第17話 ニューマシン!蒼白のご令嬢と真紅なポルシェ

 や、やっぱりっ!?


「……シヨー」


 え?


「しよー?」

仕様しようよ、仕様っ!」

「?」

「もう!あなた相変わらず鈍いわねっ?ナ・ナ・サ・ン・カ・レ・ラ・R・S・!」


「ほっほっほっ、ルックともゆうらしいの?菜々緒ちゃんならあながち?っともちょっと吃驚したがの、そういう事の?いやはや安心したわい」と言って爺ちゃんは微笑んだが、私には何の事だかさっぱり解らなかったから説明して貰った。……ふぅん?つまりはこういう事か?


 特徴的な外観を有するナロー911唯一無比の存在と謂われる73カレラ。しかし個体数も総台数で1,580台と希少で、また価格も凄く高騰してしまって最早普通に入手する事は叶わない'高嶺の花'になっちゃったから、その外観だけでも味わう為ノーマルの911にカレラRSのオリジナルやレプリカパーツを装着して塗装やデカールなんかも拘ってイメージを楽しむ謂わばそっくりさん。



「……流石にここらじゃお家が何軒も建つ位のお値段なんてどうやったって無理でしょ?」

「えっ家何軒も建つの!?一体幾らよ?」

「ん〜、物にもよるらしいけど大凡、お安いので4〜5千万位から海外のオークションだと億越える事もあるって」*

「え〜〜億ぅ〜?マジか!?」


 菜々緒はこの顛末を滔々と、そしてちょっとばかし自慢げに語り出した……。あの自衛隊の競争でちょっとした賭け、と言うか'天の采配任せ'をした事。フェラーリか?911か?結果、神様の采配はあの特別な911だった事。勿論あの走りにもゾクゾクしたし'羊の皮被った狼'って概念コンセプト?も気に入った事。……でもそれはこのモデルには充嵌らんと思うぞ? まぁいいや、この前ウチでお昼の冷麦食べた(爺ちゃんの提案聞いた)後すぐこっそり森に連絡取ってバイト休ませて迄呼びつけてカレラRSの詳細訊き捲った事、更に価格相場にも吃驚して飛び上がった事、それは捕らぬ狸の何とかで値上がり見込んで投資がてら!っと気軽に出来る金額じゃなかったから諦めようって思った時、この"仕様"の存在を教わった事。動力性能や細部ディテール=鋼板やガラスの厚みとかは流石に如何ともし難くも少なくともあの雰囲気は味わえると同時にまだ現実的な価格帯であった事。まぁコレなら神様のお告げギリ範疇セーフでルールブック(?)に抵触しないだろうと解釈(と言うかこじ付けね?)した事。そこから3日間寝る間も惜しんで……と言うのは嘘で実は候補車まで森にリストアップさせた事(情景浮かぶわ)。その中の一台が正にこの'真紅な'一台であり、この金色とのカラーコーデが何とも自分に似合ってると瞬間ビビッと来たし何より内外装共に既にセミレストア済みで手が入ってて写真でも細部とても綺麗だった事。各機関も多少の油染みと漏れがある位でコレはポルシェなら常識の範疇、重整備はまだまだ先でOKの普段使いも可能な一台と書かれていた事。直ぐに教わってアカウント登録して在庫問い合わせて遣り取りをして、価格もスパイダーを下取りに出してちょいとばかりの追い金で何とかなりそうだった事。これは森曰くレプリカとは言えナロー911としては破格のお値段だった事。更に即決で落札する代わりに陸送代とかタイヤ、バッテリー新品交換、オイル交換とか半ば強引に値引かせて、結果もの凄く満足のいく買い物になった事。流石、自分は商売人の娘でその才覚がある!と髪束ねてるのに癖でかきあげる仕草しながら得意げに締めた。


 んっ?アカウント?落札?


「で、どこで買ったん?」

「ん、業者。……ヤフオクで」

「ヤ……」

 ま、マジか?私は思わず、このピカピカ綺麗な真っ赤なボディに視線を落とした。


「まぁ、なににせよじゃ、兎に角状態見てみるとするかの」

 爺ちゃんは手際よくシートにビニールを被せて同じく足下に汚れ防止の紙を敷くとキーを預かって運転席にスルリ!と滑り込んで先ず車内を一瞥。……最近なんとなく一緒に仕事してて判ったんだが、珍しいのが入ると興味津々でもう新しい玩具を目の前にした子供と一緒だ!


