第19話 初めての経験 Ⅱ

「万亀さん、お懐かしゅうございます。ご無沙汰致しておりやす、おさむです……」


 おじさん=菜々緒パパはお昼間の顛末一通り聞き終えると、この時間だから爺ちゃんと話すのは不躾か?と訊いたので居酒屋さんだから多分大丈夫だろうからと私は電話を繋いだ。


「はい、はい、本日は拙女がとんだご厄介お掛けしちまった様で、申し訳ございやせん……」


「万亀?って誰?」


 丁度シャワー終え戻った菜々緒がこそっと耳元で尋ねた。相変わらず舌好調の私は付け加えて余談だけど先祖代々、龜一きいち十龜そがめ百龜ももがめ千亀ちがめとかやったらしいで、なんでか自慢してたってこそっと返した。でも流石にようやく授かった遅い娘に亀の字継承さすのは婆ちゃんの猛反対にあって由緒ある國松家の亀ネーミングは途絶えたらしい。因みに諦め悪い断末魔の爺ちゃんは自分の生業に掛けて亀をひっくり返した名前ならどうか?と懇願したが婆ちゃんはそんな事したら家を出ると迄言われたので遂に観念したエピソード付け加えてこそこそっと添えたら、プフッて吹いた。


「こらっ!ナナ!」おじさんはスマホのマイク押えて菜々緒を一喝すると、ハイ、ハイと通話続けながら奥の……菜々緒が瓶を提げて来た部屋に引っ込んでドアを閉めた。


「?何怒ってんの?……でもひとつ間違えばおばさま、ぷふふっ!お爺様のセンスは抜群ね?」


 と言ってもう一回笑った。マジで言ってるのか?全く人んの事と思って!もしそんなんやったら"お前のかぁちゃんメ〜カ〜コ〜"とか男子から揶揄からかわれたやろが?……違う、我が代で家の慣習しを絶やしてしまう事の大きさに、落胆して余りにしょげかえる姿が居た堪まれなくなった婆ちゃんは、丁度5月生まれだった一人娘=私のママに素敵な名前を考え爺ちゃんに提案してくれたんだ。もうこの話する度に爺ちゃんはボロボロ泣く。


 芽依花。國松(中村)芽依花、私のママ。誰より優しくって綺麗だったママ。少し面影がぎって胸の辺りがシクとした。


「で、なんでウチのパパとお爺様とお話ししてる訳?お久し振りだから?」


 私はハッ!として押し黙る。そして思わず逃避に飛び込んで目は左上辺りを思い切りクロール。


「あなた、まさか?言……った?」


 苦笑い。と、その時 扉が開いて爺ちゃんとやけに長い電話を終えた菜々緒パパが戻ってきて口を開いた、凄く低いトーンの口調で。


「思い切り掴まされてもた様やのぅ?ナナ……」


「……」(沈黙)


「書類全部持ってきなさい」


「いい、自分でなんとかす……」


じゅぅくこくな、出来るんか?」


「……」(沈黙)


 腰を折る様に更に眼光鋭く被せて有無を言わさない。俯いた侭の菜々緒は自分の確認ミス、甘さも多分にあって、その辺の瑕疵回避の巧妙な文言や契約書の事もあって正直お昼間の感じからも為す術ない事は確かで、だから何も答えられない。しかし低い声で誘導的に諭すって言うか?圧倒的な威圧感・凄味で徹底的に追い込むやり口。遥か昔、幼稚園の頃だったか?菜々緒のちっちゃな悪戯に一緒に居た私ともどもやった理由を(幼児に)動機まで執拗に問い質し諭され怖くって思わずお漏らししてしまった恐怖の記憶とトラウマが蘇ったじゃないか? こっちまでホロ酔い気分も醒めちゃうわ。



「出来ねぇべ?」


「……」(沈黙)


「一人じゃな〜んもな」


「……」(沈黙)


「出来ねぇ癖に毎度毎度、パッと思いつきで我がの尺度と勝手な解釈だけで先走りよってからに」


「……」(沈黙)


「最後はどないかいる思とろう?周り思い切りかんまして、結局誰かにケツ拭かせてのぉ」


「……」(沈黙)


 うう、もうやめたってくれ。その通り、仰る通りなんだ!だから……。こっち迄胃が痛くなってくる。然し詰問・尋問・拷問の如きやり込めは更にヘヴィさを増してまだまだ続いた。- 中略 -


「契約だもんのぉ?」


「……」(沈黙)


「只のぅ」


「……」(沈黙)


「契約に従うってぇのものぉ……」


「……」(沈黙)


