第4話 Ev'ry time we say goodbye

「……で? それからどうなったん? ホテルやろ?」



 才子は身を乗り出して続きを促した、


「何でそっち方へ妄想膨らまそうとするのよ? その日はランチしただけ!」


「え〜?ランチしただけ?ホテルで?」


 この妄想癖の田舎娘っ!と喉迄出掛かったが菜々緒は口にするのは自制した。


「あなたの知りたい事はね……」


「んん?」


 炭酸水のボトルを口へ持ってゆきちょっと焦らす様に一口潤す。


「……この次にお家にお食事ご招待されたのよ」


「え?親居るのにお家で……したのっ?」



「もうっ!最後まで話、聞きなさい!」



 ……



 6月 梅雨の合間の週末の某日。


 - 神奈川県横浜市中区山手町。松本邸のダイニング



「ご馳走様でした」


「どう、お口にあって?」


「はい、とっても美味しかったです。独り暮らしなので手料理は本当に沁みます」


「あらあら、いつでも気軽に食べにいらっしゃいな!大歓迎welcomeよ」


 倫士の母も、菜々緒の所作やマナーなんかに触れ、初対面で感じた第一印象はどうやら間違ってなかったと確信した様子。菜々緒の方も同様で愛想ではなくそう言ってくれるのは本当に嬉しかった。


「まさかポルシェのマガジンのあのセーラー服のお嬢さんだったとはねぇ?どっかで聞いたお名前だなぁとは引っ掛かってたんだけど、吃驚したよ」


 車好きの父ともそんな共通の話題があったし、肩苦しい事なく楽しい会話が出来たし何よりとてもフランクで理知的でありながら、ほんわかとした雰囲気で菜々緒は至極居心地がよかった……



……



 遅いランチを終え、リビングのソファーで寛いでると食事の席で少し打ち解けた中学生の妹、理子ちゃんがくっついてお洒落やなんかのことを矢継ぎ早に尋ねてくる。なんかこの感じお母様によく似てるな?と微笑ましく何かお姉さんになったみたいで独りっ子の自分には新鮮。


 ただ、


 私は、倫士くんとは知り合ったばかりのお友達で、大学生になったばかりの18才。別に将来を誓いあったとか、それ以前にキスさえ……まだ正式にお付き合いしてる訳でもないのに、一度こんな温ったかくて心地よい家庭の雰囲気に浸かってしまうと、失くした時ちょっと辛いな、


 とだけ思った。



「ねぇ父さん、ちょっとこれからS L出してもいいかな?」




 ……



 この前、ちょっと話してくれた葉山の方まで足を伸ばし、夕暮れのオープンドライブを私達は愉しんだ。余裕の排気量、同じ年代でも才子の簡素なポルシェの内装とは随分異なり特徴的なホーンパットを擁する古めかしいステアリングを始めデコラティヴな造型で豪華な内装。開放感は同じオープンでも肩線から背中と高く囲われてる感の強い自身のボクスタースパイダーとは比較にならない。二人ただ風を感じ緩やかな時間が心地よく、なにかこうしてるだけで満たされてゆく不思議な時間。流れてゆく景色、シルエットの灯台や浮かぶ鳥居も、オレンジに染めた海と陸の間に沈む夕陽だってすべて私達だけの為の印象派……



 帰途。今日そしてこの前のゲレンデ車中でもそうだったが、どうやら倫士くんはジャズを好んで聴くみたい。SLのクラシックなオリジナル内装の風情を損なわぬ様、純正のラジヲは殺した侭でグローブボックス内に備えられた最新のデッキへbluetooth経由で一枚のアルバムをかけはじめた。


 静かな、ピアノの演奏だけをバックに切々と歌い上げるドライでちょっとハスキーな女性の声、決して音は良いとは言えないスピーカーから出てくる音は余計ノスタルジックさを掻き立てる



 Ev'ry time we say goodbye, I die a little……

('さようなら'と口にする度、いつもちょっと……死んじゃう?? )


 Ev'ry time we say goodbye, I wonder why a little,

('さようなら'と口にする度、いつもちょっと疑問に思うの)


 Why the Gods above me, who must be in the know.

(全知全能と云われる天にまします神様、何故……?)


 Think so little of me, they allow you to go.

(少しも私の事考えて下さらないの? あなたをこの侭帰らせてしまうなんて)


 When you're near, there's such an air of spring about it,

(あなたが傍に居れば、こんな穏やかな春の空気に溢れて)


 I can hear a lark somewhere, begin to sing about it,

(どこかから雲雀がそんな季節を謳歌する囀りが響きだす)


 There's no love song finer, but how strange the change from major to Minor,

(きっとこれ以上のラブソングはないでしょうね? でもそれも不思議、そんな朗かな歌もマイナー調に沈んじゃうの)


 Ev'ry time we say goodbye……♪

('さようなら'と口にする度に……) *菜々緒聴こえた侭訳



「これ何て曲?」


「あ、ゴメン、古過ぎるよね?なにか変えようか?」


「ううん、いい。素敵な曲ね?」


「え?判るの?」


「ううん、ジャズなんて聴く事なかったけどこの歌詞……すごくいい」


 ヒップホップや流行りの音楽なんかがドンシャリ流れていたそれまでの…無意識に包容を求め背伸びして……付き合ってきた年上の地元の男達の車中とは趣きの異なる、いや、車中や音楽だけでない求めはすれど悉く得られなかったもの、穏やかさとか安らぎ、そして知らない世界みたいなものが、この色白でふわっとしたバンビみたいな同い年の男の子にはあった。別段、作ってしおらしく取り繕ってる訳じゃないんだけど自然と不機嫌な女王様キャラの仮面外した無防備の自分が居る。




 マンションの玄関から少し離れた所にSLは静かに停まった。



 Ev'ry time we say goodbye, I die a little……♪



 あ、さっき思案したこの"ちょっと死んじゃう"ってニュアンス感覚的にわかるな、日本語で表現するの難しい、でもきっとこう言うことなんだ。胸の辺りがシクと痛くなる……


 "さよなら言って降りなきゃ"


 "……降りたくない"



 暫しの沈黙


 

 "……なにか言ってよ、倫士くん"



 沈黙



"もう!焦れったいわね!男でしょ!"



 車的な表現をすれば、これ迄"羊の皮を被った狼"は耐えきれず遂に本性の牙をバンビに剥いた……






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