第3話 東京地下百花繚乱
「誰か居るの?」
屋敷へと繋がるガレージのドアの向こうからキャンキャン!と吠える犬、そして訝しそうにこちらを伺う様な声。
「あ、母さん僕だよ」
扉が開いて小型犬を抱いた倫士の母親がひょいと顔を覗かせる。息子と、そしてその傍に佇む女性の姿を認めた
「あら……」
「
「はじめまして、お邪魔してます。城之内と申します」
菜々緒は丁寧にお辞儀して挨拶をした。
「あらあらあらぁ!」
パァっと表情が綻んだかと思ったら母親はパタンと扉を閉めてしまって、向こう側に引っ込んでしまった。
「?」
顔を見合わせる菜々緒と倫士。と、次の瞬間 奥の方へ向かって急に大声で叫ぶ声が響く!
「ちょっと あなた〜!大変っ!倫ちゃんが女の子連れてきたのよ〜」
まる聞こえである。
次の瞬間チャッ!と急に扉が開いて、再び母親が姿を顕わすと照れた様に苦笑い浮かべ挨拶をした。
「ごめんなさいね、倫ちゃん女の子連れてきたの初めてなものだったからちょっと驚いちゃって。いらっしゃい!ななお……ちゃんね?」
倫士の母は、笑顔溢れちゃきちゃきと表情豊かでとても明るい人な感じがした。この辺りの奥様方同様ゆき届いていて美しいが根は姐御・おっかさんタイプな印象……なんとなく、勿論その人となりは会話とか交流重ねなければ判らないけど、初見でもその纏う空気みたいなもので似た環境な者同士のある共通な"匂い"を感じ得た気がする。多分お互いに。
「ちょっと、母さん何言ってんだよ」
「向こうでお茶でも淹れましょう、いえ、もうお昼だからお食事用意しなきゃね? あら!大変!冷蔵庫なにかあったかしら?」
「もう!いいってば、これからランチ出るんだから!」
「えぇ〜?折角なのに」
するとまたドアが少し開いて今度は父親と、妹?と思しき女の子がチラと顔を覗かせた。興味深そうに好奇の視線を向ける妹はどうやら母親似、父親は……物腰柔らかそうで倫士そっくりな感じ?ちょっと戸惑いながらも別に不愉快じゃない初めて経験する類いの歓迎(?)に菜々緒は少しこそばゆく可笑しくなって自然と笑顔が零れ軽く頭を下げ会釈した。
「もう、皆んなして何? 恥ずかしいなぁ……」
倫士はそう言うが、先程の母に対してもそうだったが言葉は立っていても何れも決して棘はない。何かこの家族はとってもいい
「あ!父さん、こないだ話した車好きの……ほら、ポルシェのボクスタースパイダー乗ってるって同い歳の」
再びご挨拶をしようとしたら、お母様が割って入って自慢げに紹介役を買って出た……
「城之内ななおちゃんって仰るんですって!」
「あ!」突然、倫士は菜々緒の手を取ると、わさわさと入ってくる父妹に、「もういいでしょ? 行こう!菜々緒ちゃん!」と、ちょっとこれ以上はゴメンだよとばかりにドアを開け少し高いゲレンデのフロアにエスコート。乗り込む前に慌ただしくもう一度、向き直って丁寧にお辞儀しさようならと告げたが、どちらかと云えば苦手な筈の初対面の人達にも関わらず少しだけ後ろ髪を引かれる思いに駆られた自分に少々驚きもあった。
「またいらしてね!ななおちゃん」
こちらもちょっと残念そうにまだ喋りたそうな母は見送りながら手を振った。妹は相変わらず陰から綺麗な菜々緒を目で追うばかり、父はちょっとした既知感に近々の記憶を辿った。
「ななおさん。城之内?……ポルシェ。はて?どっかで聞き覚えあるなぁ?どこだったかなぁ?」
上部格納式の木製のシャッターが上がると、風が一陣吹き込んで来てソファーの所のカフェテーブル上の何冊かの自動車関係雑誌やディーラー冊子のページをパラパラと捲った。
……
「ごめんね。何かみんな出て来ちゃって」
「ううん、いいよ。楽しそうなご家族ね?」
羽田線から首都高1号線を往き、40分程のドライブで恵比寿の商業施設と隣接すると或る外資系のホテル、ゲレンデはその地下駐車場 へ滑り込む。
しかし空きスペースはあるのに倫士は一向に駐車する気配もなく、くるくると階下へ降りて行く。駐車場はB3からB5まで3層に及び、築が古いからなのか?道幅も狭く薄暗く階下へ降りるほど何処か埃っぽい印象…
「停めないの?」
「ランチ迄ちょっと見学ツアーだよ」
お腹減ったなぁと、ついいつもの癖(本性)でブスッとしながら、メルセデスやBMW、レクサス等の所謂、普段乗りの高級車が多く停められてる位で別段なんでもない景色に意味がわからず居ると、或る一角に差し掛かった辺りから景色が一変したのに気付いた!
なんと!其処は色とりどりのあらゆる新旧スポーツカーや高級車、クラシックカーで埋め尽くされ浮世離れした。ちょっとした自動車博物館かストックヤードみたいな場所。倫士はわざとゆっくりとスペース探すふりして"契約区画"の順路を巡る感じに進んだ。宛ら車中から希少種眺める都会のサファリパークか? 初めて見る車ばかりだがどれも凄いんだろうなって事はよく理解出来る、けどね。
「お隣は空室だからちょっと停めさせて貰おう」
ようやく停車したゲレンデの脇、鎮座していたのは綺麗な薄いブルーのお色目、そしてコンパクトなサイズ感に優雅な佇まい。幌を被った旧式な
1968年型 メルセデス280S L (W113)
当時のフランス人デザイナー ポール・ブラックによる独創的な造型は、走る貴婦人とも言われマニアから"もっとも美しいメルセデス"と称される事も多い。動力性能も申し分なく排気量 2,770cc 直列6気筒SOHC 170PSを誇り、最高速度は200km/hに達した。オートマチックトランスミッションに加え当時はまだ珍しいパワーステアリングもオプションで選べ正に才色兼備な傑作車だ。
「この前都内のイベントに参加した侭、ルッソと入れ替えで置いてったんだ。父さんの一番のお気に入りさ、どれか一台なら人生最後の趣味車はコレにする!って。……元々はお祖父ちゃんのだったんだけどね」
倫士は続けた、
「ずっと昔っからウチにあったから余んまり実感ないけど、クラシックカー全般だけど値段も
確かに、此処に居並ぶ超絶な価値を持つであろう車達と比べれば、古臭くってその価格/価値的にも……なのかも知れないけど、派手さもなく実に堅実的で美しくよく纏まったこの旧い一台には、確かにそんなものを一蹴出来るなにかに溢れていて、お父様の仰る事もなんとなくだけど理解出来なくもなかった。
"ふ〜ん、旧い車にはそんなカラクリが潜んでいたのね?"
倫士は、菜々緒の瞳が急に何か閃いたかの如く一瞬キラッ!と輝いた様な気がした。
「倫士くん、お腹減ったわ……」
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