How to get a vintage car!菜々緒 試練の第2章

第15話 やっぱりポルシェでしょ?(reprise)

 - 國松自動車整備工場クニマツオートサービス。午前11時48分



 あぁ、しかし惚れ惚れするなまろやかで美しいラインだな?


 整備の完了したこの356C。


 納車前にピカピカにするのも私の大切な仕事だ。でもこのコは新車当時から塗り直しのされてないオリジナルのペイントらしいから通常の磨き上げはご法度。塗膜が凄くデリケートらしいから……折角残った、爺ちゃ、いや工場長の言葉を借りればその'ゆず肌'は限りなく優しく吉永小百合様に触れると思って扱わなきゃダメらしい。


  吉永小百合は置いといても、なぞれば……艶やかなんだけど少し掌に引っ掛かる感じは実に有機的であり、思わず頬を寄せたくなる衝動に駆られゾクゾクするほど官能的だ。


 生身の人間とは違って、宛らそれはこの世に生を授かって半世紀を経ても尚、まるで全盛期の美貌を保ち続けてる奇跡の美女かの如し! あぁもう駄目!あがなえない!私は納車に出て爺ちゃんが午前中不在なのをいいことに眼を閉じてそっと頬を寄せ……



「……ね〜ぇ、もうそろそろお昼だけど〜?」


「!」


 向こうのまだ冷房の届く、簡素なテーブルスペースからの菜々緒の声にはっ!と我に返る。"チッ!折角いいトコだったのに"……この仕事の、蕩ける様な密かな官能的愉しみの一つを邪魔されて、そして更にムカつくのは、


 スポット冷風ファンは備えているものの相当な真夏の工場内、汗だくで作業してる勤労者の神経を逆撫でする言動に加え、そしてそこだけまるでニース(行った事ないけど)かどっかの見晴らしの良いホテルのテラスで寛いでるかの如き優雅で涼しげなイデタチで、ワンピースから覗かせたその自慢の美脚誇らしげにしゃなりと組んでケータイ弄ってる。


「なぁ、菜々P。あんた折角の夏休み毎日毎日。なんかする事ないんか?」


 ここのところほぼ毎日、1日の半分をウチで過ごす菜々緒に少々の嫌味も込めて言ってやった。が、思いがけない切り返しに私は慄いた。


「……ねぇ、才。あなた合コン興味ある?」


「え?ご?」


 ご、合コン?合コンってあの合コンか?唐突に投げかけられた余りに魅惑的なその甘美な言葉の響きに何て応えていいものか?即座に"行く行く!"ってがっついて返事するのもカッコ悪いし一瞬躊躇してしまったから間が出来てしまった。だから興味ないと思ったのか?あっさり引き上げてしまって、


「でさ、車の事なんだけど……」


 とか全く関係ないこと話し出したではないか? お〜い合コンの話はどうした?ワザとかどうかは知らないけど何か本能的に神経戦心得てるって言うか?常に上から……予期せぬ明後日の方向から被せ攻めてくるもんで、"はいはい降参降参!もう咎めませんよ、だから頼むよ!続きを〜"っと心中あわめきながら私は汗をTシャツの袖のところで拭って、油脂塗れた手と化粧っ気のない顔をザブザブと洗ってから台所に向かった。


「冷麦でいい?」

「地味ね?」

「なら食うな!」

「……冗談よ」


 とは言ったものの確かにちょっとアレだったから、茹でてる間にちゃっちゃっとレタスをジャクジャクと毟って洗ってツナ缶を開けマヨネーズで和えて別皿に添えた。大き目のガラスの器に氷とお水を入れて、工場ちょ……爺ちゃんの分もおかわりあわせて少し余分めの4人前を流水通しして冷ました麺を畳む。


「あれ?美味しっ!」


 菜々緒の反応。私はニヤリと口角を2mm程上げる。出汁つゆに胡麻油やらお酢やらチョチョっと加えちょっと中華風にしてみたから一見シンプルに見えるけどこれがあっさりとし過ぎなく香ばしくって食欲唆るんだ。


「どうだ?中華風冷麦サラダだ」

「テキトーに作ったのにやるわね?」

「テキトーは余分」

「あなたいいお嫁さんになれるわよ」


「……で、さっきの合コン」


 と言いかけたその時、からからとガラス引き戸を開けて爺ちゃんが帰ってきてテーブルの上を一瞥すると、


「おお〜!お昼は冷や麦か?こりゃ嬉しいのぉ?」


 と、そそくさと腰掛けちゃったもんだから会話は図らずも中断してしまったさ!


 それから暫く箸だけがせわしなく往来する時間が続いた。すん……とした沈黙。つまらないお昼時のテレビの喧騒。三人で向かい合ってゾゾゾと啜る音。シャクシャクシャクとレタスを噛む音。冷や麦をさえ箸で掬う度に氷がカラコロ揺れて、涼しげな心地よい音を醸す。菜々緒は麺が跳ねてつゆがお洋服に飛ばないようにつるつると慎重に口に運びながら、チラチラと上目横目で頃合いを見計らって切り出した。


「お爺、あ?工場長様。で、そろそろ本腰入れて車探そうと思うんですけど買い方……その、古いナロー911を」


 おお!911かっ?


 しかし何故か私に吊られたのか?畏まって爺ちゃんを工場長って呼んだのに私は可笑しくって隣でぷっと吹いたが、そう呼ばれた爺ちゃんは照れながらコホン!と咳払いを一つしてから初心者・菜々Pにも判りやすく説明を始めてくれた。私はリモコンでボリュームを少し下げた。

 曰く大まかに車種が絞れたんなら大きく分けて2つ。先ずはお店で買う場合そして個人売買で買う方法、何れにせよ今はネットでなんでも探せる時代だから先ずは検索して目ぼしいのがあればコンタクトを取ってみたらどうか?と提案した。個人売買は古くからあって、お客さんも時折り利用した話とか聞いたり売りに出てるのを見たり噂したりしている"エンスーの杜"や"SEIYAA"が有名。お店の方は全国津々浦々の在庫を取り纏めた膨大なオンラインサイトが幾つもあって、その他ショップ・個人問わず出品するネットオークション、若しかしたら森なんかに訊けばもっとマニアックなショップやサイト知ってるかも知れんの?と。そしてそれとな、と言いかけて少し考える様に間を置いたのち自らも知り合いのショップや信用筋に打診してみるからと付け加えた。


「いずれにせよ、一期一会じゃ。相応しい人の元へ来るようになっちょうる」


「一期一会。必然の出会いね?運命の、プロセイン末裔の屈強な騎士王じ……」


 独り言の様に呟いて最後ムニャムニャと濁し菜々緒はうんうんと何度も頷いて、目を輝かせながら納得顔で聞き入った。そんな菜々緒を見て老整備士は釘を刺す、


「個人売買の場合はコンディション曖昧な所もあるでの、業者にせよ無知識か悪意かは別にして謳い文句にはくれぐれも踊らされん様にの、なんか引っ掛かったら才子なり儂なりに必ず訊くんじゃぞ!」



 結局、合コンの話はその日はついぞその口からは再び切りだされる事はなかった。


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