第9話 港での一日と語らい
9話
次の日の朝、何事も無く目覚めた俺は既に起きていたジークと二人で市場に繰り出し、そこで少し遅い朝食をとっていた。
「昨日は安眠出来たみたいだな」
「うん......ジークは?」
「俺もバッチリだ」
「そっか」
ジークと寝床を共にするのは今までなかったけど、特に違和感は感じなかった。むしろ一人の時よりもよく寝れてたとさえ思う。けれど、ジークは一応気にしているかも知れないので念のためにと聞いてはみたが、特に問題は無さそうだった。
「これ食べた後はどうする? まだ市場を回るか?」
俺の隣に座っているジークは屋台で買った焼き魚を頬張りながら俺に聞いてくる。ちなみに今食べている魚で俺もジークも本日三匹目になる。
「ここの食べ歩きは魅力的。特に魚介類は絶品」
「それは同感だ。昨日の夕飯に食べた貝の蒸し焼きも美味かった」
「今日はここで魚介の乾物を買い溜めする」
「お、良いなそれ」
「でしょ?」
今日一日は予定もなく適当に過ごす事になっているので、ジークも俺の提案に賛成のようだった。
「......調子に乗りすぎた」
「自業自得」
あれから二人であれもこれもとよく分からない乾物まで網羅した結果、お昼ご飯を食べる頃にはジークの残高が寂しいものになっていた。
「......格差は戦闘力以外にもあったか」
「ふふん。私、お金持ち」
それぞれが注文したものは片や三種海鮮丼、片や二種海鮮丼。格差と言うがたいした違いはなかった。
「エミルは後どれぐらい残ってるんだよ。俺より買っていただろ?」
「金貨一枚以上かな?」
「......はぁ、そう言えばエミルは国騎士だったな」
正確には少し違うけど、態々訂正するほどでもなかった。そうして注文した海鮮丼がくるまでの間、俺達は先程買った乾物の食べ方で盛り上がるのであった。
「ふぅ、食った食った」
「満足した」
「だな。もう夕飯までは何もいらないわ」
「じゃあ、この後は観光でもする?」
「それ、エミルは楽しいのか?」
「......」
ジークにそう提案するも返された言葉に俺は何も言えなくなった。
人や物の存在を感じ取れても、盲目の俺にはその美醜の判断がつかない。列車の窓から覗く流れる風景も、波の音が響く海の景色も俺にとっては等しく暗黒だ。なので視覚に頼らない食事が終わってしまえば俺の楽しみはほぼ無い。
けれど最初に自身の楽しみを優先したのなら、次はジークが楽しめるものにするのが筋だろ。
「......私には見えないけど、ジークが見た景色を教えてくれれば少しは楽しいよ?」
「残念だったな。俺は口下手なんだ」
「嘘つき」
「それはお互い様だな。他の案はないのか?」
何とかそれっぽい理由をつけてジークが楽しめそうな提案をしてはみたが、ジークは俺と一緒に楽しめるものじゃないとダメらしい。
なんだか面倒くさいな。
「私だけじゃなくて、ジークも考えて」
「......昨日出来なかった鍛練とかはどうだ?」
「それ、私が楽しいと思う?」
「楽しいかはさて置き、有意義ではあるだろ?」
「あるけど、それでいいのかよ......」
だったら最初から言えよ。
「エミルは頭が固いんだよ」
「......今日は模擬戦するから。覚悟しといて」
「は、ちょっと待て。それは流石にーー」
「異論は認めない」
こうして午後から夕飯までの時間、討魔ギルドにある訓練場にお邪魔する事に決定した。
◇
「ご利用の際は、こちらでギルド証をご提示下さい」
「これ」
「はい、ありがとうございます。えぇと、はい、大丈夫です」
「こっちも頼む」
俺達は討魔ギルドに隣接している平屋十個分ぐらいある広さの訓練場にやってきた。入り口で職員にギルド証を掲示し中に入ると首都とは違って簡素な屋根と塀があるだけで何も無かったが、ちらほらと人がいた。
魔力の質と聞こえてくる内容からして討魔者志望か或いは新人の者達が長者の指導を受けているようだ。
「意外に人がいるな」
「ここも討魔者の育成機関があったから、多分そこの人達?」
討魔者、それは端的に言えば魔物を狩り未開拓の地を冒険する人達のことだ。そしてギルドはその討魔者に関する仕事や情報を扱う場となっている。
ちなみに討魔者には等級が存在しており、俺はそこの一番下にいる。
「俺はここであの子達の見世物になるのか......」
受付が終わったジークが隣で黄昏ているが、気にせずに周りの迷惑にならない場所まで移動していると、複数の視線がこちらに向けられているのに気づいた。どうやら訓練していた人達が俺達に気づいたようだ。なので一応会釈だけはしておく。
「すごい見られてる」
