第14話 ヴァールテクス

14話


「危なかったね、お姉ちゃん。大丈夫だった?」


 見渡す限り辺り一面が真っ暗な世界。その自身ですら認識出来ない程の暗闇の中でたった一人、色を持った鬼が俺を心配そうに見つめ言う。


 俺はこの膝を抱えて座っている美しい鬼を知っている。


「うん。助けてくれてありがと、

「よかった......またお姉ちゃんが痛い思いをしなくて」


 俺を姉と呼び慕う彼女にお礼を言うとそのアメジストのような瞳を潤ませ、安堵の息をつく。そうして今度は眉を顰め、不満というよりも疑問といった様子で俺に聞いてくる。


「どうしてお姉ちゃんはを使わないの? お姉ちゃんも使えるはずでしょ?」


 彼女の言う通り俺にもアレは使える。使えてしまう。だからこそ、それは俺が使ってしまったらダメだ。たとえ飛来物に身体を貫かれてしまう結果になったとしても。


「ううん、私には無理。使えないよ」

「えぇー! お姉ちゃんに出来ないことなんてないよ!!」


 彼女は若紫色の双眸を見開き信じられないといった様子で大きな声をあげる。不可能なんて無いと言ってのける彼女に俺はどうしようもない不安を覚えてしまう。


 その内心を悟られないように俺は嘘を吐く。


「人には向き不向きがある」

「むきふむき?」

「うん。私が魔法が得意なように、ユミルが得意なアレは私には使えないの」

「そうなの?」

「そうだよ。アレはユミルだけのもの」

「えへへ、私だけのモノかぁ」


 口元を膝で隠し嬉しさを一人噛み締めている彼女を俺は改めて見つめる。


 背中まで伸びた純白の髪に若紫色の瞳、幼い身体に見合った小さな顔の額から生える二本の角は幻想的で、今は隠れてしまった薄紅色の唇も併せると彼女の妖しい雰囲気を一層引き立てる。


 たてば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。彼女が成長し、ここでは無い陽の下にいれば誰もが見惚れる女性になれることを俺は疑わない。それほどまでに彼女の容姿は整っていた。


「じっと見つめてどうしたの? お姉ちゃん」

「可愛い......」


 こてりと不思議そうに首を傾げる彼女に俺は見惚れていた。感情のままに移り変わる表情が生き生きとしていて、あまりにもだった。


 あぁ、彼女は空っぽな俺なんかよりもずっと、ずっと人間らしい。


「お姉ちゃんのほうが可愛いよ。いや、かっこかわいい?」

「ふっ、なにそれ」

「あー、信じてないでしょ。本当にかっこかわいいんだからね!」

「はいはい」

「むー。本当なのに」


 彼女の言っている事が本当かどうかなど俺には確かめようがない。なにせこの真っ暗な世界で色を持つの彼女だけなのだから。視力や聴力があっても、俺は自分の声も身体すらも何故か認識が出来ない。


 まるで実体を持たない幽鬼のように。


『ーーーー』


 それから彼女と他愛もないやりとりをしていると不意に第三者の声らしき音が聞こえる。


 どうやら今日はこれでおしまいのようだ。


「あっ」

「またね、ユミル」

「うん......またね、お姉ちゃん」


 そうして名残惜しそうに小さく手を振るユミルを見たのを最後に世界は暗転した。


 ◇


「おいーー。ーー」

「ん......」


 男の低くて優しい声色が微かに鼓膜を震わせる。ジークの声が俺の意識を徐々に醒まさせる。


「起きろ、エミル。ヴァールテクスに着いたぞ」

「ん、ふぁ」

「目が覚めたか?」

「ん〜〜、はぁ。着いたの?」

「あぁ、やっとな」


 ジークの声で目覚めた俺は座ったまま欠伸をして、ジークの方に意識を向けた。


「降りるか」


 対面に座っていたジークは俺が起きたのを確認すると尻が痛いと愚痴を零しながら立ち上がり、身体を軽く伸ばした後に何時ものように片手を俺に差し出して言う。


「うん」


 俺は遠慮なくジークの手に掴まって立ち上がり、同じように身体を伸ばして固まった身体をほぐす。そうして何時もと変わらない魔法を発動させ、近くで俺達を待ってくれていたエリーザ少尉と共に列車から降りた。


「ここが首都......」

「ありえねぇ......」


 こちらですと先導するエリーザ少尉について駅を出ると、そこには和の国では絶対に有り得ない光景が広がっていた。


「驚きになられましたか? ここが我が誇る法の国首都、ヴァールテクスです」


 俺達二人が揃って驚嘆しているとエリーザ少尉は誇らしげに答える。俺はそれに相槌をするのすら忘れて広がっているモノに釘付けになっていた。


 駅を出て直ぐに目に入る魔道具と煩わしいと感じるほどの人の多さに圧倒され、魔法によって知覚した高大な建築物に開いた口が塞がらない。その中でも一番目を引いたのは、行き交う人々の殆どが何かしらの魔法を使っているところだ。


