第15話 魔法実演
15話
「その前にか、厠にいきたい、です」
「申し訳ございません、そのかわやとは一体何を指しているのでしょうか?」
「えっと、あー」
苦肉の策で少しでも心を落ち着かせる時間を作ろうとしたのだが、職員さんに意味が通じていなかった。
えぇっと、法の国では厠は確かーー
「御手洗いの事です」
「あぁ、御手洗いでしたら試験会場に向かう途中にございますよ。数分で着きますのでご案内します」
ジークの手助けがあったおかげで何とか厠で気持ちの切り替えが出来た俺は、何故か職員の優しい眼差しを受けながらとある扉の前まで連れてこられた。
「私の案内はここまでです。後はお二人だけで、こちらから真っ直ぐにお進みください」
職員さんが言う扉の先に意識を向けると、そこは魔法実演とやらに使用するからなのか結界で覆われていた。しかもご丁寧に、淡い光の膜に見える結界は放出魔法を吸収するようで、中を把握出来ないようになっていた。
恐らく外部から干渉されないようにするためと魔法の暴発を防ぐための結界だとは思うけど、俺に対する嫌がらせに思えてくる。
あー、入りたくないなぁ。
「頑張ってね、エミルちゃん」
俺の内心の愚痴を知る由もない職員さんは、和の国で見かけるような綺麗なお辞儀をすると、去り際に小さな声で俺を励ましてから何処に行ってしまった。
エリーザ少尉もそうだったが法の国も和の国と同じで、お辞儀は習慣なのだろうか。それとも俺達に配慮してくれただけ?
「行くか」
「……うん」
少し現実逃避していた俺はジークの一言で現実に戻り、手を引かれるままに結界内へ足を踏み入れた。
「これよりエミル・シュバルツァー、並びにジーク・ブーレドの魔法実演を開始させていたします。エミル・シュバルツァーは重力魔法を、ジーク・ブーレドはユニーク魔法を使用し、偽りが無いことを証明して貰います」
ドーム状に張られている結界の真ん中に着くと、いきなりよく透き通る声で試験の概要が述べられる。
なるほど。つまりこの誰に見られているか分からない状況で、書類に記述した内容が嘘では無いことを証明すればいいのか......あーー、やりたくないよぉ。
「これは手を抜けないな」
首を動かして辺りを見渡していたジークには何が見えているのか、そう言いながら身体を解し師匠との鍛練で見せるような気合いを入れ始める。徐々に身体を覆う魔力の量が増えていくことからして、どうやらジークは本当に手加減をするつもりは無いようだ。
「ジークが先にやって」
証明すると言ってもこの場で全て晒すような馬鹿な事はしないと思うけど、気合い十分なジークが実際にどの程度まで披露するのかを参考にするために先手を譲る。
「おう。それならエミルは何時ものを頼む」
「ん、了解。『
特に緊張した様子もなく普段通りに要望をしてくるジークに二つ返事で了承した俺は、少し離れた場所に地面を円錐形に隆起させて作った的を複数出した。
「間隔を空けて、十個ほど頼む」
「分かった」
ジークの要望通りに均等間隔で的を十個ほど並べて作ると、俺はジークの邪魔にならないようにと端へ移動した。
「よし! それじゃ、やるか。『
俺が移動して程なくすると準備が完了したのか、気合いと共にジークはユニーク魔法の名称を言いながら身体強化した身体で地面を強く踏みしめ、俺が作り出した的に一気に接近した。
「ふっ!」
ジークは的に向かっていつの間か右手に握っていた剣の形状をした魔力の塊を振るう。すると円錐形をした的は抵抗もなくあっさりと横に両断された。
「はっ!」
その両断されて半分になった的が地面へと落ちる前に、ジークは今度は新しく左手に生成した槌の形状をした魔力の塊で下から斜め上に打ち上げるように振り抜く。
槌が当たった瞬間、ジュウと離れた位置にいても聞こえる音がして、半分になった的は形を変形させながら飛んでいった。
最初の剣の属性は分からなかったが、今のはきっと炎の槌だ。
「しっ!」
