第13話 竜宮城ー1

 日も傾いてきたころ、俺は再び海へ向かっていた。まだ明るい空に満月が見え始めていた。満月の夜に海に近づくのは初めてのことで、俺は不安と緊張が入り混じった感情をしていた。

 そうして、20時ちょうど、あやめちゃんは現れた。


「今日は、あえるよ」

 あやめちゃんは俺の目をまっすぐ見ながら静かに言った。


「会える? 誰に?」

 彼女はニコニコとこちらを見るだけで答えなかった。海はとても落ち着いていた。波一つない海はどこか不気味で、嵐の前の静けさという言葉がふと浮かぶ。


「おにーちゃん、おてて、つないで?」

 差し出される小さな右手をそっと握りしめる。

「くるよ」

 その瞬間、海からものすごい轟音が聞こえる。みたことももないような高波がこちらに迫ってくる。もう逃げられない!

 あやめちゃんは微動だにせず、波を見つめながら言った。

「おにーちゃん、ありがとう」

 波がせまってくる。

「あやめ!!」

 せめて彼女だけは守ろうと、背中で波を受け止めるように抱きしめる。


 波が、俺たちを飲み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る