第12話 事後処理

12話


 そうして気絶している二人の男を拘束具で捕えた俺とジークは、横転した魔導車を道に戻し車体を調べた後に落ち着いたアンナと気絶した運転手達三人を車に乗せてリンダスに向かって移動を始めていた。


 車道が引かれていることから魔物などの脅威がいないのは分かっているが、襲撃者がもう一度来ないとも言い切れなかったので悠長に起きるのを待っていられなかった。


「エミルちゃん達ってさ。一体何者なの?」

「想像に任せる」

「うーん、もしかして高階級の討魔者だったりして?」

「かもね」

「じゃあ、魔導車を運転出来るぐらいだから国騎士だったり?」

「かもね」

「......エミルちゃんって、結構いじわるなのね」

「かもね」


 助手席に座るアンナからの質問責めに適当な返事をしながら俺は車を走らせる。アンナには悪いとは思うが構っている余裕はない。


「ジークは保ちそう?」

「あぁ。これぐらいはっ、いい運動だろっ」

「頑張って」

「おう」


 ジークは拘束した二人をそれぞれ肩に乗せて車の横を並走していた。傍から見れば滑稽に思える光景だが、現状ではそれが最善策だった。


 魔導車は気絶している男三人を寝かせているので空きが無く、車の上に乗せようにも俺が脱出のさいに片側の側面を大きく斬り開いているために耐久面で不安があったし、俺では体格的に男二人を担ぐのは無理と、即席で考えた結果がこれだ。


 今度からはアイテムボックスの中に荷車を入れておこうかな?


 ◇


「おいおいおい! 一体何があった!!」

「早く国騎士と討魔ギルドに連絡しろ!」

「魔物でもやられたのか!?」


 車を走らせてから約三十分。俺達は無事リンダスに到着することが出来た。到着するや否や、ボロボロな魔導車を見た人達が矢継ぎ早に騒ぎ立て、俺達が魔導車から降りて少しすると国騎士と討魔ギルドの職員が息を切らしながら事情を伺いにやって来た。


「なるほど......経緯は大体理解する事が出来ました。ご協力、感謝いたします」

「いえ」


 拘束した二人を留置場に運びそのままの流れで俺達の事情聴取になったので、道中で何が起こったのかを出来るだけ細かく伝えた。相手の人数に戦い方、それに俺に当たるはずだった謎の飛来物と一人だけ逃げ去ったことを。


「それで大変失礼だと存じますが、貴女は身柄を拘束した者達に何か心当たりがありますでしょうか?」

「うーん......」


 俺には異国まで追いかけてくるような熱心な信徒に心当たりは無い。そもそも都市外で罪を犯す者の多くは元々都市内で罪を働いた者か、何処かの犯罪組織の構成員がその殆どを占めている。なので法の国に来たばかりの俺達には狙われる理由がない。


 襲われたのはただの偶然、たまたま運が悪かっただけ。それが俺とジークの見解だ。


「心当たりはない......けど、奴等の目的なら分かるかも」

「宜しければ聞かせてもらえませんか?」

「分かった。私とジークの推測だけど、あいつらの狙いは魔導車だと思う」

「魔導車ですか?」

「うん。あいつらは私達を皆殺しだと言っていた。なのに初動で車に放った魔法は殺傷能力が低かった。それに横転後の追撃もなし。だから殺害が本当の目的じゃない可能性が高い」


 俺達の殺害だけが目的なら車が横転する程度の魔法では済まさないだろう。仮に彼奴らが放出魔法が不得手だったとしても横転後に弓矢などの投擲物を使って追撃するのが普通だ。


 なのに横転した後も魔法の追撃も投擲物も無かった。


 そう考えると次に浮かんでくるのは魔導車の奪取だ。


 魔導車とは魔鉄と魔力回廊で構成された古代遺物アーティファクトだ。魔力を動力にする四輪駆動の魔導車は箱型をしており、大体四人から六人が乗車可能で小型の魔物を物ともせず、最大で馬車の二倍以上の速度で走行が可能な代物だ。しかも魔導車は魔法を使った事がある人ならば誰でも動かす事が出来る利便性の高い乗り物だ。


 その利便性から既に魔導車の量産化が確立しているとは言え国の管理下のみで生産販売がされているために、犯罪者は勿論、手続きによって撥ねられた者がそれを手にする事は容易では無い。それこそ罪を犯さない限りは。