 まさに魔法と魔道具と国。俺が反響エコー範囲サークルを使わなくても魔力感知のみで移動が出来るほどに、都市には魔力が満ち溢れていた。


 これはエリーザ少尉が誇らしいと思う気持ちが分かってしまう。


「ごほん。まず学園に向かいましょう。移動は魔導車で行いますので、こちらにご乗車ください」

「ん、分かった。ジーク」

「お、おう」


 未だに心ここにあらずのジークの手を引き、エリーザ少尉が扉を開けて待ってくれている魔導車に促されるまま乗車する。


「これ最新式、かな?」

「多分な」


 エリーザ少尉が用意してくれたであろう魔導車は乗り込む前から色々と気付いていたが、実際に乗り込んでその手で確かめるとリンダスで乗った時の物との違いがよくわかる。


 まず車体が小さく扉が車体の横側に付いており、運転席にしか無かった窓ガラスまである。車内は運転手も含めて精々大人四人が乗り込めるぐらいの広さで、座席は硬い板のようなものでは無く綿が詰まった座り心地の良いものに変わっていた。


 これは都市内を走行する用に態々改装したのだろうか。それとも新しい古代遺物アーティファクトでも発見した?


「イージスアートに向かって下さい」

「了解しました」


 俺とジークは魔導車に対しての疑問や流れる街並みで目を引いた物への雑談でイージスアート学園に着くまでの時間を過ごしたのだった。


 ◇


「エミル様とジーク様ですね。ご確認致しますので、こちらでお寛ぎ下さい」

「はい」

「それでは失礼致します」


 学園内にある一つの大きな建物に案内された俺達は、エリーザ少尉から案内役を引き継いだ学園の職員の指示に従って書類を提出していた。


「凄いところに来た。まるで別世界」

「だな。正直、ここまでだとは思ってなかったわ」


 職員が書類を精査している間の待ち時間で通された応接間?で、ジークと一緒に首都の感想を言葉にしていた。


「勝手に開くドア、はじめて」

「あれは俺も驚いた」

「車も変わってた」

「確かに和の国では見たことないな」

「建物が全部大きい」

「高い塔みたいなのがあったな」


 ドア一つ、車一つ、建物一つ、挙げ始めたらキリがない。和の国と文化が違うのは事前に調べていたのに、実際に肌で感じてみると想像以上だった。此処でやっていけるのだろうかと少し不安を抱いてしまう程に。


「いっぱい人に視られた」

「エミルは容姿端麗だからな。この国でも目を引くのは仕方ないことじゃないのか?」

特別種スペシャルもいたのに」

「それはつまり特別種より、エミルの容姿の方が魅力的だったんだろ。良かったな」

「......良くない」


 内心の不安を紛らわすように話題を変えて愚痴を言ってみると、ジークは苦笑しながら諭してきた。


 特別種より魅力的ってなんだよ。


「俺が気付いた範囲では獣人ビースト長命人エルフだけだったけど、他にもまだいそうだよな」


 ジークの言う通り建物に向かう最中に学生と思われる人とすれ違った中に獣人や長命人と言った特別種が少なからずいた。だから普通なら圧倒的に多い人間ヒューマンより尻尾や耳の身体的特徴を持った他種族の方に目が行くはずなのにな。


「その辺はどうでもいい」

「そうか」

「それよりどうやったら目立たない?」


 正直学生に和の国では珍しい特別種がいようがいまいがどうでもいい。そんな事よりも目立たないようにする方が重要だ。


 この学園には魔法を抜きでも優秀な人材が圧倒的に多いと聞いている。となれば俺が目を引けば引くほど、俺の秘密に辿り着く人が出てきてしまう可能性が高くなってしまう。そんな面倒な事態は避けたい。


「目立たない、か......服装を変えてみるとかはどうだ?」

「服装?」

「あぁ。今の服装はエミルにとても良く似合っているが、似合いすぎている。それこそすれ違う人が振り返ってしまうぐらいにな。だから言葉は悪いが、不細工な格好をすれば少しは変わるんじゃないか?」

「なるほど」


 服装か。今まで特に考えた事はなかったな。これは試してみる価値があるかも知れない。考えてみれば今着ている服もアイテムボックスに収納している衣類も、全てがユキさん達が選んでくれたものだ。そうすると恐らくあの人達が俺に似合わない服を選ばないだろうから、ジークの言う不細工な格好をするには今の手持ちでは難しいかも。


「......ジークも手伝ってくれる?」

「あぁ〜、自分で提案しといて何だが、この案は無しだな。よくよく考えたら、エミルの容貌を見られた時点で、服が似合う似合わないとか関係なくなってしまう」


 一人では形と手触りしか分からない服を選ぶなんてとても出来ないので、ジークに手伝って貰おうと思ったら、とんでもない返しがきた。顔を見られたら意味がないってなに? 目立たないようにするのは顔を隠せってこと?


