第8話 日獨伊三国バトル勃発?

「これは……ポルシェじゃないわね?」



 真っ赤な'88年式 FERRARI 328GTS。前モデル308のシルエットを踏襲するピニンファリーナのフィオラバンティによるデザインは美しく3.2L V型8気筒DOHCをミッドに搭載した傑作スモール・フェラーリだ。GTSのSはスパイダーの意で才子のポルシェ・タルガ同様、デタッチャブル式に手動で屋根の取り外しが可能。


「綺麗なクルマでしょ? 女性が乗ったら尚、素敵だと思いますよ。……でも難点と言えばハンドルが凄っごく重くってね、小回りが効き辛いから取り回しに少し苦労するかな?まぁこのクルマにそんな事は些細な事だけど」


Dr.ドクターは根っからの跳ね馬党だもんねぇ?」


と土井。Dr.と呼ばれた赤いフェラーリのオーナーは人差し指で眼鏡のフチを少しずらし応えた……


「走ってもポルシェにゃあ負けませんよ? 我がBella Donnaは」


 ベラドンナ(麗しの女性ひと)?……なんだかなぁ?とクラブ交友参加のポルシェ以外の車も眺めながらオーナーさん達の会話に耳を傾ける菜々緒は歩を進めその次の一台の傍に立った。


 '72年式 JAGUAR E Type (シリーズ3)。 搭載する5,343cc 超弩級V12気筒SOHC発動機は5,850rpm/272hpを発生、最高速度は227km/hに達する。このオープン仕様の一台は最後期のシリーズに属し、このシリーズ毎でキャラクターも随分異なるがモデルとして総じてフェラーリ社創始者のエンツォ・フェラーリをして"史上最も美しい車"と言わしめた……


「お嬢さん御覧なさい、この佇まいを。まさに凛とした英国淑女そのものではないか!やはり旧い英国車に限りますよ。あなたの様な美しい女性が乗れば殊更なんだが……まだこの良さ理解するには聊か尚早かな?女も人生も研鑽していらっしゃい。ふぉっふぉっふぉっ」


「はぁ……」


土井も無言。


 今度は英国淑女と来たか?はぁ(溜息) ……確かに前屈でカウルを跳ね上げ、12気筒発動機を誇らしく顕したこのEタイプはセンスの良い淡いクリーム色のボディに紺色の幌という絶妙なコントラストもあってとても優雅な印象。で? この◯ソ暑い中にニッカポッカー・コーディネートの明らかに英国かぶれの紳士おじさんは、結局薦めてるのかどうなのか?よく判らないな?

 と、続いて向こうの方から呼ぶ声が!その余りにデリカシーなき不躾さに少しムッとしながら菜々緒は振り返った。


「お〜い!お姐ちゃん、お姐ちゃん!これなんかどうだい?」


 何か一見、冴えない吊り目でくしゃっとした地味な四角い箱みたいな車の傍に立った日灼けした灰汁の強そうな男が手招きする。その車には正直全然興味が湧かなかったが、その隣に鎮座していた一台の方が少し眼を惹いたので、菜々緒は近付いてわざと長い睫毛も印象的に眼を伏せて思わせぶりに其方にチラと目配せする、


「!……ほぅ?これはこれはお目が高いねぇ?」


 '69年式 TOYOTA 2000GT 。トヨタ自動車とヤマハ発動機共同(複雑な経緯を伴った)開発の日本最初の本格的スポーツカー。リトラクタブル・ヘッドライトを備える流麗なボディデザインと楽器製造のノウハウが生かされたウッドの内装、1988cc 直列6気筒 DOHC 発動機は当時のクラウン搭載のSOHCをベースにヤマハ開発のDOHCヘッドを搭載したもの。総生産台数も試作車合わせ337台と希少価値も高く現在ではオークションで億のプライスが掲げられる。


「お姐ちゃん旧車物色してるんだってな? 外車もいいが、日本人はやっぱ国産車だとは思わねぇかい? こいつぁ最高の日本美人さぁ!」


「……」


 こっちは'日本美人'ときた! 幾ら車は女性名詞とは言え揃いも揃ってやたらと擬人化するのもどうなんだ?と中年男達のそんなへきには呆れたが、このTOYOTA2000GTはロングノーズで、この前の英国車と似た傾向のシルエット乍ら洗練されていて、そのまろやかな曲線美は確かに女性的だと云えた。


 土井が耳打ちする。男は大日本旧車会の会長を務める中畑なかばたけと言って生粋の……いや筋金入りと言った方がいい、そんな日本車愛好家。ただ余りにも入れ込み過ぎるが故に視野が極端に狭く排他的な嫌いがあり直情型なのが玉に瑕だと言う。


「新車ん時の値段は何分の一。勿論、当時の為替とか税金とかあったんだろうがな? でも実際走らせても全然負けてねぇ、それも今から証明してやるよ!目ん玉かっぽじってよぉく見ときな!お姐ちゃん」


 その一見冴えない地味な印象の車の屋根をバンバンと叩きながら、灰汁の強い男は不敵な笑みを浮かべながら浴衣姿の美しい女にアピールし、外車オーナー達を一瞥し挑発した。そんな様子を一歩離れて眺めてた才子は "'かっぽじって'……は目ん玉じゃなくって耳やろう?"と心中突っ込んだ。ただ絡まれても面倒だと思ったから口にはしなかった。


「はいはい、相変わらず血気盛んだね〜?中畑なかばたけさん。お手柔らかに頼みますよ」


 苦笑いの土井。しかしいつも明るく温和な性格には珍しく目は笑っていなかった。帽子を取って真夏の陽射しをその頭部に受けて強烈な一閃!リフレクトを放った後、軽く会釈してその場を離れた。エンジンを掛けた侭の一台のポルシェに近付くと、後方のフードを開け覗き込む男性の肩をポン!と叩いて声を掛ける


篠塚しのさん、調子はどうだい? 」


「この気温ですからね?大変だけど……上々ですよ」


 そして肩に手を回し顔を寄せると小声でボソリと呟いた。


「遠慮いらないから。ね?思い切りやっちゃって! 頼んだよ」


「……わかってますよ、殿」


 そう言い終わると篠塚はバタン!とエンジンフード閉じた。そのポルシェのフードのグリルの下側には基本同じ構造の才子のナロー912にはないピョコンと跳ね上がった特徴的な突起物があった。




「はいはぁ〜い!皆さ〜ん!それではヒトヨンサンマル(14時30分)からのイベントの為、事前申請済みの代表出走の方はそろそろご準備お願いしまぁ〜す!」


 高田二士=シゲルコは、この催し=駐屯地クラシックカーフェスティバルの進行係補佐を担っていて、くっ付いてた男性隊員達は手際良く誘導とその他準備に取り掛かった。


「……で? この暑い中、何がはじまるわけ?繁子しげこ



「トラック内走行。400m走だよ」



 あ? そりゃ運動会か?

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