「そりゃあ、自分と同い年かそれ以下の女の子が訓練所に入ってきたら誰だって気になるだろ」
「場違いに見えるから?」
「それもあるかも知れないが、一番は容姿だろ。エミルは自分の容姿を知らないのか?」
「容姿......」
自分の顔を見た事がないから今一分からないが、出会った人々は一様に俺の容姿をお人形見たいだと言っていたのを覚えている。
人形。それは唯一記憶と呼べる悪夢を一瞬でも思い出させる忌まわしい言葉だ。他意はないと分かっていても言われる度に心臓が一瞬跳ねる。
ジークも俺を人形みたいだと言うのだろうか。
「すまん、無神経な事を言った。忘れてくれ......あー、くそ。あいつらはエミルが可愛いから見惚れてるんだよ。その真っ白な髪や肌も、目を瞑っていても分かる整った顔も、全てが魅力的に見えるんだよ! 分かったか!?」
「えっ......うん」
「よし! それならさっさと始めよう」
「う、うん」
一人で勝手に落ち込んでいるとジークは何を思ったのか捲し立てるように、俺の容姿を具体的に褒めてくれた。そして誤魔化すように鍛練を催促するジークに俺は呆気に取られながら生返事をし、言われた言葉を咀嚼する頃には鍛練は始まっていた。
その後の鍛練は何時もより少し集中出来なかった。
そうして鍛練が終わる頃には日もすっかり落ちていた。魔力を使いお腹もいい具合に減ったので俺達は訓練所を後にすると賑わいをみせていた繁華街で夕食をとることにした。そこでジークが飲んでいたお酒を少量貰ったのだがそこから後の記憶が全く思い出せない。
気付けば俺は船の上でジークに看病されていた。
「うっぷ。気持ち悪い」
「二日酔いと船酔いのダブルパンチだな」
「意味わかんない」
「気にするな」
ズキズキした頭の痛みに吐き気、それに普段と違う船の上のせいで俺はベッドから出ることが出来なくなっていた。一応昨日の事をジークに聞いてみたのだが、細かい事は教えてくれず飲酒は禁止とだけ強く言われてしまった。そしてジークはそれだけ言うと俺を邪険に扱う事は無く何故か機嫌良さそうに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。
看病なんて面倒なことより船内でも探索した方がましだろうと何度かジークにほのめかしてみたが、ジークは俺が心配だと言って頑なに離れようとしなかった。
やっぱりジークは少し変わっている。でもそれが俺に確かな安心感を与えくれた。
それから体調が回復するまでの間、俺はベッドの上で横になりながら手が届く距離にある椅子に座っているジークと他愛もない会話をしていた。
「なぁ、エミル。お前はこの留学で何がしたい?」
「私は別に......」
「折角の機会なんだ。何か一つぐらいあるだろ?」
「......」
「そうか」
この留学で俺やるのは命令にある事だけ。後は留学が終わる三年の時が流れていくのを待つぐらいで余計な事はしない。
「......ジークは?」
「俺か? そうだな、俺は和の国では余り出来なかった討魔者の仕事だな。知ってるか? 法の国は魔道具系の古代遺物が多く発見されているらしいぞ」
「へぇ」
「後は人脈作りだな。イージスアートと言えば各国の変人貴人が集う場所だからな。その中で気の合う奴と交流を持つのも将来的にプラスになる」
「ほぇ」
「興味無さげだな」
「だって私には縁のないものだから、よく分からない」
俺には討魔者の仕事や人脈作りに現を抜かす余裕は無かった。目覚めてからずっと温もりが離れていかないように、受けた恩を返すので精一杯だった。
それはきっとこれからも変わらないと思う。
「ジークは留学が終わったらどうするの? 私と一緒に日月に帰るの?」
「それはまだ未定だな」
「そう......」
「なんだ? エミルは一緒がいいのか?」
「......うん」
ジークの少し揶揄うような問いに考え、そして抱いた感情を俺は素直に答える。
俺はジークと一緒がいい。ジークの経歴は分からなくても弟弟子の関係でしか無かったとしても、居なくなるのは寂しい。
「そ、そうか」
「うん」
「あー、エミルはお腹空いてきたか? 今からちょっと船内の購買場に行って、軽食でも買って来ようと思っているけどーーどうした?」
俺が正直に言ったせいか少し動揺した様子で椅子から立ち上がって何処かに行こうとするジークに俺は無意識に手を伸ばしていた。
「もうちょっとだけ、側にいて」
「うっ、分かったよ」
「ありがとう」
そうして伸ばした手から伝わる温もりに俺は安堵しながら、眠りにつくのだった。
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