第3話 それから

ーーゆれてるよ?


ゆれてる?


ーーうん。


地震でもあったのかな?


ーーじしん? なにそれ?


それはねーー



「隊長、交代の時間です」

「了解した。あの子に、何か変化はあったか?」

「それが私達で色々と声をかけてはいるのですけど、依然として反応は無くて......」

「食事は?」

「それも、ダメです」

「そうか......」


バルド達は森を抜け、整地された公道に沿って行けば和の国に帰還出来る所まで来ていた。


だが、御者の交代を告げに来たユキもバルドもどこか落ち着かない様子だった。


「あの子の傷、治ると思いますか?」

「......正直、厳しいだろうな。特に眼はもう手遅だろう。それにもし全て治ったとしても、根本的な問題は他にもある」


二人の会話の中心にいる少女は、他の救助者達と違ってバルド達の馬車の荷台にいた。その少女は交代を告げに来たユキにスズ、カナンが森を出る前からつきっきりで看病していた。


「そんな子に私達はまだーー」

「これが俺達の仕事だ」

「......」

「その感情を捨てろとは言わない。だが主観だけで動けばどうなる」

「......」


ユキはバルドが態々言葉にしなくても国騎士の事をよく理解していた。そうでなければバルドが率いる第一番隊に属してはいないだろう。


バルドもそれ以上は言わなかった。


「はぁ、全くお前もカナンも難儀な性格をしている」

「......隊長だって同類だし」


ユキの愚痴にバルド苦笑するしかなかった。



「以上が今回の任務の報告となります」

「ふむ、ご苦労であった。何かあれば追って通達する。それまでは暫く休まれるが良い」

「はっ! ではこれにて失礼する」


任務の詳細を記述した書類を提出し終えたところで、ようやくバルドの五日間にわたる仕事は終わった。


罪人の収監から救助者達の受け入れ、その他諸々の確認で疲労していたバルドは今すぐにでも家に帰って布団に潜り込みたい気持ちがあったが、足は城と隣接しているある病院に向かっていた。


休む前にバルドにはどうしても、そこで確認したい事があった。


そうして手続きを済ませたバルドはノックも無しに目的の部屋の扉を開ける。中には一人椅子に座って向かいの病室をガラス越しに眺めている白衣の男がいた。


「よう」

「......はぁ。君もか」


その男はバルドの無作法には何も言わず、横目で確認してから小さくため息を吐き言葉を交わす。


「何があった?」

「バルドで四人目だよ。あの子の事情を聞きに来た人は」

「そうかい」

「しかも全員君の所だよ。揃いも揃ってお人好しだ」

「うるせぇ。いいから早く聞かせろよ、ハザック」

「はいはい」


バルドと親しげに話すハザックと呼ばれた男は、この病院に配属された医師だった。


「最初に言っておくけど、君が望むような回答は一つも無いよ。寧ろ、聞かなければ良かったと後悔するものばかりだ。それでも聞くのかい?」

「俺には知る責任がある」


ハザックの前置きに間髪入れずにバルドは答える。バルドは少女がこの病院にいると聞いた時から、どんな事でも聞くつもりだった。


「はぁ、ならば端的に話そうか。まず彼女の身体から、本来人類には備わっていないはずの臓器が見つかった」

「どう言う事だ? あの子は亜人だったのか?」

「人類に無いものだよ、バルド。彼女の心臓の近くには、瘴気を内包した特殊な器官があったんだ。あれは魔物のモノで間違はいないだろうね」

「は......」


ハザックの口から出てきた衝撃的な言葉に、バルドは声を詰まらせる。


「これに関しては僕も君と同じで、全く理解は出来ていないよ。正直お手上げ状態だ。だから気にせず次の問題を話そう」

「まだあるのか」

「あぁ、次も良い話しでは無いけどね。彼女の身体から致死量のキメラの毒が検出された。それによって神経系に、少なからず障害が出るだろう」

「......そこまで酷いのか」

「そうだね、彼女が未だに生きているのが不思議なぐらいには酷いものだったよ」

「......そうか」


バルドの予想を遥かに超えてベッドに寝かされた少女は、茨の道を進むようだった。



ーーめ、さめるよ


......そっか。じゃあ頑張ってくるよ。


ーーごめん、ね


ごめんは無しでしょ?


ーーじゃあ、いってらっしゃい?


うん、いってきます。



夢を見ていた。それが一体どんな内容だったか思い出せないけれど、漠然に楽しかったと気持ちだけが残っている。


俺は夢から覚めてしまった事に溜息が出そうになった。けれどどうやら二度寝をして夢の続きをみれるような状況には無かった。


変わらないと思っていた状態が大きく変化していた。硬くて冷たい床は柔らかくて温かいものに変わり、そこに寝かされている俺の手足は拘束されていなかった。


そして決定的に違うのは、暗闇だった世界に初めて壁が見えたことだ。薄らと光る壁に天井、床までもが認識出来る。


それはつまり俺が今までいた場所とは異なる別の部屋に移されたという事だ。


「ーーーはーーみたいだね」


情報を整理しようとしていたら不意に男の声が耳に届く。何を言っていたか分からなかったが、あの悪魔の声とは違い、俺に語りかけるような優しい声だった。


「僕の声が分かるかな?」


声のする方に意識を向けると、手が届きそうな距離に一つの灯火があった。それは俺が初めて見る他人の灯火だった。


「自主的に動いたから、意識が戻ったかと思ったなんだけどな。もしかして聴覚に異常でもあるのか?」


気を取られていた俺の耳に男の手が触れる。その与えられた感触に身体が無意識に小さく震えてしまう。


痛み以外の感覚は久しぶりだった。


「ん、怖がらせてしまったかな? ごめんね、すぐに終わらせるから少し我慢して。『解析』」


男は労わるように声をかけるけれど、俺は目の前で起こった変化に意識が奪われた。


上半身だけだけど、これは間違いなく人間だ。


灯火が揺らめいた途端に、突如として男の輪郭が暗闇の中に浮かび上がって見えている。


これは一体どういうことだ?


「異常は見つからないな......脳も無事で、あと考えられるのは......どうしたんだい?」


今見ているものが本物か確かめるために手を伸ばそうとする。けれど腕は俺の意志に反して満足に動かず、少し持ち上がっただけですぐに疲れてしまった。


「......もういいや」


触れられる位置あるからちょっともどかしいけど、届かないならいいや。諦めよ。


「ッ! 何がいいんだい?」


男に話しかけたつもりは無いのに、目敏く俺の独り言に反応して声をかけてきた。この人は一体何者なんだろうか?


「だれ?」

「あぁ、自己紹介がまだだったね。僕は和の国で医者をやっている、ハザックと言う者だ。よろしく」

「よろしく」

「うん。それで君の名前は?」

「なまえは......」


俺の名前か......あれ? なんだっけ?


「言いたくない?」

「......」

「じゃあ、他の事を聞こうかな。えぇと、君は何処の国で生まれたんだい?」

「......」

「そうだな、君の年齢は幾つかな?」

「......」


ハザックの質問に何一つとして答えることが出来なかった。


忘れてしまった? それとも覚えていない? 自問しても答えは出てこない。でもその事に焦る気持ちや不安は無かった。


だってそんなものが無くても別に死にはしないから。


「今日はもう疲れちゃったのかな?」

「......」

「それじゃあ、また明日にしようか」


俺が物思いに耽って自己完結した頃には、男はどこかに行ってしまっていた。

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