「奴等の本来の目的は魔導車の強奪か」

「うん」

「成る程。確かにそれなら魔導車に最小限しか攻撃しなかった理由になりますね」

「拘束した二人は蓄積魔法で強化された手練れだった。それに行動に迷いが無かったから、計画的犯行だったかも知れない」

「的確な情報提供をありがとうございます」

「尋問、頑張って」

「そうですね。お二人の労力を無駄にしないよう尽力致します」

「失礼致します。貴女様の身分の確認がとれました。提出していただきました書類をお返し致します」


 ドアを四回ノックして入って来た人は何故か俺に敬礼し、身分と入国目的の証明として提出したイージスアートへの留学書類を返してくれる。


 失礼だと思ったが念のために受け取る際に書類に魔力を流し、偽物とすり替わっていないかを一応確認したが問題は無かった。と言うかなんで今敬礼してきた? 書類には俺が軍関係者だとは書いてないはずなんだけど。


「大変失礼致しました。事情聴取はこれまでとさせていただたきます。お時間をとらせてしまったお詫びに、我々が出来る範囲でなら融通を利かせる事が出来ます。何か要望はありますでしょうか?」

 

 今まで話していた国騎士も立ち上がり敬礼をしながら、お詫びもとい捕まえた褒賞とでも言うのか俺達の要望を聞いてくれるみたいだ。


 だったら特に断る理由もないし素直に甘えておこう。


「今日泊まる宿と、明日列車で首都へ行くから座席の斡旋をお願い」


 多分、別室で事情聴取されていたジークも俺と似たような事を言っている気がする。


「承知致しました。案内をする者を厳選しますので恐縮なのですが、別室でお待ち下さい」

「ん? 分かった」


 とりあえず了承したけど、人を厳選するってどう言う意味だ?


 そうして疑問を抱いたまま騎士の一人に連れらて移動した部屋は先程の椅子とテーブルしか無かった簡素な部屋から、ソファーとテーブルに茶菓子と茶器が置かれた少しだけ上質に変わった部屋だった。


 留置場だからそもそも応接室とか無いはずなのに態々俺達が待つだけの部屋を頑張って用意したのだと思うと、疑問なんかよりも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 別に待つだけなんだから座れる椅子があれば十分だよ。


「エミルの方も終わったみたいだな。それの中身は紅茶だぞ」


 折角用意してもらったので飲み物を湯呑みに注ごうとすると、既にソファーに座って寛いでいたジークが中身を教えてくれる。


「水でいいのに」

「紅茶は嫌いか?」

「そう言う意味じゃない。イージスアートの名前って凄いんだなと思って」

「あぁ。そっちか」


 俺達の身分の確認がとれてから国騎士達の対応が少し変わった。最初から別段態度が悪いとか無くて礼節を持って接していたのに、何故か今は恭しい。さっきの言動といい、この用意といい、きっとイージスアートへの留学が原因なんだろう。今更実感したけど、俺達本当に凄いところに留学するんだな。


「そう言えばジークは何をお願いしたの?」

「俺は今日の宿と、明日首都へ向かうための列車の手配を頼んでおいた。エミルは?」

「私も大体同じ」

「そうか。考えることは同じか」

「みたいだね」


 ちょっとだけど、ジークと思考が一致したことが嬉しかった。


「ご歓談中失礼します。案内の者を連れて参りました」

「どうぞ」


 ジークとこれからの予定を話し合いながら寛いでいると部屋がノックされ案内役の女性が一人入ってくる。


「失礼します。私が今回お二人の首都までのご案内役を務めることになりました、エリーザ・エルマン少尉であります。短い期間ですが、よろしくお願いします」

「ジーク・ブレードだ。こちらこそよろしく」

「エミル・シュヴァルッァーです。よろしくお願いします」


 エリーザと名乗った女性の自己紹介が始まったので一応知っていると思うが俺達も返しておく。

それにしても少尉か。案内役には役不足感が否めないな。これはもしかしたら俺達が和の国から護衛を一人も連れて来なかったからこの人選になったのか?


 まさかイージスアートの学生には士官を護衛につけるのが当たり前だったりする?


「では、先ずはどちらに向かいますか?」

「そうだな......まずは三人が運ばれた病院に案内してくれ」

「了解しました」

「ほれ、行くぞ。エミル」


 俺が内心で色々と考えているとジークに名前を呼ばれて、優しく手を引かれる。


「あ......うん」


 ジークが一緒にいて本当に良かった。俺一人じゃこの留学は前途多難だったかも知れないな。

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