第17話 絵にも描けない美しさ
そうして、翌日会社を辞めることを告げた。みんな驚いていたが、熊谷さんが「そんな晴れやかな顔で言われちゃなにも言えねえよ。応援してるぞ」と言ってくれた。羽鳥さんが「困ったらいつでも連絡して来いよ」と言ってくれた。彼らの下で働けて俺は本当に幸せだった。
雫ちゃんに絵の学校に入ることを告げると「やっぱり兄さんの子だ~!」と言いながらぶわっと泣き出し俺に抱きついてきた。
「はは、雫ちゃんありがとう」
「じゃあ、これからは受験勉強ね。スパルタで行くから覚悟しなさい!」
……すでに家庭教師をやる気は満々だった。
そしてもう一人。
「あやめちゃん、久しぶり」
たった一週間前のできごとだったが、あの日が遠い昔のように思えていた。
「おにーちゃんは本当のおにーちゃんなんだから、よびすてでいいよ」
「あやめちゃ……あやめは母さんに何もらったの?」
「こうかんのーと!これでおとーさんとまいにちお話してるの!」
岬は相変わらず仕事は忙しいようだったが、早く帰ってきてくれる日が増えたらしい。お父さんの料理が真っ黒だった話、あやめが縄跳びを三十回跳べた話、そんななんでもないような日々を宝物のように話してくれる。この親子はもう、大丈夫だ。
俺は、今日の遊びの提案をする。
「あやめ、今日はお絵描きしよっか」
あやめの顔がぱぁっと晴れる。あの日見た、絵にも描けない美しい光景を絵にするため、俺は筆を取る。
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