくれたうえに半年とはいえ無償で治療と寝食を提供してくれた。そして思い返すとハザックさんに言われるまで他の人からは一度も攻撃された事はなかった。きっと優しい誰かが俺を守ってくれていたんだ。


 あぁ、そうか。俺が人間らしく好きに生きるって事は、誰かに支えて貰って初めて成立することなんだ。善意も悪意も何もかも与えられるのが当たり前なんだと無意識に思っていた。人形だから仕方がないのだと、心の何処かでずっと納得しようとしていたんだ。


 だから俺は、自分に何が出来るかなんて他人に聞いたこともなかった。限られた命だからと勝手に高を括って、現実を見てなかった。


「ありがとう、俺を人間でいさせてくれて」


 最初に自然と口から出た言葉は感謝だった。そして。


「俺に何が出来るか分からないけど、恩返しがしたい」


 それが人として生きる俺の答えだった。


「ッ! エミルちゃんは、本当にそれで良いのかい? 後悔はしないかい?」

「しない」

「決して楽では無いよ?」

「それでも」

「......そうか。じゃあこれからは本当の意味でよろしくね、エミル」

「よろしくお願いします」


 ◇


 夜も深まってきた頃、殺風景な部屋で二人は酒を飲み交わしていた。一人はその家主のハザックであり、もう一人はバルドだった。


「はぁ」

「おい、どうしたよ辛気臭い顔して」


 今回は何時もと違ってバルドがハザックの愚痴に付き合わされていた。


「分かっているだろう? 君も直接聞いたんだからさ」

「あぁ、だが溜息が出るほどに悪いことばかりじゃねえだろ? これで俺達の制限は軽くなったし、動きやすくなった」

「違うよバルド。この溜息はそう言う意味ではないよ」

「だったら何にたいしてだよ」


 そう言われたハザックは酒の入ったグラスを一気に呷り、大きく溜息の後に言葉を発する。


「誰かの人生を左右するのは好みではない」


 医師であるハザックからは想像出来ないようなこの本音(愚痴)は、バルドを除いて聞ける人はいないだろう。


「はっはっは、お前がそれを言うのかよ」

「陛下も人が悪い。あんな選択肢があってないようなものを、態々僕に言わせるんですから」

「まあハザックの言う通り性格には少々難があるし、今回のやり方は強引だったと思う。でも、決して人の道は外れないお方だ。エミルを粗雑に扱う事はしないだろう」


 バルドが安堵の表情を浮かべているのに対してハザックは神妙な面持ちで酒を煽っていた。ハザックにはどうしても腑に落ちない点が一つだけあった。


「......陛下は一体何を見出したのか。君は分かるかい?」


 ハザックの目線ではエミルは国王のお眼鏡にかなうとは到底思っていなかった。なにせ気弱な盲目少女に加えて記憶まで失っているとなると、哀れみや同情以外にエミルの優位性を唱えるのは不可能に近い。だからこそハザックは純粋に疑問に思う。


「ん? あぁ、俺の勘だけどなエミルには魔力感知が出来ていると思うぞ。それも魔法を使わずにな」

「......は」


 バルドが事もなげに言った内容は衝撃的なものだった。それを聞いたハザックは目を見開き何かを言おうと口を開閉させていたが言葉を詰まらせていた。


「恐らく陛下もお気付きになられただろうよ。あの方は武人でもあったからな」

「ふぅ。すまないけどそれは後日、お酒が抜けた後で詳しく聞いて良いかな?」


 思ってもみなかった情報を酒で落ち着けたハザックは少し思案した結果、思考を放棄する事を選択し、この日はバルドと二人で飲み明かしたのだった。

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