第3話 熱病ー1

 それから何日か経った。女の子は相変わらず毎日夜の海に立っていた。心配ではあったがもちろん声はかけずにいた。

 その日はひどく冷え込んだ日で、ネックウォーマーに顔をうずめながら帰り道、バイクを走らせていた。

「うー、さむ......」

 今日もいるのだろうか、いつものように海に視線を向けていた。あれ?影が見えない。

「今日は、いないのか」

 伸びる影がなかったのでそう思った俺だったが、よく目を凝らすと彼女はいた。砂浜に倒れている小さな姿が目に入った。

「おい! 大丈夫か!」

 倒れるバイクを気にも留めず俺はその子の下へ走った。身体が冷たい......! いったい何時間ここにいたんだ!?

 こんなときの心当たりはひとつあった。というかひとつしかなかった。雫ちゃんに電話をかける。

 プルルルル......出ないか? やはり仕事中は出られないか。諦めて切ろうとしたとき、コール音が途切れた。

「もしもし弥生? 仕事中に熱いラブコールなんて雫ちゃん困っちゃう~。」

「雫ちゃん! 女の子が倒れてる! いますぐ連れていきたい!」

 俺の深刻な声に仕事モードに切り替わる雫ちゃん。

「落ち着いて弥生。その子、呼吸はある? 怪我はない? 今診療所からどのくらいのところにいる?」

「あぁ、呼吸はある。怪我もみたところなさそうだ。場所は人老浜だから......おぶって走れば診療所までは10分くらい」

「......わかったわ。落ち着いて、事故に気を付けてね。くれぐれも無茶はしないように」


 幸い身体に異常はなく、寒さで意識を失っているだけ、とのことだった。

「よかった.......」

 誰かのためにこんなに一生懸命になったのはいつぶりだろう。俺に誰かを助けたいという感情があったことに驚いた。

「この子の父親とは連絡が取れて、迎えには来るみたい。でも12時を過ぎるらしいわ」

 病室に戻ってきてそう言った雫ちゃんは、少し言いづらそうにしながら続けた。

「弥生......気になってた子ってまさか......ね。や、私はそういうの偏見ないんだよ?でもなんていうか、さすがによくないんじゃないかなーて、うはは......。」

「そういうのじゃないから!! ......この子、毎晩海を眺めてたんだよ。こんな冬に。どう考えてもおかしいと思わないか?」

「それで心配して毎日見に行ってたんだ。弥生はやっぱり──優しいね。」

「......っ。」

 優しくなんてない。俺は、いろんな人を疎み、傷つけ、迷惑をかけ、生きている。本当はいちゃいけない存在なんだ。この子を助けたのも、見殺しにしたかもしれない罪悪感を背負いたくないからだ。

 でも、傷つけている自覚もないまま平気で子どもを危険な目に合わせるこの子の親は、俺以上のクズだ。俺はむかついていた。

「俺、この子の親が来るまでここにいるよ」

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