第21話 眠れる物置の美女

 タイヤの空気は抜け、褪せて乾涸びた感じの赤?オレンジ?色のボディには彼方此方に錆びは浮いていたけど、それでも、明滅する蛍光灯に浮かび上がったその車の独特なシルエット……やけにフロント部分の長い、ロングノーズと言うんだったっけ?なだらかな屋根から後方への稜線、サイドからテールへ続く均整のとれた流れる様なライン、そして丸いライトのつぶらな瞳。すらっと手脚のやけに長くって美しい、……なんかやたら○○女性的って例える旧車オヤジ達みたいでだけど、それは永い永い眠りから目醒めたばかりの森の美女。いや?此処は倉庫だから物置きの美女って言うべきか?


 まったく車のタイプは異なるけど、去年はじめて912とご対面した時のあの感じが蘇る。


「……」


 ビニールシートの端っこを持った侭、おじさんは何か言葉を発する事もなく暫しその車を見つめ佇んだ。

 きっと小学校のタイムカプセルを開けた時みたいに、去来する想いも一入ひとしおなのだろうと立ち竦むその姿に察する。然し、包まれて閉じ込められた時間は(夜だけど)白日の下に晒され、歯車は再び現在とがっちり噛み合って今、再び動き出そうとしてる!一呼吸入れるとおじさんは自らその螺子を巻くかの如く口を開いた。


「才子ちゃんよ……」

「はい」

「こいつ、国松オートさん、おめぇさんにレストア頼めるかい?」

「は、はいっ!勿論!」


 二つ返事。私は細かい見積もりとか悪い箇所の見立てなんてまだ出来ないけど、そんなの無粋!わかってる!これはどんな事あっても責任持って最高の状態に仕上げなきゃいけないご依頼だ!じゃなきゃ女がすたるってもんだ!勿論おじさんの為、いや、おじさんとパパ、私にとってもそして……


「ナナ……ポルシェ、とかじゃねぇがコイツに乗っ」

「ボロいわね?ま、psyのお仕事の出来次第。ってトコかしら?」


 言葉遮って、飽く迄、高慢ちきな菜々緒であったがそこにさっきみたいな辛辣な棘はない。きっとその気はあっても口や態度でなかなか本音伝え合う事が出来ないこの不器用な父娘、古いボロボロの車がそのかすがいになるならそれは何とも素敵じゃあないか?その古い部分に油を注し潤滑にそのお役目を果たせる様に出来れば、いやそうしたい!せねばならない!それが私の仕事、生業なりわいだ!……勿論、まだまだ爺ちゃんが居てこそ成り立つ訳なんだがね、やってやる!だから私も胸を叩いて言い切った!


「任せときっ!それに良いよコレ?ナナサンシヨ〜よりずぅっと菜々Pに似合う思う」


 "ポルシェとかじゃない"……おじさんはちょっと憚かる様にそう添えたが、勿論初めて目にするこの車の佇まいは一言でいえば優美。この状態でさえそう感じさせるのだから完璧な状態なら?菜々緒ですら、今はボロでも……'Fell in love at first sight'? 本質?と言うか何となく自分によく似た雰囲気纏うスタイル、そしてコレを操る自らの姿を結像出来たのだろうか?



「ん。確かにね?……それにコレ、パパには全然似合わないわ。仕方ないから

「あぁ?誰が似合わねぇって?じゅ〜くこくな」


 そうは言っても、どこか嬉しげなおじさんの口調そして菜々緒のその一言は、きっと長い長い間の蟠りや憑き物の類を落とし瓦解即すバルス的な呪文、同時にその遠い遠い約束を果たす、合言葉に代えて……

 きっと何処からかパパもこの顛末見届けてあの変わらない眼鏡越しの優しい眼差しで微笑んでるに違いない。"でしょ?パパ"とそっと心で呼びかけてみた。



 ……



 帰途の車中、今度は菜々緒も後席にどっかと陣取り往路とは違って上機嫌。おじさんもその"賭け"の顛末をまるで昨日の出来事の様に克明に語ってくれた。その内容にちょっと、いや?かなり呆れ、ってかひいた。無謀な若気の至り?そんな条件考える奴も奴だけど呑む方も呑む方ね?まったく男って奴は?って感じ……それよかあんたらのせいで有料なったり夜間通行止めなったんか?だ!でも初めて聞くパパや'カリスマ'爺ちゃんの意外な、知らなかった素顔に興味津々やった。コレはまた機会を改め語らねばなるまいて……。



 おじさんは何処かへハンズフリーで電話をし出す。余り聞かれたくない会話なのか?チラとバックミラー見たかと思えば前席と後席を隔てる様にシールド(?)がせり上がって来て私達の後席を完全に遮断した!うわっ?何コレっ!?凄っ!……まったく別世界やな?と感心してると、するとすかさず菜々緒は口元でしっ!と指を立て、中央の肘置きの奥をゴソゴソ弄りだした。


「あっ!?」


 何と!そこから脚の長いグラスと汗をかいた瓶を取り出したではないか?何故にそんなとこから?何故に車から冷えたそんなものが出てくる?しかもコレもしかしてシャンパ〜〜……


 菜々緒はもう一回、しっ!とやって制止してから手早く銀紙を剥いて極力音を立てない様に押さえつける様にポン!っと栓を抜いた。勢いよく吹き出し少し溢れたが素早く、私に持たせたグラスにシュワシュワ!っと注ぐと


「へへっ、私の愛車ニューマシンに!ってアレ?所であの車なんて言うんだっけ?……まぁいいわ、兎に角、才、あなたには感謝しなきゃね?ありがと。愛してるわ!乾杯!」



 今日、2回目グラスがぶつかる音、一気に傾ける菜々緒。エエんか?勝手に?今度こそキレられるぞ?とビビりながらもシャンパ〜〜ニュッ!……まぁ、流れだけで私ゃ何もしちゃいないから'愛してる'なんて大凡、普通 人生でそうそう聞かん類の台詞改まって堂々ストレートに言われてもな?照れるな? そう言えば確かにさっきは興奮しててあの車の名前聞いてなかった。でもそだね?車種もなんだって、怒られたっていいや、私も、菜々緒から伝染った?多分、同んなじくらい僥倖な心持ちでグラスを一気に傾けた。


 ぷはぁあっ!


 あぁ〜美味しっ!コレ本当に好きっ!……しかしこれはもうアレやな?リアルなセレブかパーリーピーポーとかの類の世界じゃあないか?なかなか体験出来るもんじゃない。そんなグラス片手に踏ん反り返るロールスロイスの後席。と、何かご褒美の様なフレーズが不意にここで飛び出す!


「あ、そうだ。忘れてたわ!合コンのハナシ……」


 うおっ!?唐突にキター!!!







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