第16話 ニューマシン!妄想皇女殿下の暴挙

 それから暫く数日の間、珍しく菜々緒は工場に顔を出さないばかりか、音沙汰すらなかった。


……


 居なけりゃ居ないでその言動・立ち振舞いでいちいち苛つかされる事もないし仕事も捗りはする。けど普段そこにあるべき、夏の必需品、例えば虫除けはぶら下げてるけど、工場長の意向で焚いている渦巻き蚊取り線香切らしちゃってあの匂いと煙なかったり、冷蔵庫開けて、あ!カルピスが……。な、何かしっくり来ない感じ?まったくね。

 しかし噂をすれば何とやらでそんな事考えてた矢先の夕飯時、唐突にいつもながらの一方通行で意図のよく汲めない短いLINEが入った。ん〜?要は……


「爺ちゃん、明日の午後なんか菜々Pが車診て欲しいってさ」


「む、菜々緒ちゃん?ボクスターかい?……はて?暫く乗っとらんかったからどっかねたかの?しかし新車で一年も経っとらんからディーラー持って行ったら無料で診て貰えるじゃろうに?」


「なんかよう知らん、遠いから?」


「明日は、吉村さんのセブンの足回り続きじゃから手前空けといてちゃっと入れ込むかの?」


「わかった」


 その旨、了承の返信をして……うん、明日会ったらやっぱり合コンのこと思い切って聞いてやろう。



……



 - 國松自動車整備工場クニマツオートサービス。午後2時24分


 ボロロロロロロと低い唸りを響かせてボクスター・スパイダーがゆっくり軒先に入ってきた。工場内の空けといたスペースに誘導しようと表へ出たがハザード点けて入り口前の不自然な位置に停めた侭で動こうとしないから近づいて窓をコンコンとやった。

 するとスーッとパワーウィンドウが下りて丸い蜻蛉みたいな大きなサングラスして、珍しく髪を後ろにバサッと無造作に束ねた顔をニョッと覗かせる。これは……寝起きか?


「どしたん?」

「スッピン」

「いや、そうじゃなくってクルマ。診るからあそこ入れて」


 菜々緒は右手にした華奢な時計に目をやってから、蜻蛉メガネくいっと鼻先までずり下げ上目使いにこちらを見上げ応えた、


「半頃ってたからもうちょっと待って」


「?」


 相変わらず意味不明。しかし、うぅ、真夏の炎天下……薄暗い工場内から急に飛び出したものだから汗が更に吹き出して、まばゆい直射日光にもうクラクラ立ち眩みする程だ。思わず屈んで開いたスパイダーの窓から溢れる冷気を沐した。


「はぁ〜クーラー付いてていいな?」

「何度も言ってるでしょ?私のスパイダーはLuxury仕様だって。……でももうお別れ」


「え?」


 その時、何か赤い車を載っけた積車トラックがけたゝましく工場前に入ってきた。あれっ?今日何かお客さんの車入庫予定だったっけ?私はスケジュール係だからお引き取りも含めその辺りは週単位で管理して全て把握してたから今日は何もなかった筈。ドライバーさんが降りてきて書類を見ながら国松オートさん?と確認してきたのではいと応える。やっぱり入庫か?どなたさんのだろ?と訝しがってるとボクスターのドアが勢いよく開いた。


 おい!?ブラが全部見えそうなくらいルーズな衿元でダボっとしたロングTシャツにギリ隠れるショーツ姿、素脚にサンダル姿のすらっと痩身なモデルみたいな女が出てきて眼前に立ったもんだから、ドライバーのおじさんの頬が瞬間ぽわぁっと染まるのが看て取れた。


「あ、それわたしです」


「?」


 突然出てきて割って入ってきた菜々緒、その目の遣り場に困る胸元と書類と目線が忙わしく泳ぐ赤いおじさんの取次筋斗な説明に事務的にハイハイと頷くと、おじさんは慌々忙々と然し慎重に細心の注意を払って赤い車を降ろしに掛かった。訳がわからない……が、兎に角積まれてるこれはポルシェ、真っ赤なポルシェだ!しかも紛う事なきナロー!

 何やら騒がしい入り口前の喧騒に、老整備士も作業の手を止めて出てきて後ろ向きにそろりそろり降りてくる赤いポルシェに唸った。


「ほほ〜ぉ〜ぅ?」


 完全に地上に降り立ったそのポルシェの重心は飽くまで低く、同じナローでも912と比べると幾分スマートに感じる。……これ、見覚えがある!そう!あれだ、LWB(ロングホイールベース)!鮮やかな真っ赤なボディにゴールドでCarreraと抜かれたサイドのロゴラインそして同じく金色のホイール。その豪華なおみ足の後輪は太くボリューミーなオーバーフェンダーに包まれており後方にはあの、ぴょん!と特徴的な'アヒルの尻尾ダックテイル'!


 その傍らに佇んだ菜々緒。ノーメイクで装いは確かにラフではあったけど、これはもう何年も前から彼女の愛車であったかの様に……スタイルからカラーリング迄もう完璧に菜々緒の為のお誂えの如く全てが見事に嵌っているし、何より絵になってる!思わず去年の秋口の事、峠駐トオチューで初めて夕陽を背にした真っ赤なスパイダーとの制服2ショットに森と一緒に釘付けになったあの時のdéjà vu。


「で、そこでいいの?才?」


 呆気にとられて立ち尽くしててハッ!と我に返って、ハンドル操りながら一緒にその赤いナローを押して工場の中へ……そして菜々緒は声を掛ける隙も無くボクスター・スパイダーへ歩を進めると小声で呟いた。


「ありがとね、バイバイ」


 目を閉じて幌にそっと唇を寄せる。書類にサインをし積車はお別れのkissの相手を載せ去って行った。その後ろ姿を暫し見送る菜々緒。ふっと短く一つ息を吐くと踵を返して、呆気にとられながらも何となく臆説した私達の元へ。


「'ドナドナ'ってこんな気分なのね?お爺……いえ、工場長様?」


「なんとも言えん切ないもんじゃろ?」


「ええ……」


 おいおい!ちょっと待て!なに浸ってる?それよりコレってこの前のあの炎天下の駐屯地でのゼロヨン。国際B級ライセンスのセミプロ篠塚さんが駆って、原辰っちゃんのチューンドGT-Rとデッドヒート演じたスーパーなポルシェ!?爺ちゃん曰くの、なんか忘れたけどホモ?を満足させる為に生み出されたってゆう反則技のアレか?確かに決めたのは911ってたけど……しかしこのお嬢様はバンビ君と黄昏デートする為にこんな凄いの選んだってゆうのか?マジか?しかもたった数日で!?唖然として一応問うてみた。


「菜々P、こ、これって?」


ゴクリ



「ん、ナナサンカレラRS……」

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