第10話 ゼロヨン!妄想王女殿下の御前試合
ズヴォ〜ム!
ジャワ〜ン!
シグナルが青に変わった瞬間、其々の咆哮一発が交錯! 正に吹っ飛ぶかの如き暴発的スタートを実現したポルシェ911(73カレラRS)は高回転金属音と排気爆音が混ざり合って醸す特有な
……しかしトヨタ2000G Tも負けてはいない!既にフルスロットルの直6DOHC 2リッター純正ノーマル3M型発動機。それは苦悶の嗚咽か?悦楽の雄叫びか?リアセンター下部より突き出したCabtonタイプのデュアル管からのエグゾーストノートがヴィャ〜ン!と特徴的な乾いた甲高い音に変わると両車ほぼ同時に3速に叩き込まれた瞬間からその差を詰める!
湧き上がる大歓声!
更に縮まるその差、車体半分!ゴール迄あと数十メーター!鼻先まで肉薄!追いつくか?懸命に逃げるかのポルシェ!
「あ〜!ぁぁ……」そして大歓声は嘆声に変わった。
「最後、いい勝負だったわね?」
「うん、2000GT凄い追い上げで惜しかった!残念っ!盛り上がったな?」
美しい日本車による怒涛の終盤追い上げ、僅差に散ったその結果に大興奮だった会場、そして浴衣姿の孫娘とその幼馴染み。菜々緒は'特別な911'の実力、そして互角に渡り合った一台、才色兼備とも云える見かけだけではない日本車の動力性能の素晴らしさへの賞賛……いや? 其の実 彼女の目には王女の御前で"我こそが殿下に相応しき男!"と宣誓し健気に決闘する列強各国の婿候補、プロイセン末裔の屈強な騎士王子、そして日出づる国黎明期の中性的皇子……貧弱な知識の無為勝手なる美化羅列として映っていたのであった。
"只今のオーバーミリオンダラーマッチを制しましたポルシェ911のタイムは16秒38、16秒38でありました〜"
そのタイムが早いのか遅いのか?此処にいる大多数は勿論わからなかったが、しかし昔取った杵柄の老整備士はその展開に大いなる疑念を抱き心中呟く。
「……」
'いいや、一番加速の強烈な絶対領域でアレは有り得ん。16秒38? 此処はサーキットじゃないとは言え、車が変調きたしてるのなら話は別じゃが、然もなくば……流しおったな?'
興奮醒めやらぬ雰囲気の中で再び登場した914に大いなる喝采が注がれる、スタート位置に就いたシゲルコは今回も勝つ気満々で意気揚々と笑顔で応えた。が、蓋を開けてみれば同様に緒戦を勝ち上がって来たあの'不躾な男'=大日本旧車会の会長、
「あらら、シゲルコあんなフツーの車に負けちゃったね?……で、お次は?」
排気量、更に製造年代も異なる少し後年のフェラーリ328GTS。2000GTを僅差乍ら下したポルシェ73カレラRSと対峙する。
「さぁ、おはじめなさい」
憑依したかの如く思わずボソリと溢れてしまった心の声に意味不明な才子が怪訝に訊き返す。
「はい?」
「……いいえ、なんでもない」
'さぁ、Bella Donna。いえ、麗しのマラネッロの君よ。その獰猛なプロイセンの騎士を見事退けて見せなさい!そうすらば
菜々緒はどっぷり自分の妄想世界に入っていた。"選択はポルシェから"……と言っておきながらこの勝負、肩入れは最早女性・男性擬人化全く不明ながら完全にマラネッロの君=328GTSに。小柄で低重心、流れる様に美しい真っ赤なフェラーリはそれだけ魅力的に映っていたし、何より自分に似合ってるのではないか?と感じた。それに目を惹いた代表"日本美人"2000GTが及ばなかった憎々しい程に速い73カレラR Sにこのイタリア車がどう言うパフォーマンスを見せるのか?事実上、初めて垣間見るフェラーリの走りに興味津々だった。
スタート前の並んだ二台。土井は73カレラRSの脇に立って中の汗だくのドライバーに向けて焚き付ける。
「流石に328とじゃちょっと分が悪いかな
「お相手、お医者さんでしょ?」
「お!これはこれは失敬、国際Bライ・ホルダーに失礼だったかな?」
「エアコン付いてるお馬さん、しかも国内仕様にゃ負けませんよ」
汗を拭いながらストラップを引っ張ってドアを閉める篠塚。
「そうこなくっちゃ!」
小声でそう応えると踵を返しニヤリとして車から離れた土井。隣ではクォン、クォオ〜ン!と少し鼻に掛かったフェラーリV8クアトロヴァルボーレのアイドリングが何度も挑発する。
スタート!と共にまるで解き放たれた弓矢の様な真っ直ぐな、そしてしなやかで圧倒的な加速。昂ぶると更に甲高くなってゆく官能的な魅惑のフェラーリ・サウンド!モデルイヤーにして10年以上の開き、リアミッド搭載のエンジン性能そして進化したテクノロジーも含め圧倒的なカタログ上のデータ・数字の差。これは如何ともし難い歴然たる現実として叩きつけられその開いた差が物語った!
スタートから観衆誰もがフェラーリの圧勝を確信した……かに思えた、が!
カーン!
甲高い金属音が轟くと目線を移したタコメーターの針は瞬時にビョン!と跳ね上がり4,000回転域を超えてきたその刹那、アクセルを踏みつけた篠塚の背中は未曾有のGと共にバックレストに叩き付けられ、豹変したカレラRSは2000GT戦では見せる事のなかった暴虐なその本性を遂に剥き出すと、持てるポテンシャルを解放した!
328GTS、そのしなる様なイメージの'竹藪'を
「うわ……」
ぞく、と背筋に寒気が走るかの様な衝撃を覚える菜々緒。そして見た目は大差なくとも、これ迄接してきたどの911とも違い自らの4気筒ナローとの圧倒的な性能の差を目の当たりにする才子。
「そうじゃろ、それじゃよ」
元テストドライバー老整備士は納得した様に頷いてニヤとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます