第8話 出発
8話
気付けば日月から旅立つその日はあっという間に訪れた。
俺達は話し合った末に当初の海路を使って行くことを決め、まず日月から港に向かうために早朝から運行している魔動列車に乗っていた。
この魔動列車は魔力を原動力にして動く車輪のついた鉄の箱で、和の国内にだけに敷かれた線路を走行し、都市の移動には最適な乗り物だ。しかも運賃は子供のお小遣いでも足りるほど安いので今回も有り難く使わせて貰っている。
ちなみに法の国に向かう船が出ている港は首都日月から四つの都市を跨いだ所にあるので、今日はほぼ一日列車の中で過ごすことになる。
「寂しくなるな」
列車が出発して少し経つと景色を眺めていたジークは不意に感情を溢す。それは隣に座っている俺に言ったのでは無く、独り言のようなものだった。
「寂しいね」
ジークが溢したように俺も口にする。するとジークは優しい手付きで俺の頭を撫でてくれた。子供扱いするなと言いたいけど、その手を振り払う事は出来なかった。
多分俺とジークの寂しいは違うものだけど、慰められたことに変わりがないから。
それから港に着くまで互いに会話する事は無かったけれど、隣にいる確かな温もりが俺の心を癒していた。
◇
「到着」
「あぁ、着いたな」
日月から出発して約十八時間、最初の目的地に到着した。俺もジークも列車から降りた途端に身体をぐっと伸ばして、大きく息を吐いた。
体勢は変えていたけどちょっとお尻が痛いな。
「よし、日を跨ぐ前に宿と船をおさえるぞ」
「おー」
ジークの掛け声と共に手荷物の大きなリュックを背負い、移動するために片手に持った杖で地面を確認するようにコツコツと数回突く。
「うん、問題なし」
「なら行くぞ」
俺が今発動したのは放出系第六級魔法の
本来この魔法は音が反響しやすい洞窟などの場所でしか使用されないのだが、俺は他人より敏感に魔力に反応できるので開けた場所でも問題なく使えていた。
この魔法のおかげで盲目である俺でも外を行動するのに苦労しない。
「......なんで手を握るの?」
「いや、はぐれたら困るだろ。エミルに見えるのは魔力だけなんだし」
「うぅ、分かった」
「何で嫌そうなんだよ」
「また子供扱いされる」
ジークの言い分は正論で理解できるけど、元々身長が低い俺と背丈が俺より頭一つ分以上も高いジークが手を繋いで歩いていると、俺が子供にしか見えない。
そうなると俺を子供だと思って話を真剣に聞かない奴や、適当に話をあしらう奴が出てくるのでムカつくのだ。
「なんだ、そっちか」
「ん?」
「気にするな」
ジークも何か悩んでいたみたいだけど、右手を差し出してくるので俺は空いている左手で手を繋いで歩き始める。まずは情報収集からだ。
人の集まる盛り場に二人で歩いて行くと夕飯時とあって人通りが多く、気前の良さそうな人に声をかけてみると親切に宿屋や乗船券を販売している店を教えてくれた。
どうやら乗船券を販売しているお店はもう少しで閉まるらしいので、急いで向かうことになった。
「法の国までは一人、二十五万円。共通硬貨なら一人銀貨五十枚だよ」
何とか営業時間に間に合った俺達は早速、法の国行きの乗船券を購入しようとしていた。金額は師匠から聞いていた相場と変わらないみたいだ。
「二人分頼む」
「はいよ。部屋はどうするんだい?」
「どうする、エミル」
「んー、一番高いのは幾ら?」
「まだ空いている中で一番は、個室で上質な寝具が完備された、十万円のがあるよ。しかも今ならおまけで三日間の食事が付くよ」
「じゃそれで」
「即決かよ」
どうせ向こうに着いたら共通硬貨しか使えないので、和の国の貨幣を使っての贅沢ならしても問題ないでしょ。
「ジークの分も払うよ?」
「その必要はない」
「お嬢ちゃんの言う通りでいいのかい?」
「あぁ、大丈夫だ。それと俺はエミルとの相部屋でいい」
「......あんまり寝具を汚すんじゃないよ」
「いらないお世話だ」
「下衆の勘ぐりはやめて」
こいつ俺とジークの関係を何だと思っているんだ。それに間違いが万に一つ起こったとしても、俺からであってジークからは絶対にないと言い切れる。だって
「それは失礼しました。お支払いはどちらで?」
「......円で」
「部屋は一つで良いとのことでしたので、少し差し引いてお会計は六十八万円になります」
留学にかかる諸々の費用は全て共通硬貨で貰っているので、ここで支払う円は全て自腹だ。ジークと二人で割ったとしても一人あたり三十四万円で、これは俺が貰っていた御給金二ヶ月分に相当する。
「これで丁度だ」
「はい、ご購入ありがとうございます。出港は明後日の朝七時になりますで、時間にはご注意下さい。それからーー」
そうして店員から乗船についての諸注意を受け、無事に乗船券を手にいれることが出来た俺達は、今日を含めて二日間泊まる宿を探しに向かった。
「ふぅ、これで一段落だな」
「魚、美味しかった」
「だな」
あれから特に問題も無く泊まる宿を確保し、夕飯も済ませ今日の目的を全部達成した俺達は一つの大きなベッドに座って二人して寛いでいた。
ちなみに乗船券もそうだが宿もジークと相部屋だ。
「ねぇ、ジーク」
「なんだ?」
「師匠から聞いてたの?」
「んー、何の話だ?」
「惚けたって無駄」
「......まぁ、気付くよなぁ」
少しの沈黙の後ジークはドサっとベッドに倒れ、脱力した様子で返答する。その態度からして隠す気は無さそうだった。
「気付かない方がおかしい」
「だよなぁ」
そもそも紳士的なジークが、一応女である俺の確認も取らずに相部屋にした時点で察していた。
「エミルの推測通り、師匠から教えて貰ったんだ」
「やっぱりね」
「......嫌だったか?」
「別に」
本当に嫌だったらあの時に横から口を挟んでいたよ。だから俺はそんな事を伝えたいんじゃない。
「ありがとう、こんな私を気遣ってくれて。だけど私はもう大丈夫だから、ジークも気にしないで」
気遣いはとても嬉しい。けれど俺はジークと対等な関係でいたい。どちらか一方だけが享受する関係なんて俺はいらない。
「......はぁ。これは重症だな」
分かったとは言わずにジークはベッドに倒れたままどこか物憂気にそう答える。重症とはどういう意味だろうか。
「むぅ」
「存分に悩んでくれ」
「適当な事言ってない?」
「言ってないさ。それと答えが分かるまで、俺はやめないからな」
「......だったらすぐにでも見つける」
「気長に待ってるよ」
こうして俺は留学以外にジークからの課題にも取り組むこととなった。
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