第13話 泣くなスカイライン 峠の華 (前編)

「辰ってヤツぁな……」



 篠塚が注がれたコップを空けるのを確認し頷くと瓶を持った侭、中畑はちょっとこれまでとは違ったトーンで語り出した。


「昔のツレの娘でな、高校上がって直ぐにちょっと、その……色々あってな両親共逝っちまってよ、悪い事ぁ続くもんでガッコの方も問題起こしちまって無下にも退学処分喰らっちまいやがった。無免許運転でな、夜な夜な山ん方で親父遺したあのGT-R乗り回しとった。


 それがヤツが高一の冬、まだ16ん時の話さぁ……

 

 実はその退学喰らいよった数日前 偶然な、Zで朝練上がった山で遭遇したんだわ。そん時ゃまさか辰が運転してるなんぞ思いもせんかったから、最初おっかねぇスピードで駆け上がってきて直ぐケツ迫られて、何じゃ?ってバックミラー覗きゃ見覚えある…逝っちまった筈のツレのGT-Rじゃねえか?全く背筋凍る思いだったぜ。しかもよ!ミラー映ったヤツの変装姿、ご丁寧にツレのしてたグラサン掛けて帽子迄被ってやがったからよ、こちとらヒィイィィ〜!ってなもんで危うくちびるトコだったわ。

 

 しかもあっと言う間に追い抜かれ二度と追いつけやせん


 朝焼けと靄ん中、こりゃ現実か?化けて出よったんか?もう居ても立ってもおられんかったからよぉ、線香上げがてら訪ねてったらボソボソ話しだすじゃねぇか?運転してたのが何と本人でガッコの事とか……


 ガソリン代やらなんやクルマ維持すんのになんと1年近くも内緒でバイト…… ベトナム人らと混じって週半分以上朝まで夜勤しとったらしい。その行き帰り日々朝夕ただただ腕磨いとった。自業自得っちゃあそうなんだが偶々停められたポリさんの職質で呆気なく無免許発覚しちまって……


 ガッコでも相当陰湿なイジメ遭うとったらしい。あいつの無表情さや喋り方なんかそんなん重なってどっか壊れちまったんだろうな?可哀相によ、相談出来る奴はぁおろか友達すらおらん。辰にしてみりゃあGT-R転がしてる時、それが唯一の捌け口ってか、独白。亡き父親との魂の対話だったのかも知れねぇなぁ?それに今思やぁどっかでガッコ辞めるきっかけ・口実わざと作っとったんかもなぁ


 余りにも可哀相やったから後見人なったるから退学処分取り消せ!言うてガッコにも嘆願しに行ったったんやけどのぉ?ガッコもガッコで授業料滞納やずっと寝とぉる授業態度……そりゃそうさなぁ?週半分夜寝とらんのやから。そんでイジメの事もありよったからテイのいい厄介払いっちゅうんか?遂に処分覆らんかった。悔しいけどよ。」



 悟られまいと上を向きつつも隠しきれず中畑の眼は少し潤みを帯びた様に見え、そしてひとつ鼻を啜った。いきなりこんなヘヴィな内容聞かされてもな?と戸惑ったし、話し口調は相変わらずぶっきらぼうではあったけど、全く第一印象と異なる中畑の不器用そうだが人間味溢れる人柄を少し垣間見た気のした才子と菜々緒であった。それよりその'辰'って同い年の子の、なんと言うか?壮絶な境遇にも絶句した。原因は知らずも才子は突然家族を失うという同じ惨い経験をしたから、被イジメは別としても喪失感や孤独感とか心情的に理解出来る部分は多分にあった。……只、自分には祖父が居たから、環境的・金銭的にも何よりいちばん大きな'心'の部分で救われそして支えられ続け、長い時間をかけてその'負った深いところの傷'癒され続けた事。だから根本的に'辰'とは違ったんだ、と咄嗟ではあったが大いなる感謝の眼差しを以って向こうで良い気分でジョッキ掲げ笑う老人を目で追った。


 無免許?イジメ?退学?この顛末どこかで?と、菜々緒は何か一抹の居心地の悪さを憶えた。


「う……ん。なんと言うか不憫だし、お気の毒なのは勿論そうなんだけど。山道でのたった一年くらいの自己流修練だけで直線勝負とは言えあの車知り尽くしたかの様なドライビングは俄かに信じられないんだ。それに一度、処分くらっちゃうと確か2年は免許取れないんじゃなかった? 16歳という事は免許取れたのは18歳誕生日来てても欠格期間明けた去年の暮れか今年に入ってからの話でしょ?」