最後にこれまた魔力の塊で出来た弓矢を作り、飛んでいった的が結界に衝突する前に矢で射抜く。正確に撃ち抜かれた的は矢が当たると矢諸共粉々に砕けちった。
今のはきっと地の属性の矢だ。
「ふぅ、次」
一連の動作が終わるとジークは息を整えた後に残った的に向かって今度もまた違った形をした魔力の塊を振るう。俺はその様子を観察しながら、ジークの手を抜いてはいないけど絶妙に真価を誤魔化している実演に舌を巻いていた。
見れば分かるほど洗練された魔法のは勿論のこと、この魔法はこういうものだ、と見ている者に錯覚させるような魅せかた。ジークの魔法を最初から知らなければきっと勘違いさせられていた。そう思うぐらいにジークは上手く見せている。
正直に言って、ジークのは全く参考にならなかった。
「ふぅ......俺のはこれぐらいで十分理解してくれただろう」
そんな言葉を残してジークの魔法実演が終わるとパチパチパチと予想していた以上の拍手が鳴り響き、俺は緊張からか嫌な汗をかく。
「次はエミルの番だな」
「う、うん」
これから披露する魔法の出来次第によって、今後の学園生活が左右されるのは間違いないだろう。魔法の出来が拙いとあればいらぬ憶測を呼び注目されそうだし、逆に卓越していれば貴族なり有力者なりの獲物となる。そんな未来が簡単に予想出来てしまう。
きっとジークのユニーク魔法みたいに絶妙な匙加減で調節しないと、俺の平穏な明日はやって来ない気がする。あぁ、ここが魔法の名門で無ければ良かったのに。
「何か手伝う事はあるか?」
深呼吸をして魔力を高めながら、俺は何を披露するかを決める。
「......ジークは適当に物を投げて」
「アレをやるのか」
流石、毎度練習に付き合っているだけあって、要望一つで俺が何をするのか理解してくれる。
「うん」
俺が最初に披露するのは、見ている人がすぐに練度が必要だとわかってくれるもの。そうして最後にちょっと難しいのを演れば大丈夫だろう......たぶん。
コンコンと何時もと変わらない杖の先を地面に二回当てるルーティンで
「始めて」
「了解......いくぞ。はっ!」
俺の合図でジークはアイテムボックスから湯呑みにお皿、やかんにフライパンなど次々と物を取り出して、それを勢いよく四方八方に投擲する。
色々なジークの私物が宙を舞うのを捉えてながら、俺は魔法を発動させる。
「
するとコト、コト、コトと断続的に物が地面に叩きつけられた音では無い音が辺りを支配する。
俺が使っている魔法は重力魔法の加重と軽減に、普段から使っている範囲と反響を複合させた放出魔法だ。やっている事は単純で飛んでいった物たちが物理法則に従って落ちる前に範囲と反響の魔法で捉え、加重で壊さないように調整した重力魔法で次々と地面に落としていく。それだけだ。
暫くの間視覚的にジークの投げた物が人知れず地面に落ちると言う、なんとも地味な絵面になってしまったが許してほしい。
一応最後のは見応えがあると思うから。
「
ジークに私物を散乱させるのをやめさせて、俺は重力魔法の中の一つを発動させる。そうして俺は靴を脱いでから地面を蹴り、空中で浮いたままにした一個のジークの私物まで行くと、今度はそれを足場にして更に別の私物に移動する。
「よっ、ほっ、と」
それを繰り返して高度を上げドーム状に張られた結界を出ないギリギリまで上がると、そこからゆっくりと自分が脱いだ靴の所に自由落下をする。
それから靴を履いてとりあえずこれで終了だと意味を込めてお辞儀をすると、パチパチとジークより明らかに少ないが拍手を貰った。
「あー、えー。二名とも実力に偽り無しと証明されたので、これを以て二名の魔法実演を終了とさせていただきます」
散乱した私物をジークと一緒に回収していると、魔法では無い謎の技術で響き渡る声が試験の終わりを告げた。
うん。どうやら及第点は取れたらしい。
盲目少女の二重奏〜焦がれる白人形は自立したい〜 touhu @kouyatouhu
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