 私は、近頃の癖で……ちょっと屈んで右側のサイドに顔近づけて片目瞑って稜線を追ってみた。ポルシェ特有のフロントサイドパネルからドアのたてつけ、うん、悪くない。酷いものはガクンと落ちてこの流れる様に描かれるラインが歪だしパネルのチリも微妙だから。ん?フロントガラスのトコ、サッシュにラバーが咬ましてあるのだがよ〜く目を凝らして見ると、微妙〜にラバーの上に赤い塗料がコンマ何ミリか乗ってしまってカピカピしている、これはだいぶ以前に窓ガラスを外さずにそのままこの部分にマスキング施して塗料を吹いている事を示唆している。その是非はコストやなんやで変わってくるらしいから一概には言えないけど……どう〜も居心地が悪い。そしてこの艶々スベスベの綺麗なお肌。積まれて遠くから走って来たから一見綺麗そうでも塵や鉄粉くっついてるだろうし撫でたりはしないが、このグロッシーな塗装とワックス塗れの光沢は美しいと言うより喩えればまるで年増のおばさんの若づくり厚化粧みたいでコレも同じくどう〜も居心地悪くしっくりこない。


 何でそんな事が言えるかって?だってこの5ヶ月の間、入庫した全ての整備完了した車の最後の仕上げ、爺ちゃんがブツブツ吟じるのを聞きながらみっちり叩き込まれてきたから。

 そう!あの柚肌356Cの吉永小百合じゃないけど、オリジナルから再塗装、そのコンディションも様々で相当酷いのもあった(逆に敢えてその状態を愉しんでるお客さんだったな?)。しかしどんな状態であっても"仕上げ不要"のチェックない限り、隅々まで徹底してやる事!それこそこのラバーの間やメッキパーツやエンブレムの隙間迄、木串や爪楊枝なんかも駆使して徹底的にやる!何より不具合や懸念が払拭されて調子を取り戻し、尚且つこんなに隅々までピカピカに見違えた愛車を目の当たりにしたお客さんの表情がパァっと綻ぶあの一瞬が堪らなくって!もう報われるんだ!汗や油に塗れて怒られて毎日格闘して打ち傷・切り傷絶えず筋肉痛に苛まれたって、そんな苦労なんか瞬間霧散してしまう何ものにも代え難い悦びなんだ。

 だから自然と癖となって重箱の隅に目が行くんだ。それにこの塗面な〜んか違和感がある。綺麗なんだけどね?生理的に受け付けない。何なんだろ?兎に角"しっくりこない"んだ……。


 キュルル、ズヴォーーー!


 その時、エンジンに火が入った!うん、点火はスムーズな感じね?私は運転席側に廻って工場長の反応、見立てを待つ。


 ヴォー

 ヴォー

 ヴォオオオーーム


 少しアイドリングが落ち着いた頃、老整備士は何度か軽くアクセルを煽ってみる。なんか排気音が煩い感じ?911特有のあのシャーンって快音が掻き消される程。……ん?やけに排気煙が?それより、なんかこの車揺れてない?


「むぅう?」


 違和感を覚えただろう爺ちゃんはリリースレバーを引いてエンジンリッドを開けると車外に飛び出て後方に廻って覗き込む。私もこの車のオーナーも追随する。もくもく煙と車体の振動が止まらない。暫く彼方此方ライトを当てて見渡したあと再びむぅう……と唸った後呟いた。


「才子や、ちょっとあっち廻して上げてみるかの?」

 と、再び今度は余り慌てず運転席に戻ると丁度、吉村さんのセブンが降りた所で空いたリフトにゆっくりとRS仕様を移動させる。

「!」

 その短い軌跡を残す様に菜々緒の歩く足元の床に黒い油染みの点々が連なり、更に元あった場所には五百円玉くらいの油溜りが3個も不穏な印を遺したのを認めた。リフトの所で再びエンジンルーム内をくまなく、そしてリフトアップして可能な限り……ホイールも外して足廻りも含め小一時間。老練の整備士はちょっと躊躇ってから、しかし忌憚無くこの真紅なポルシェ911='73カレラRS仕様'のコンディション、自身の見立て、そして整備に掛かる大まかな費用なんかを述べた。



 顔からみるみる血の気が引いてゆく菜々緒。自称、商売人の才覚ある娘……。









 *2018/2019年頃の相場を参考に脚色しました。




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