「そん通りだ!ええトコ気突いたな? B級氏よ! だがヤツのは天性の才分で間違いねぇ」


 そんな篠塚の疑問に、中畑は少し気を取り直して今度はここからが本題!とばかりに'辰'のドライビングに焦点を当て話を続けた。



「そっから自暴自棄でまだ勝手に運転しかねねぇ勢いだったからよぉ、駄々捏ねるヤツに喝入れたって取り返し付かん事なる前に何とか車取り上げてな、取り敢えずウチん会社で面倒みる事にした。で、一度気晴らしに仲間内の走行会連れてったんだ、ヤツのGT-Rでな、道中は俺がハンドル握ってよ。薄曇りの雪混じりの寒い日だった。 で、大きな声じゃあ言えねぇが試しに走らせてみた訳よ。したら……


 おったまげた!


 最初の1〜2周で感覚掴みやがったのか?もう後は水を得たなんとかってか?そんじょそこらのチューニングカーなんぞ目じゃねぇって位ごぼう抜きよ!流石にホームストレートじゃそん時ぁまだノーマル2リッターんS20積んどったからどうしようもねぇが、そんでも必死に喰い下がって行きよる!動物みたいな学習能力で周回重ねる毎に変貌して行きよる!


 もう、なんちゅうか? ひとつのコーナー、ライン取りなんぞ当然知りよらんから、迸る本能からの走りってか? 瞬間瞬間 命削るってかよ? ひしひしとよもう伝わってくんのよ!走れる歓びみたいなもんがよぉ "あぁこいつぁこん為に生まれてきよったんや"って、"GT-R、捥いだったらあかんのや"って、もう見てる内に勝手に涙がボロボロボロボロ溢れて来やがって……丁度そん時だ! 雲間から光の筋が幾つもいくつも射してきて、おら? あるだろ?天使とか降りてくる感じのアレだ!ぱぁって、


 俺は悟った。


 こりゃあ天国のツレ、神さんの思し召しに違いねぇ! こいつぁ遣わされた。こんな俺にも天命はあるってか?上等だっ!なら委ねようじゃねぇか? 今この瞬間から俺の使命はこいつを一丁前にする事っ!! 」


 話しながら自ら感情エスカレートさせてもう、ふおぉぉぉぉっと号泣し、涙と鼻水まみれ状態の語り部 中畑の熱量に引き込まれこちらまでウルウル伝染っちゃいそうだよ。隣前見ればあの達観的ドライな菜々Pでさえ同様にふるふる堪えてる感じだし、物静かな印象の篠塚さんに至ってはボロボロ貰い泣きしてるからもう耐えきれなくなった。


 おしぼりで手鼻をチ〜ン!とやった中畑は息もつかせず今度は彼なりのセンスで一節付け加えた後、車=GT-Rの事をいつの間にか増えた聴衆に向け語り出す。



「そん時頭ん中じゃあ、レリビ〜レリッビ〜ィ♪って曲がぐるぐるしてたさぁ……


 そっから可能な限り週末あっちこっちのサーキット連れてっては走らせたさぁ。勿論年齢詐称してな? プロにも就かせたら恐ろしい程の吸収力でメキメキ上達して行きよった。……一年位ぇしたある日、遠出してちょっとしたイベント参加で知多半島にあるこじんまりしたコースに出向く機会あってな? 帰途にその手の車専門に扱う専門ショップ立ち寄ったのよ、まぁソコがもう凄くってな? なんせ2000G Tのフルレプリカやら造っちまうくれ〜だから、ZやスカGなんかのチューニングでそりゃもう好きモンには堪らん昇天状態さぁ!浮き足立ちながら一通り見て何台か試乗迄させて貰ってよぉ、其々のチューン特性じっくり説明聞いた後にな。珍しくヤツから裾引っ張られ、端の方へ連れてかれた訳よ。


"会ちょ……いや社長。お願い、あります"


 ってよ、いつものボソボソ口調で話し出すのよ。途切れ途切れでよ、感情失くしちまったなヤツがよぉ、ありったけの勇気をよう、振り絞る様によぉ


"私、がんばって、働きますから その……"


"毎月お給料から、返しますから その……"


"エンジンを その……"



"エンジンを アレに換えたいです" っとよぉ」



ふおぉぉぉぉっ







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る