「お相手がキッチリ仁義切ってきよった場合の話よのぅ?」


「……!」


「違ぅか?ナナ?」


「ううん、違わないっ!」



「身内やられて黙って舐められとったらいかんのぅ?」



 お、おい?何の話だ?仁義ってなんだ?お昼間、理不尽な無力感に打ち拉がれたが、私と爺ちゃんには得られなかった当初の衝動的憤りを肯定してくれるかの如きその救いの一言にキラッと目を輝かせて復活したかの様な菜々緒。血か?血の為せる思考・方法論か?……と言うか?ギリギリ迄追い詰めて自己思考を破壊し誘導さす遣り口、昔っから変わらない。菜々緒はずうっと事ある毎にそうされ続けてきた。それがヤツの性格を形成したのは言う迄もない。只、受け継いだその血、しなる様な反骨精神は従順の皮を被っても決して屈しない。それもきっと、より濃く受け継いだもう一つの血……由縁なのだろう。



「見せたいもんがある。今からちょい付き合えや?……才子ちゃんもエエか?」


 此方をチラと向いて唐突だけど無論、有無を言わせる隙はなくブンブン首を縦に振った。仕方ない、お風呂上がりの菜々緒と汗ベタベタの私は嫌が応にも従うしかなかった。本音はもうちょっとシャンパ〜〜ニュッ飲んでからお喋りしてシャワー浴びたい所だけどしゃあないな、これも流れか?


 氷が音を立て瓶がガラン!とバケツの中を転がる。おじさんは何気無く視線を遣って何処かの一点に焦点が合うと、カッと眼を見開いてまるでギャグの様に二度見して「あっ!?」っと叫んだ!


「お、お、おいナナっ!?おめ〜?これナナサンのサロ……飲んでもたんかっ?」


「べ、別にいいでしょ一本くらい?それにわざわざ安そうなエチケットの選んだのよっ!」


「あ、あほかぁ〜?これ開けるんずぅ〜っと楽しみしとったんぞ〜!?どんだけんモンか知っとんか〜?」


 コレまでの低くドスの効いた、まるで反社会的勢力系怖い人(実際にお会いした事ないから勝手なイメージだけどね)みたいな恫喝的凄味とは打って変わった甲高い声で打ち震えながら声を荒げた!


「知らないわよ!あんなに沢山あるのに何ケチ臭い事言ってるの?それにナナサンとか口にしないでくれる?癪に触るから」


「あ、美味しかったです」私も一応付け加えるとおじさんは流石に凄く言いたげだけど何も言えずただ辺な呻き声だけ零した。


「ぐっ!うぅ……」



…………



 2017年式 Rolls Royce Phantom VIII "魔法の絨毯の様な乗り心地"と喩えられた新開発のアルミニウム製プラットフォーム=Architecture of Luxuryを初めて採用した言わずと知れたエグゼクティブカー。

 観音開き=コーチドアをくぐれば極上のレザーとウッドに包まれた最高級の空間が拡がる。571ps、6.75リッター ツインターボ V12エンジンの動力性能が与えられた異次元のベヒクルだ。



 あのツートーンの巨大な車、菜々緒は前席に、私は恐ろしく広くって座り心地の後席にひとり収まった。うわっ!?自動でドアが二段階でグッと閉まったぞ!


 全くこれが車か?って呆れる程に912なんかと比較にもならない程豪華な、勿論初めての異空間に思わずキョロキョロしてしまう。独特な革の匂いとそこはかとない香水のいい匂いの混じった高級ホテルみたいな香り(飽く迄想像ね)?少々伸ばしてパタパタさせても余裕のある脚元、倒され出されたままの真ん中の肘置きに少し脇を広げて肘を預けても同じく余裕があって思わず踏ん反り返る社長みたいな体勢になっちゃう。


 運転手さんの代わりに自分でステアリングを握り、不機嫌なおじさんは無言のまま夜道を走らせた。菜々緒も何処へ向うのか尋ねない。密閉性が高いのか?静かすぎる車内、なんだか重苦しいな……


 私は後席でふんぞり返った侭、ほろ酔い気分も徐々に醒め、窓からぼ〜っと外の疎らな灯り眺めてたらスルスルと音も無くカーテンが視界を遮った!「わわっ!?」ドア肘掛に置いた指先が何かのスイッチに触れ無意識に押してしまった様だ。吃驚して離した指で反射的にもう一度スイッチを押してみるも開かない!別のんか?


「才子ちゃん、夜やから閉めちゃ後ろ見えね〜よ」


 後ろ振り返ると後部ガラスの所のカーテンが閉まってるではないか?焦ってその辺のスイッチを瞽押したら後方のは無事にスルスルスルっと両側に開いて、自分の横のも前方へ開いたのでホッとした。あ〜吃驚したわ。


「上の所の内っ側のボタン押してみ」


 おじさんが笑いながら言ったのでそうしてみると...


「わ!」


 天井に無数の星が瞬き出したではないか!?


「趣味悪っ……」


 菜々緒はそう斬り捨てたが、車内の空気は少しばかり和んだ様な気がした。……あゝそうだ、そう言えばあの時も私のお漏らしで恐ろしい時間は終わったんだっけ?



 ロールスロイスは暗中の田舎道を静かに往った。。。




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