第5話 思惑

 5話


「エミルちゃんの好きな食べ物は?」

「......」

「甘いお菓子は好きかしら?」

「......」

「美味しい飲み物もありますよ」

「......」


 それから昼食は程なくして終わり、お肉を十分に堪能したエミルは仕返しとばかりにユキ達の話し声を無視し、挙句子守唄変わりにして昼寝をしていた。


 まあ実際は背中とお腹に回された手から伝わる優しい温かさと鼓動が心地良くて寝てしまっただけなのだが。


「寝ちゃったね」


 すうすうと寝息をたてはじめたエミルにユキ達は無視されたことを気にした様子もなく慈愛の表情を向けた。そしてその後スズはそっと無音(サイレント)の魔法をエミルにかけた。


 それはエミルの安眠を妨げないようにするためと、これからの会話を聞かれないようにするための魔法だった。


 ユキ達は魔法がかかった事を確認すると姿勢を正して視線をエミルからハザックに戻して改まって言葉を発した。


「リハビリは順調ですか?」


 ユキのその一言で魔法をかけた訳でも無いのに周りの雑音が消えた。けれどハザックはそれを意に介する様子も無く、ユキの問いに答えを返す。


「順調、か。それは何とも答え辛い質問だね」

「......何か問題でもありましたか?」

「今のところは、問題無いよ。エミルちゃんの身体は確実に良くなって来ている」

「では、何が?」

「......時間に余裕がなくなってきたんだ」


 ハザックのその言葉で、三人と周りで聞き耳を立てていた一番隊の国騎士達は事情をすぐに理解した。


「エミルちゃんの処遇が、決まりそうなのですね」

「あぁ、その通りだよ」


 ユキの予想通り、和の国でのエミルの処遇が決まりかけていた。それはエミルが救出されてから実に半年、ようやくのことだった。


 ついにエミルの処遇が決まりかけていると分かって、ユキは少し緊張した面持ちでハザックに内容を問う。


「上はどのような判断を下そうとしているのですか?」

「......放逐か、籠絡。そのどちらかを決めようとしている」


 ユキの問に苦虫を噛み潰したような顔をしてハザックはそう答える。するとそれを聞いた三人や食堂にいた人達も顔に影を落とした。


 それは救出されてからずっと気にかけていたエミルの処遇が思った以上に、深刻だったからだ。


 放逐とは国外追放の事を意味し、籠絡は国の管理下に置かれるという意味で、エミルにとっては前者が死刑宣告と同義であり、後者であれば強制的に国の犬となる。


 どちらも十二にも満たない盲目の少女にとっては厳しい現実だった。


「......私達に何か、出来る事はないでしょうか?」


 ユキ達はエミルの処遇が過酷すぎる理由を聞かなかった。それは上層部の人間が血も涙もない選択をしている時点で、自分達ではどうしようもないものだと理解していたからだった。


「そうだね......僕達に出来るのは、時間までエミルちゃんと変わらずにいる事ぐらいかな」


 国の中枢に属するユキ達国騎士やハザックはエミルの処遇が決定されるまでに出来ることは限られていた。ハザックは医師として健康管理や診断、介護。ユキ達に至っては食堂で偶然を装っての面会ぐらいが関の山だった。


 ハザックが言う現状維持がユキ達に出来る最低限のものだった。


「あんまりだ......」


 誰かがぽつりと呟く。手足に障害が残っている。盲目な上に心も身体も傷だらけ。それはそんな悲愴な噂で溢れていた少女の境遇に漏れた言葉だった。


 けれど、騎士達はエミルを哀れんでも現状を変えようと行動を起こそうとする者は誰一人いなかった。


 そんな暗い雰囲気の中、不意にハザックはエミルを見下ろす。


 真っ白な髪の毛を短く切り揃えた、人形のように整った可愛らしい少女の表情を読み取る事が出来たのは記憶に新しい。


 大の大人でも泣き言を言って諦めそうな状況でも、生に貪欲で前向きな少女に畏敬の念を抱いた。


 エミルを見ているとそんなものばかりが込み上げてくる。抱きとめる手から伝わる規則正しい鼓動と、膝に感じる僅かな重さを確かめながらハザックは独り言つ。


「難儀なものだね」


 それはバルド等のお人好し一番隊に向けたはずの言葉だった。



 ◇



「放逐した方が国は安泰だろうが! あんな得体の知れない者を何時まで置いておくつもりだ!!」

「いいや、彼女は国で管理するべきだ。初の人魔一体なんだぞ? 解明出来ればその価値は計り知れないものになる」

「だがそれは同時に、諸刃の刃になりうるかもしれんぞ。もし他の大国なんぞが知り得てしまったのなら、我が国が何と言われる事やら」


 窓もなく椅子とテーブルだけが存在する簡素な部屋で、大の大人達がそれぞれの思惑を抱えながら一人の少女について言い争っていた。


 意見は放逐か籠絡かの両極端で奇しくも折衷案を出すものは誰もいなかった。


「陛下のお考えは如何なものか」

「ふむ。この問題は余が決めることではない」


 国王の思考放棄ともとれる物言いに皆一瞬呆けるが、愚王では無いことを知っているのでその言葉の真意を問う。


「......でしたら、誰がお決めになると?」

「無論、件の少女に決まっておる」

「それはーー」

「せめてもの情けじゃ。余計な口出しはせぬようにな」

「......承知いたしました」


 国王の下した命令はとても利己的なものだった。


 

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