第11話 ゼロヨン!羊の皮被った伏兵の一矢

 いち早くグリッドに就いた鬼瓦みたいな顔つきをしたシルバーに少しグリーンの混じった様な渋いお色目の一台、旧いとは言え並居る同世代の世界の名車を2度退けて此処、'決勝'の舞台に立つ。そしてその傍らに立つ中畑なかばたけの姿。



「B級ライセンスだかB級グルメだか知らんが関係ねぇ、お前が上だ。わかってんな?たつ?」


「その呼び方いい加減辞めてくれないかな? 社ちょ……いや会長。 辰耀紀たての


「どっちゃでもエエ。俺が見込んだお前、そんでこいつだ。ポルシェなんざじゃねぇ!」


 右側の窓から少し遅れて入ってくる対戦相手と土井にも聞こえる様に故意わざと大きな声で、そして車内のドライバー……たつと呼ばれた若い女性を鼓舞するかの様に再び屋根をバンバンとやった。


「それも辞めてよね?」


 原 辰耀紀はら たての。訳あって高校を中退して中畑なかばたけの会社に務める19歳。無表情で抑揚のない喋り口、この酷暑の午後の天候下しかもストイックにも車重軽減の為、外された空調のない車内に収まっても、外でタオルを首に巻いて滴らせる中畑とは対照的に汗ひとつかかず飄々とスタートを、その時を待つ。



 '71年式 NISSAN SKYLINE GT-R ハードトップ。

 所謂"ハコスカ"と呼ばれるこのGT-Rは('66年に日産と合併した)プリンス自動車時代から数えて3代目にあたるスカイライン・モデル KPGC10型。リアにウィングが奢られ、トレッド拡大に伴いオーバーフェンダーが装着されておりレーシーな外貌を持つ。内に抱くオリジナル発動機は排気量2,000(1,989)cc、最高出力160hpを誇る水冷直列6気筒DOHC4バルブ S20エンジンを搭載していた。しかしこの一台は……




 低いアイドリングでスウッと並んだ此処まで王道相撲と言って差し支えない走りを繰り広げて来た相対するポルシェ。真夏の日射しに熱く灼けた薄鋼板の車体を補助押ししながら声を掛ける土井、そしてお隣の少し離れたGT-Rにチラと視線を投げつつ2〜3会話を交わす。


「流石だね? お見事!篠塚しのさん。暑い中ご苦労様! あとイッコ」


「最後は'姫'と同い年の女の子。って、なんか拍子抜けだけど……」


「なにやらあのハコスカかなりチューンされてるって噂だよ? 舐めない方がいいかも?」


「それ、僕に言ってるの? 所詮ハコスカでしょ?」


「はいはい、失礼失礼。後でキュ〜っと冷えたので祝杯といこ!頑張ってね!」


 そう告げて帽子脱ごうとして思い止まり、鍔にだけ手をやった土井に会釈して応える篠塚。


「了解、官房長官殿。じゃ」



 スタート前の薀蓄アナウンスを受けて両車から離れる土井と中畑なかばたけ


 "さぁ、特別なポルシェに挑むスカイラインの対決図式はまるで遡る第二回日本グランプリを彷彿させます!迎え撃つは904カレラGTSが'73 911カレラRSに、挑むプリンス・スカイラインGTは日産・スカイラインGT-Rに姿を変え半世紀以上を経て此処、◯◯駐屯地でリベンジと相成るのか? 注目の決勝戦です〜!"




 観衆の中、才子は不思議そうに尋ねる。


「なぁ、爺ちゃん。なんであんな普通っぽい車が勝ち上がってくるん?」


 フェラーリの様な'如何にも'な造形そして性能を備えているであろう一台ならいざ知らず、このカクカクした箱の様な地味な車が何故速いのか? 確かに低い腰つきと飛び出たオーバーフェンダーは只者ではない気配こそあるが。


「うむ、元々先代から'羊の皮を被った狼'とか喩えられる程の名車じゃがの……音とか聴いとってこいつぁ加えてかなぁり手が入っとると見た。ウチに入って来る車達は、オーナーさん方オリジナル志向であんまり余計にいぢらんのを好む傾向じゃがの、全く違う走りに重心置いた'別の楽しみ'方じゃの? エンジン、足回りから何から純正に拘らずパフォーマンス向上の為の改造施されとる。中身は最早別モン!じゃから速い」


 別の愉しみ……


 隣で、そんな祖父孫の会話を耳にしながら、ちょっと衝撃・感動的ですらあった911('73 カレラ R S)の動力性能パフォーマンスに感心しながらも菜々緒はどちらかと言うと余りその後者の'別の愉しみ'の方には自分的には興味薄いかな?と感じていた。それより、自分が認めた美しさそして何より性能では上回っていると言われたもののドライバーの力量の差もあってか? 力で捩じ伏せられてしまった感もあるフェラーリ328GTSが退けられてしまって、余り興味の湧かない=私的には色気を感じないこの決勝の相手に別段擬人化の対象も思い浮かばなかったから最後は……


 "はぁ(嘆息)、結局はムキムキ筋骨隆々の強国プロセインのその末裔かなんかに娶られてしまうのね? まぁそれも運命さだめかしら"


 と、自らを悲劇のプリンセスと美化して……そんな妄想すら既に飽きてしまっていた。


 バリバリバリバリ……ズヴォァ〜ム!

 シャ〜ンシャ〜ン……ジャアァ〜ン!


 大轟音と共にはっ!と我に返る。白煙を巻き上げ同時に飛び出した2台だったが "どうせこっからポルシェが引き離してくんでしょ? 予定調和だわ……"と擬人化妄想ごっこだけでなく400m走にも同様だった菜々緒は、そんな虚ろな眼差しを投げかけた。団扇をパタパタしながら……


 クヮア〜〜〜〜〜〜〜〜ン


 さぁ!3速のカレラR Sの絶対領域!満を持した怒涛の加速を発揮したその瞬間、予期せずもまるでその'後の線'に合わせるかの如く咆哮するGT-R!


 ヴィイイイイイイ〜〜〜〜高回転モーターの様な高音は爆発的瞬発加速を伴う


 篠塚の感覚では此処で置いて行く!……筈。が!前方を見据えた彼の側方広視界に侵入してきて更に前へとその車影がせり上がってくるではないか!?「おいおい嘘だろ?」


「!」


 冷静沈着な原 辰耀紀のドライビングは正に'人馬一体'を絵に描いたかの如し!

 まるでGT-Rに自らの神経が通っていてエンジンの鼓動、燃料の脈動、旧態然としたソレックス・キャブの有機的呼吸。その生き物の様な吸気音、混合気の噴射、しかし制御された正確な点火・爆発。ハイコンプ化されたピストン・カムからの伝播、その推進を全て理想のタイミングでギアを叩き込む無我の境地での走り……それは神経細胞そしてシナプスそんな一連のイメージ



「ヒャッハ〜!行けぇ〜辰っ!RB改2.8フルチューンは伊達じゃねぇ!このままぶっちぎれ〜!」

 

 飛び跳ねる中畑と拳を上げ叫ぶ大日本旧車会メンバー達。湧き上がる大歓声!既にフルスロットルの両車! 残り100m!あとはマシンそのものの持てるパワー勝負か? 縺れ合う様にゴールに飛び込む2台! どっちだっ!?




「ふん、'羊の皮を被った狼'……ね。なるほど」キラリ!と眼を輝かせた菜々緒。





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