「なにそれ。私はお面でも被れば良いの?」

「うーん......お、だったらいっそ男装してみるとかはどうだ?」

「男装?」

「おう。エミルが嫌じゃ無かったらな」

「私は別に嫌じゃないけど、どうして男装?」


 何がどうなってその考えに至ったんだ。さっきまで服装は意味がないって自分で言ってたよな?


「エミルを女性だと認識しているから、余計に美化されているのだと気付いたからだ」

「ん?」

「エミルには理解し辛いかも知れないが、試してる価値はあると俺は思うぞ。それに男物なら俺でも手伝える」


 ジークの意図がいまいち掴めていないけど、ジークが言うなら試してみようかな。別に女性服に拘っている訳でも無いし、傷を隠せるなら男の子の服を着るのもやぶさかではない。それに幸いと言っていいのか女性らしい体付きをしていないから、服を変えるだけで済むし。


「試してみる」

「そうか。なら暇があれば明日か明後日辺りに、散策がてら服でも買いに行くか?」

「そうする......ジーー」

「失礼するぞ。バルドの弟子が到着したって連絡を受けたのだが、二人がそうか?」


 相談が一段落ついたタイミングでドアをノックする音が聞こえた。返事をしようと口を開けたが、男は返事をする間もなく入ってきた。男は入って来て俺達を見るなり、いきなり師匠の弟子かどうかを不躾に聞いてくる。


 誰だこの人は?


「貴方は一体?」


 唐突にやって来た来訪者にどう対応したものかと戸惑っていると、ジークが先に口を開く。しかも俺が内心で思っていた事をジークが真っ先に聞いてくれた。


「あぁ、すまんすまん。俺はここで講師をしてるバルザークと言う者だ。バルドとは旧知の間柄でな。アイツの弟子が到着したと連絡を受けて、つい逸る気持ちを抑えられなくて見に来てしまった。って、二人の反応を見る限り、アイツから何も聞かされていなかったようだな?」


 バルザークと名乗る旧友がイージスアートにいるとは師匠から仄めかされてすらもいない。なのでこの人が言っている事が嘘なのか本当なのか判断できない。


 けれどこの人は師匠の名前を知っているし、俺達が来ることも知っていたような口振りだ。


「はい。貴方の事はバルド師匠からは何も」

「私も聞いてない」


 どうやらジークも知らないようで、本格的にバルザークさんの言葉を信用していいのか分からなくなってくる。


「アイツは相変わらず......はぁ、まぁ良いか。とりあえず二人の名前を教えてくれ」

「はい。俺が師匠の二番弟子、ジーク・ブレードです。それで彼女がーー」

「師匠の一番弟子、エミル・シュヴァルツァー、です」

「ふむ。アイツから聞いていた通りの名前だな。てっきりアイツの弟子だから巌のような奴等が来ると思っていたのだが、二人揃って美男美女とはねえ。アイツもとんでもない弟子に恵まれたのだな」


 自己紹介を終えるとバルザークさんは俺達を値踏みするかのように上から下へと観察した後に、一人感慨にふけていた。俺はその様子を眺めがながら無言でこれ以上視られないようにそっとジークの後ろに隠れた。


 悪い人では無さそうだけど、信用に足りる人物かの判断がつかない内は気を付けないとな。


「うん? もしかして一番弟子は内気な性格なのか?」


 俺の行動を見たバルザークさんは意外そうにジークに話しかけた。


「ですね。エミルは誰かにじっと視られるのが好きでは無いみたいです」

「そうなのか、それは悪い事をした。以後気を付けるとしよう。けれど申し訳ないが、この後の魔法実演では我慢して欲しい」

「魔法実演、ですか?」

「そうだ。魔法実演は二人の実力が本物であることを証明するために、学園が用意した試験だ。学園長と他講師に加え、見学希望者の学生が見つめる中での実演となっている」

「なるほど、それが書類に書かれていた試験の中身ですか。確かにその内容はエミルにとっては辛いものですね」

「こればかりは俺の一存ではどうにもならなくてな。ジークはーー」


 バルザークさんとジークの会話はまだ続いているが、俺は試験の話で紛らわしていた不安が一気に戻ってきた。


「お待たせ致しました。ご提出していただきました書類の確認が取れましたので、エミル様並びジーク様にはこれから、魔法実演を行なっていただきます。ご同行の程よろしくお願い致します」


 ノックと共に新たにやって来た職員は無慈悲にも俺に考える時間を与えてはくれなかった。


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